7. 作詞をしよう【3/4】
来週はバンドの練習だった。公立の入試も迫ってきてはいるが、そのあとの卒業ライブまでの時間を考えるとスタジオでのバンド練習を入試が終わってから始めたのでは遅すぎる。少しでも入れるときは入ろう、そんな話になった。滑り止めで受験した私立が同じ学校だったぼくらは三人とも無事合格できていた。
正直ぼくはスタジオ練習はお金が続く限りはいつ入っても全然構わないのだが、割と本気で公立の第一志望を目指しているサカキは大変で、その大変さは事あるごとに伝わってくる。家が厳しいのは知っていたが、元々ベースを始めたのも快く思われていないのもあって最近は親の監視が強化されていた。まぁサカキはぼくと違って入試自体も本気だからちゃんと勉強している姿も親に示しているし、必要な息抜きだと親を納得させてベースの練習を堂々とできる時間も確保してはいる。
しかしやはり楽器というのは限られた時間で満足できるものではなくて、なぜなら「終わり」がないからやめどきがない。気が付くと何時間も経っていたりする。だからサカキの親じゃなくてもいつまでも部屋にこもって楽器ばかり弾いている子供は親の目からすれば遊んでばかりいるような格好になってどうしても不利になる。当然ぼくの家でもそうで、母がその役割を担っている。
ぼくの目には母 由真は親としてその厳しさを演じているようには映らなくて、元からそういう人に見える。勉強しない奴=悪 とでもいうような思想が発言の端々に垣間見れる。兄 和崇は母のそういうところが気に入らず、実際高校受験の年にそれが原因でモメたらしく、それ以降は関係が少しぎくしゃくしている。もう元には戻らないんだろうか。二人の関係の悪化の歴史があるおかげでぼくへの風当たりが弱まっているのは事実だ。それに何よりそこまで強いストレスに感じない理由は父や祖母があまり勉強についてとやかく言わない人たちだからだ。別に本人がやりたいと思ったことを応援する、という気持ちが母に皆無というわけではないだろうけれど、ぼくのなかにある母の学業至上主義のイメージは父たちとの対比だ。ぼくは母にとっては不良で、決してかわいくはない頭の悪い子供だ。寄ってたかって勉強勉強と家族から言われまくったらぼくは無理矢理にでも勉強するようになって、ストレスを溜めて頭がおかしくなっていただろう。だが、うちはそうじゃなかった。小村家の、母の立場が弱かったことにも母と兄の折りあいが悪くなった歴史にもぼくは感謝さえしている。
サカキの大変さと言うよりぼくの気楽さの説明になってしまったが、サカキの家がうちみたいにユルかったらあんなに不満を漏らしたり初詣のためにこっそり窓から家を出る苦労や、ベースの練習時間を制限されたりそれを守れているか監視されたり、そういう人としての尊厳を脅かされるような苦痛ももっと少なかったろうに、と思う。
スミエダはどうなのかと言うと、スミエダはあほな奴だが意外にも小学校時代は成績が良く、つまりすでに勉強を理解するための要領を掴んでいるから、テスト範囲の勉強を怠れば成績が下がるし、ちゃんと勉強をしたときは点数を巻き返す、去年同じクラスだったときはそういうことを繰り返していた。家では今でも勉強はそこそこできるキャラで通っているそうで、ギターもやめずに大事にたくさん弾いていて偉いね、ってことになっているらしい。元々家に父親のフォークギターがあって、要するに親が音楽好きだったから成績優秀だった小学生のときにエレキギターをねだったら買ってもらえた。そんなスミエダだが、ぼくらは自然に友達になって、友達になったからその話を聞いた。うちとは全然違うなとは思ったが境遇の違いなんてたいしたことじゃない。
ぼくは澄治を起こさないように窓際へ移動してしばらくビートを刻む練習をしたが、そりゃあ休日の午後の睡魔なので弟は一時間もしたら「ああ、変な夢見た」と目を覚まして、
「ぼくどのくらい寝てた?」
と言った。「夢のなかで何年間かを行ったり来たりしててんけど」
「一時間くらいやで」
「そっか。ちょっと憶えてるうちにここに書いとこ」
弟はさっきまで突っ伏していた自分のノートにえんぴつを走らせる。
「どんな内容やったん?」
戯れに聞いてみると、
「いや、もうほとんど忘れてる。ただ、変な夢見たってことを忘れんうちに日記書いとこうと思って」
という答えだった。
ぼくはスミエダから送られてきた、ギターを弾きながらハミングで歌っているオリジナル曲の音源をイヤフォンを接続してから再生し、打ち合わせて決めたビートのパターンを素振りで練習した。
晩ご飯の時間が迫ってきて、今日は兄はバイトで父は高校時代の友達に会いにいったから祖母と母とぼくと弟と妹の五人だけで、いつもより二人も少ないと逆に冷蔵庫の食材のストックを消費しにくい事情があるらしく、ピザでも取るかってなったから澄治も恵媛も大喜びで、
「サクサクで外側がチーズの枕みたいなんになってるやつがいい」
と澄治はしきりに生地へのこだわりをアピールし、恵媛は祖母が保管してくれていた一番最近郵便受けに入っていたチラシをテーブルに広げて、
「ナゲット。ナゲットは頼む。からあげじゃなくてナゲットね。骨付きチキンじゃなくてナゲットがいいねん。あとはサラダ」
とやたら細かくサイドメニューを指定した。「お兄ちゃん、サラダこれやったらクルトンが食べられるで。だからこれでいい? 前のこっちのほうにはクルトン入ってなかった」
とテレビの前のL字型のソファーで隣にいる澄治の袖を引っ張りながら話しかける。
「恵媛よう見てるなぁ」
少し離れたリビングとダイニングの境界線としてある二段の段差に腰掛けて二人を見ていたぼくは素直に感心した。澄治がクルトンを好きなのは本人が好きな食べ物を連呼するから家族はみんな知っている。恵媛がピザ屋のサラダメニューを見つめる眼差しはお兄ちゃんの好みを考慮していたってこと、サラダのラインナップをざっと見て、クルトンの有無を確認してちゃんと伝えてあげるところ、恵媛も成長しているのだ。妹は澄治にチラシを見せながら、
「恵媛のサラダに入ってるクルトン全部あげるからお兄ちゃんのぶんのナゲット一つちょうだい」
と言った。妹はぼくの想像以上に成長していた。
澄治は「えぇ~?」と難色を示したが拒否はせず、真剣に悩み始め、結局答えは出ないままとりあずサイドメニューはナゲットとシーザーサラダに決定した。
7.【4/4】へ続く
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