七話 待ちかねたヒト

 冷気が立ちこめる空間で、ココアは立ち止まる。足元にあるのは、ココアが散乱させた氷の破片たち。魔法なんて使ったことの無いココアが、強くイメージしただけでこれだけの魔法を出せた。


 だから、


「もしかしたら、ご主人様を探すのも魔法で何とかなるんじゃないかな」


 そんな望みを抱えて、手のひらに魔力を集中させた。カオルを見つける魔法のイメージを頭の中に広げる。暗闇の中で光り輝く星を見つけるような、そんな魔法を──、


「────」


「ココアちゃん、ごめんね、ちょっといいかな」


「はぇっ、えっ、どうしましたか?」


 集中していたココアの意識を、アウルの声が遮る。金色の瞳を瞬かせ、ココアはアウルに顔を向ける。


 すると、


「──倒したばっかりなのにごめんね。もしかしたら、ここにはいない方がいいかもしれない」


「──どうしてですか?」


「動物たちの様子がおかしいんだ。魔物は倒したけれど、空気が淀んだままだ」


「空気……?」


 頭の上にある猫耳をぴくぴくと震わせ、空気を感じ取る。ココアには、来た時から変わったように思えないが──、


「もしかして、来た時から変だったのですか……?」


 圧迫されるような空気。ココアが何となく感じていたそれが、アウルの言う『淀んだ空気』だったなら──。


「逃げますか? アウルさん」


「そうだね、逃げようか」


「分かりました、失礼します」


「えっ」


 アウルを横抱きにし、ココアはヒールを鳴らしながら全力で走る。


 アウルは夜以外は魔法が使えないらしい。ココアが全力で走るのに頑張って着いてこようとアウルは魔法を使ってくれていたが、あれも本当はしんどかったのだろう。その上、魔法で補助もしてくれていたから、アウルはすごくしんどいはずだ。ココアはまだ全然走れるから、こうするのがいちばん早い。


「こ、ココアちゃん?」


「舌を噛みますよ! わたしは平気なので、楽にしていてくれて構いませんよ」


「そっか、ありがとう」


 諦めたのか納得したのか、アウルはココアに身を任せる。ココアはアウルを抱える腕に力を入れたまま、速度を加速させる。風が冷たく当たるから、アウルの体が痛まないように体勢を調整する。


