11. 想像のなかのお姉ちゃん/理想のお兄ちゃん【5/6】
「昔近所の神社にさぁ、夜中に初詣に行ったん憶えてる? 恵媛がまだちっちゃい頃。憶えてないかもな。そんな雰囲気の夢」と夢の情景を思い出して、またすぐに忘れてしまいそうなのか早口で捲したてる。「でも不思議な状況でな、そこには小さい恵媛もいたし今の恵媛もいててん」
と言った。
「あー、小一かな。そのときのことはなんとなく憶えてるで。まぁ夢なんてたいてい変やん」
小学一年だった。正嗣が中学卒業の年で、当時バンドを組んだ友達と初詣へ出かけていた。その予定を知らなかったわたしは夜中に目が覚めてトイレに行こうと自室を出て、騒がしいテレビの音声とそれに負けないような音量で話す父とカズ兄を横目にリビングダイニングを抜け、ドアの向こうのトイレと風呂場と玄関しかない暗闇の空間に入ったときふと違和感を感じて、玄関を見た。なぜなのかは解明しようともしなかったから今でもよくわからない。正嗣の靴がないことに気が付いたわたしは一旦家のなかを自分なりに探して確信したから「まさつぐがいないまさつぐがいない」と父にごねたのだ。この父親は大晦日から元旦にかけては毎年何時間もリビングでテレビを観ながらお酒を飲んでいる。この年はカズ兄も一緒だった。初詣の意味がわかっていなかったわたしは父の説明に納得がいかずキレていて、騒いでたらスミ兄も起きてきた。結局父とカズ兄とスミ兄とわたしの四人でその神社へ初詣に行くことになった。本当はこんなにはっきりと記憶している。それも自分自身の姿を俯瞰するような、よくある第三者視点の記憶も持っていてマルチアングルみたいに切り替えれる。
当時のわたしの世界の中心は正嗣だった。それが小一の年の出来事ということもそこにいた坂木さんとスミエダさん? が、中学三年のときによく家に来てた人たちだから「まさつぐが中学三年だったからわたしは小学一年か」と、兄を中心にして自分の年齢を逆算するというかなりキモい方法で思い出している。なので当然そこは隠すわけで「なんとなく憶えてる」ことにする。正嗣は、
「確かに、夢なんて変なやつしか記憶に残らんな」と同意し「まぁでも結果的にいい夢やった気がする。ありがとう」と言いながら身体を起こす。「シャワー浴びてもっかい寝よ。気を付けて」
「いってくるわ」
立ち上がった正嗣はまともに対面したわたしのばきばきに気合入ってる服装やただ縛ってるだけじゃないことが一目瞭然の超かわいく仕上がった髪型やメーキャップした顔面をサッと見たけどそれらに対しては特に何も言わず、
「うん、いってらっしゃい。気を付けてな」
と返した。その表情はさっきまでの寝起きの気怠そうな様子はなくて、なんか懐かしい、「まさつぐ」だったときの笑顔だった。
ずるいんだよなぁ。こういう、こっちが「いじられるかも」とか思って身構えるようなときは絶対にそれをしない。そしてめちゃくちゃ「お兄ちゃんモード」が全開になる。カズ兄と違って正嗣は怒らないから余計なことをしてもやさしく諭すような口調だし、かわいがられてきた自負はあるけど、昔の父みたいにメロメロになって「かわいい」を連呼するわけでもなく、自由にさせて見守るという方針だったのだろうが、何も強制しないし良い悪いのジャッジも特にしない、一緒に考えたり遊んだり、対等な相手って感じだった。これはわたしが正嗣だけを呼び捨てにしてきた理由の一つだと思う。こっちはそれでも大きなお兄ちゃんに対して都合のいいように甘えまくるし頼りきっていたわけだから、小さいくせに家族の誰よりも偉そうにしている妹だったけど意識して対等でいようと心がけていたんだろうな、と今思うとわかる。その思惑は間違いなくわたしのためだったし、それと同時にきっと正嗣本人のためでもあった。
最近は昔より会話だって減ったし顔も合わさない日だってざらにあるけど今だって感謝の気持ちは持ってる。
けれどそれは小さい頃のことを思えばこそのもので、過去の体験がベースになっているからこうやって思い出すたびに強化されるのである。存在に感謝しなくちゃなと。これってさっきわたしが想像のなかのお姉ちゃんに対して兄たちに言わせたセリフやん。わたしの思い描く理想のお姉ちゃんは想像のなかの存在だからその域を出ることはない、ということなのだろうか。なんでもいいけどこれって正嗣がわたしにとっての理想のお兄ちゃんです、て言ってるに等しくブラコン発動しててキツいな。そこを否定する気も起こらない今この瞬間の自分にも若干引くけど。まぁ、認めなきゃいけないんだろうな。
で、家を出て駅へと向かうあいだ、さっきの初詣の話の正嗣と今の自分って実際同じ年齢なんだよな、とふと思った。
十五歳。
