第7話 金の斧

 俺の頭は混乱していた。

 母さんが女神であることは解っていたはず。

 それでも、俺の目には長らく一般的な普通の母親に見えていた。

 家だってそんなに大きくない、ごく普通の一軒家。西洋建築のようにテラスもない、あるのはベランダ。

 そんな環境で、俺は普通に母さんに育てられてきた・・はずだ。

 まるで脳がバグったようなこの感触、なんだか気持ちが悪いな。

 そう思っていたら、委員長が心配そうに俺をのぞき込んできた。


「大丈夫・・・・私、変な事を聞いちゃったかな? ごめんなさい」


「あ、ぜんぜん! 母さんはもちろん実の母親だよ。ちょっと日本人にしては彫りの深い印象を受けるよね」


「・・・・大丈夫? 顔色悪いけど」


 俺って今、顔色悪いんだ・・。

 そうだ、ちょっと俺のイメージと委員長のイメージが違うだけじゃないか。俺は何をそんなに気にしているんだ。


「大丈夫、こっちこそ心配かけてゴメン! ところで委員長、母さんの事で聞きたい事があったんじゃない?」


「うん・・・・そうね、ちょっと聞きたい事って言うか・・星野君ってさ、私が演劇部だって知ってるよね」


「え? うん、もちろん」


 知らないよ! そうなの? 委員長って委員会活動の他に部活も掛け持ちしてたの?

 すごいな! そしてその合間に俺の勉強を見ようって、本当に何でも出来る子なんだな。


「うちの部って、部員が少ないから、公演前にならないと部活が無いのよね。で、今、今度の文化祭に向けて演目が決まったんだけど・・」


 なんだか嫌な予感しかしないけど・・なに?

 

「でね、その演目が『金の斧』になったのよ」


 ああ・・・・嫌な予感が的中したよ。

 大体、なんで高校の演劇部が今更イソップ物語なんだ?

 やらないよね、童話なんて。

 もうちょっと現代劇的な物をやると思っていたけど、意外と意外なんだな。

 

「えっと、それで、うちの親に、どのような? ご用件で?」


「あのね、星野君のお母さんって、あの『金の斧』に出て来る女神様でしょ・・・・うちの部ね、部員が少なくて」


「・・少なくて?」


「わかるよね、部員が少ない部活で、女神様が出て来るとなると」


「・・なると?」


「もう、意地悪しないで。本当は解っているんでしょ!」


「いや、仮に解っていたとして、俺の口からそれ言う? 無理だよね、流石に無理があるよ、高校の演劇に母親が出るなんて」


「え?」


「・・・・え? 違う?・・・・」


「ごめんなさい、解るかなと思って濁しちゃったね、あのね、お母さんに演技の指導をしてもらおうと思って」


「あー ・・・・演技指導・・そうね、そうだよね、そりゃそうだ。なに言ってんだ、俺」


 やっちまった、もう本当に恥ずかしい。

 委員長もはっきり言ってくれればいいのに!

 あんなにモジモジしてたらさ、思うじゃん、出て欲しいって。

 あーあ、変な空気になっちゃったよ。どうする? この空気。


「無理言って、ごめんね。お母さんだって忙しいのに」


「いいよ、そう言う話なら、多分・・・・喜ぶと思うから」


 絶対に喜ぶ、と言うか、舞い上がるだろうな。普段の俺は、もうかなるウザがってばかりだから。

 こうして、なんだか急に変な方向に話が進み、何故か俺は母親に女神の演技指導をお願いする羽目になってしまった。

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