第24話 ルシアン(アリサ父)の手帳
入団したばかりの騎士見習いは宿舎に寝泊まりすることになっている。
ローガンとの稽古を終えたレオンも、広間の片隅に用意された寝台に腰を下ろした。
幸いにも衣食住には困らない。王の影と呼ばれる騎士団は、若者を鍛え上げる環境に抜かりはなかった。
「焦るな。機会を待つんだ」
昼間のローガンの声が耳に残っている。
それでも胸は高鳴り、なかなか寝付けない。マコの姿を思い浮かべ、レオンは瞼を閉じては開けるを繰り返した。
そのころ。
ローガンは研究所に戻り、リィの机の前に二冊の手帳を置いた。どちらも革がひび割れ、紙は黄ばみ、指で触れると崩れてしまいそうなほど古びている。
「……こんな貴重なもの、どこで?」
リィの声に、ローガンは肩をすくめた。
「一冊は聖女ソフィアの家の書斎から。もう一冊は、師匠の隠し小屋からだ」
「泥棒みたいな真似をして」
「仕事だよ」
リィはざっと目を通し、長く息を吐いた。
「やっぱり……あの子が?」
「ジラ殿の森小屋の付近に、厳重な魔法がかけられた形跡がある。しかも計算され尽くしたものだ。レオンに導かれるように、だ」
リィの指が震える。
「八年……九年も現れなかったのに」
ローガンはわずかに苦笑し、問うた。
「君は十歳の俺を愛せるか?」
「なにを……」リィの目が細くなる。
「こっちはジラ殿の隠し子屋にあった、君の師匠、ルシアンの手帳だ」
ローガンはもう一冊を押し出した。そこには複雑な数式と、奇妙な紋様がびっしりと記されていた。
研究所の光が揺れ、二人の顔を淡く照らしている。リィは本を手に取りながら、彼を睨み――だが次の瞬間、視線を逸らす。
「……もう、帰ってきたと思ったらすぐこれ」
ローガンが手を伸ばし、リィの黒髪を指に絡める。
「防音魔法はしてあるぞ」
「だからって……」リィの声はかすかに震える。
「若いやつの熱には負けるさ」
口元に浮かべる微笑は、時に少年のような無邪気さを帯び、時に大人の冷たさを含む。距離を詰める手の温度が、リィの心に微かな波紋を立てる。
二人の影が重なり合い、室内の魔晶灯が揺れる。
騎士宿舎の夜の静けさとは裏腹に、ここでは別の熱が確かに生まれていた。
白い余韻の中で、ローガンはそっとリィの肩を抱きながら、机の上に置かれた手帳に手を伸ばした。
「……続き、読むんだろう?」
「あなたって本当に……」リィは呆れたように微笑み、指先で古びた表紙を開いた。
研究所の室内は、乾いた薬草と金属器具の匂いが混ざり合っている。夜の明かりは魔晶灯ひとつだけで、壁にかけられた影がゆらゆら揺れた。
寝泊まりといっても、ここにベッドがあるわけではない。広いソファーに二人で身を寄せれば、どうしても窮屈だった。
それでもローガンはすぐに彼女を自分の元に引き寄せる。
「離れてよ」
「魔女さまは冷たいな」
「もうっ……」小さな抵抗はすぐに腕の中に収まってしまう。
リィは表紙に視線を戻し、声を落とした。
読み上げる声がわずかに震える。
ローガンは彼女の肩越しに文字を覗き込み、短く息を吐いた。
「聖女が現れた直後に、城で動きが慌ただしいのは事実だ。……君の元には噂は届かなかったのか?」
「そうね」リィは頷いた。その瞳は奥に沈む不安を隠せなかった。
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