わたしは四月一日生まれだけど、正嗣の誕生日は五月三日と早いほう。とっくに慣れてはいるんだけど学校内だと学年で一番遅くに生まれていることになるわたしはみんなより遅れてその年齢を体験する。個人史の年表上では一歳遅れて事件が記録されてきた。中三の初詣は今年の正月で終わったけどわたしにとっては「十四歳の初詣」の記憶だ。慣れているとはいえ、「十五歳の初詣」の記憶を中学時代の思い出としていきなり話しだしたもんだから正嗣が言ったことがなんか変に引っ掛かっていた。単なる夢の話なのに。駅に到着して階段を登り改札を通りホームへ出てみるとすぐに電車が来そう。その間もずっと、なんだっけ、その初詣のとき何があったんだっけ、ということを思い出そうとしていた。乗り込んだ電車は通勤ラッシュの時間帯は過ぎてたからそれほど混んでないけれど座れる座席もちらほらしかないし若者のわたしは誰もいない扉付近の空間に立ってもうちょっと何か出てこないかと記憶を探っていく。あの頃夜中に外へ出るなんて非日常な出来事だから印象には残ってて今までに何度かは振り返ってる出来事だよな、そう思うと直近の記憶が出てきた。中学三年のときに教育実習生として坂木さんがスタ中に来て担当のクラスだったから名簿を見てわたしの存在に気付いてくれて、限られた時間だったけど思い出話をしてくれたなかに確かその年の初詣の話もあった。
「懐かしいなぁ」
という言葉を坂木さんは連発して、結構マシンガントークだった。「あの頃オムラにべったりの妹ちゃんやったなぁ」「それが今はシュッとしたお姉さんなって」「卒業ライブのミーティングとか言ってよく家にお邪魔させてもろたわ」「一回オレンジジュース振る舞ってくれたことあったよなありがとう」「オムラは今もバンドがんばってるな。新しいバンド、ライブの動画上げてたやつ観たわ」「元気してるん」「パートは違えど、当時ひどい演奏した初ライブから考えたらすごいで」「会いたいな」「いつでも連絡はできるねんけどな、変に時間空いてしまったからなぁ」「こんだけ時間空いてもうたら彼女とかできてたりするやろなぁ」「小村さんは知らん? まぁそんな話家族にべらべら話すタイプじゃないかあいつは」「飲みにいきたいな」
ざっくりこんな感じのことを言ってて、わたしは精一杯社交性を発揮して合間合間で無難な相槌を打っていたけど最終的には正嗣の話題で一人で熱くなっているところがなんか可笑しかった。「ごめんなんかちょっとエモなってもうて喋りすぎたけど、いつの年も同じやけど、十五歳の今は今しかないから、小村さんも友達といい思い出たくさん作ってほしいな」「案外それが、成人してもずっと影響したままやし、価値観の土台になってたりね」「おれはそんな感じですわ」
それが坂木さん、もとい坂木先生から教わったことだ。当時わたしには友達はいなかった。クラスにお弁当を食べるために昼休みに固まるグループはあったけれど、友達って感じじゃなかった。今にして思えば孤立してしまうのがこわかったから結成されたような五人グループ。もちろん仲間意識がなかったわけじゃないしお互いの趣味とか好きなものについての会話もするけど趣味嗜好はばらばらだから盛りあがる感じでもなく、そしてみんなどこか厭世的で、なんと言っても五人ともクラスの中心グループの連中のことが嫌いだった。それだけが五人を繋ぎとめていた、と言い切ってもいいんじゃないかってくらい、そんな話題がループした昼休みの記憶。
中心グループの連中が嫌い、という、わたしだけじゃなかったんだという気休めがそこにはあった。これが五人の「絆」だ、と言った子もいたけどわたしにはこころからの同意はできなかった。ネガティブなくせして「絆」とか「友情」とかって一般性であるかのように美化するのは違うだろ、と思うものの、それは言わず、てか言えるわけがなく、曖昧な笑顔でその場にいた。孤立したくない、孤立したら悪目立ちしてイジられる、連中が馬鹿にする標的にされる、て思いで、それを回避することに必死だったんだね、と振り返ってみればわかる。当時のわたし自身には言い表せなかった違和感だけれど、この感情が不快だということや、そんな状況から抜け出せないことへの焦りや不甲斐なさにも多少の自覚はあったし、それゆえに自分自身のことを好きになれないでいた。他の四人がどうだったかとかは知らない。そこまで突っ込んだ話はしなかったから。
今なら去年坂木先生に言われたこともちょっとはわかる。阿部とトモヨとキャムとの間合いはスタ中のグループの子たちよりずっと友達って感じだから。趣味とか考えかたはみんなそれぞれってのはここでも同じなんだけど、自分でも説明ができない理屈を超えた居心地の良さ。気付いたら今のわたしは、自分自身のこともなんだか好きになっている。
そして、「十五歳の今は今しかない」のである。
11.【6/6】へ続く
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