「アウルさん、とりあえずどこまで行きますか?」


「そうだね、この街から出られたらとりあえずは安心できそうなんだけど……」


「了解です!」


 言いながらココアは走る。ココアの速度なら、数分で街を出ることも容易だ。


 が、


「──? なにか、変な音が……」


「ココアちゃん、上に飛んで!」


「はい!」


 踏み込み、上空へと飛ぶ。体をねじりながら後ろを見れば、


「わっ、なんですかあれ!」


「植物が空気に触発されたかな……ココアちゃん、一回屋根の上に降りて」


「かしこまりました!」


 屋根の上へと着地し、ココアはアウルを下ろす。


 と、アウルはココアの額に手を当て、


「ほぇ?」


「一応、さっきココアちゃんが使ってた魔力の処理をね。これをしないと、ココアちゃんが触れたものから魔物が生まれちゃうから」


「な、なるほど……? えっと、それってわたしもできるやつですか?」


「できるけど、調整が難しいから慣れるまでは僕が補助するね」


「はい!」


 アウルの返答の直後、魔物の攻撃がこちらへと飛来する。それをココアは足元にあったレンガをぶつけてはじき、無詠唱で氷をいくつか顕現させる。


「──これって、倒しても空気を何とかしないといたちごっこになってしまいますよね」


「そうだね。でも、ココアちゃんも連戦になったらしんどいだろうから、逃げることを優先してもいいと思うよ」


「いいえ、だめです。放っておいたら、ご主じ……他の人にも、危害が加えられるかもしれません」


 氷を構えて、思いっきり投げつける。それだけでもかなりの威力で、砂埃が舞う。だが、致命傷には至らず、そこら辺の建物に攻撃を繰り返している。


「もう、こんなにモンスターがたくさんいるなんて、この世界って結構危ないんじゃないですか?」


「この国は特にね。魔物が少ない国もあるよ」


「でも、この国じゃないとアウルさんに会えなかったですから」


 言い、ココアは屋根から飛び降りる。風魔法で衝撃をやわらげ、手に魔力を集める。


「──貫け、《アイス・エオルス・アーツ》」


 イメージするのは、風魔法で大幅に強化された、氷の弓。細い一閃を描きながらも、決して折れることの無い、力強い一撃。


 それをイメージし終わると同時に詠唱を終え、手のひらから漏れ出た魔力が冷気を放ちながら、弓矢へと姿を変える。氷でできたそれをしっかりとつかみ、力いっぱいに引く。


 そして、


「────」


 手を離し、緑色の魔力と青白い魔力が交錯したと同時に、弓矢が魔物を貫く。


「アウルさん、空気ってどう浄化すればいいですか!」


「たぶん、ココアちゃんなら──」


 言いかけ、アウルは悔しそうに口を噤む。ココアの使える魔法は、女神のようなものだ。ただ、この国で彼女が生きていくなら──、


「わっ、アウルさん!?」


 アウルは屋根の上から飛び降りる。ココアはそれを駆け寄って受け止め、地面へと下ろす。


「ココアちゃん、よく聞いてね」


「えっ? あ、」


 アウルが魔法を使ったのが見えた。何をしたのかは分からないけど。


「浄化魔法を使えば、空気を浄化できる」


「浄化魔法?」


「治癒魔法の延長戦にあるものでね。この国では、忌み嫌われている魔法だよ」


「──どうして、ですか?」


「人の魂は神のものだから、なんて妄言を吐き散らかす国だからだよ。僕にとっては、本当にくだらない信念だ」


「────」


 つらそうに言うアウルをココアは眉を下げて見つめ、手のひらから魔力を噴出させる。


「イメージ」


 空気を浄化する。空気中にある魔力を治癒する。そんなイメージを──、


「──癒せ、《ルーセント・パルス》」


 ふわり、と空気が揺らぐ。万が一の時のためにアウルの近くに立ち、魔法が空気に伝わりきるのを待つ。すれば、少しづつ空気が浄化されていき──、


「──わ、少しだけ空気が変わりました」


「──うん、すごく綺麗になった。すごいね、魔法の想像力が人並みじゃない」


「えへへ、ちゃんとできたなら良かったです」


 空気が浄化され、地に伏せた魔物の姿も光の粒子へと変わっていく。それを見届けて、ココアはアウルの腰に手を回す。


「よしっ、終わりましたし、行きましょうか」


「そうだね」


 アウルを抱えて走り出す。魔物も空気も何とかしたし、今度こそ心置きなくカオルを探しに行ける。


「そうだ、魔力の処理? しないと」


「そうだね、僕がやるから、ココアちゃんはそのまま走ってていいよ」


「はいっ」


 ココアは速度を下ろさず、走り続ける。アウルがココアの額に触れ、何やら難しそうなことをして魔力の処理をしてくれている。


 そして、


「アウルさん、街抜けました!」


「ありがとう、じゃあここからは歩いていこうか」


「はい!」


 アウルを下ろし、ココアは風に黒髪をなびかせながら新しい町を見下ろす。先程までとは違い、空気が澄んでいる。


「あっ、そうだ!」


 ココアは手に魔力を集め、先程中断した魔法を再開する。


「夜空の星を見つけるみたいなイメージ……」


 自他の境界線が曖昧になり、空間に自分が溶けるような感覚がする。隣にいるアウルは暖かい気配で包まれていて、眼下に広がる街には、様々な気配が入り乱れている。そして、その先にある森の奥の方から──、


「──ご主人様!」


 見つけた。愛しい愛しい、あなたの気配を。

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