五話 初めての魔法
「人を探すには騎士に尋ねるのが一番だけど、どうしたい?」
「騎士……その方は、警察のようなものですか?」
「ケイサツ? 知らない言葉だけど……簡単に言えば、街の治安を守る存在、かな?」
「なら、多分警察と同じですね! その方に尋ねましょう!」
「うん、じゃあ行こうか」
アウルの後ろを着いていきながら、ココアは考える。
この世界は、ココアの常識とかなり違う。カオルが見せてくれたテレビや話してくれたことからココアは人間の常識をある程度学んでいるが、これはココアの常識に入っていない。カオルが夜に見ていたアニメに街の景色が少しだけ似ているから、カオルに会えば何か教えてくれるかもしれないけれど。
「──それに……」
前回、ココアの命を奪った異形。あれは、本当におかしかった。暴力に思考を支配されたようなあれは、ココアを殺すためだけに──命を踏みにじるためだけに存在しているような気分の悪さがあった。ココアが能力でタイムリープを発動させなければ、きっと、あの世界が今も続いていて、アウルは悲しそうな顔をしたまま──、
「──ううん、いけません。そうならないために、わたしは、今ここにいるんですから」
「ココアちゃん、いたよ。聞きに行こうか」
「はい!」
アウルの視線の先には、如何にもと言ったような甲冑を纏った青年がいた。やはり、カオルの見ていたあれと世界観が似通っている。
「あの!」
「ん? どうかしたかな? お嬢さん」
「人を探しているのですが、お手伝い頂けませんか?」
「もちろん。どんな見た目だ?」
「黒髪に黒い目をした男の子です。付け加えると、顔つきが柔らかくて、よく話す人です!」
「──うーん、見てないな……」
「やっぱりそうですか……」
騎士の返答に、ココアはがっくりと肩を落とす。アウルにちらりと視線を向ければ、アイコンタクトが返ってくる。「やっぱり自分たちで探そう」という意思が込められているのを感じとり、ココアは小さく頷く。
「分かりました、ありがとうございました! 自分たちで探してみますね!」
軽く頭を下げ、メイド服を翻しながらココアはアウルに駆け寄る。騎士は少しだけ申し訳なさそうにこちらに手を振ったが、きっとこうなるだろうとココアは予想していた。だから、そこまで悲しくない。
「騎士が知らないとなると、やはり地道に探すしかなさそうだね」
「はい、探しましょう! きっと見つかります!」
「そうだね。諦めずに探せばきっと──」
そこまで言って、アウルは言葉を切る。ココアが不思議そうに振り返れば、
「──前回、僕は君とどこに探しに行ったのか、聞いてもいいかい?」
「? ええ。ここよりずっと先の、レンガの家がたくさんある通りです。そこで、気持ちの悪いモンスターに襲われて……」
「モンスター……」
ココアの言葉に、アウルが黙り込む。ココアがアウルの顔を覗き込めば、
「──モンスターは多分魔物のことだね。まあ、呼び名はなんでもいいんだけど……」
「────」
「魔物がココアちゃんをいきなり襲ったのには、なにか理由があるはずなんだ。君の魔力に当てられたといえばそれまでなんだけど……」
アウルが真面目な顔で考え込むのを、ココアは不安そうな顔で見つめる。ココアはあの時、痛いのと嫌なので頭がいっぱいになってしまってどうして襲われたかなんて考えなかったけれど、アウルはそこに頭が回るのだ。本当にすごい。
「──ココアちゃんと僕がそこに行った後か前かに、ココアちゃんの探し人がそこにいたのかもしれないね。魔物は魔力に寄ってくる習性があるけれど、それと同じくらい周知されている特性がある」
「それは何ですか?」
「基本的に、家族や友人というのは精神の波長が合うものなんだ。逆に、険悪な家族は精神の波長がバラバラなことが多い」
フィーリングのようなものだろうかとココアが考えれば、それを察知したアウルが軽く頷く。
「──それで、さっきの話に戻るんだけど、魔物は魔力の高い者を殺したがる。それは、自分の糧にしたいからだ。それから、魔力の高い者の血縁者はまた、魔力が高いことが多い」
「──それは、つまり……」
「うん。ココアちゃんが襲われた理由は『魔力が高いから』が一番かもしれないけれど、ココアちゃんの探し人も魔力が高いなら、そっちも理由かもしれない。探し人の魔力が低いなら、ココアちゃんの後に狙われるかもしれないね」
すごく噛み砕いた説明。何も分からない状況で何かを分かろうとするアウルは本当にすごい。ココアひとりなら、きっと諦めてしまったけど、
「とりあえず、善は急げ、ですね。道は覚えてるので、向かいましょう!」
「うん、そうだね。魔物がいることが分かっているなら対処はいくらでもできるから」
ココアが靴音を鳴らしながら走り出す。風を切る音が耳をくすぐりながら、ココアは少しだけ落ち着かない心を誤魔化すように速度をあげる。アウルが魔法でココアに着いてきているのを確認し、ココアは全速力を出す。
「──ご主人様、ご主人様……!」
不安を誤魔化す魔法の言葉。痛いのを我慢できたのも、ココアはまだカオルに会えていないからだ。もちろんアウルのメンタルケアが一番の功績ではあるけれど、ココアの真っ直ぐな思いが痛みに狂いそうだった乙女心を何とかつなぎとめたのだから。
「──! この通りですアウルさん!」
ココアが大きめに声を出す。すれば、立ち止まったココアの隣にアウルが立ち、辺りを見渡した。前よりも少しだけ早めに着いたために太陽が少しだけ高い。が、空間を占める怖い空気は消えていないため、この場所がそういう感じなのだ。
「──ココアちゃん、危ないと思ったら僕を身代わりに」
「しませんよ、わたし、誰のことも犠牲にしたくないんです」
ココアがそう答えたのを、アウルは少しだけ感情の溢れた瞳で見つめ──、
「──下だね」
「──はい!」
その合図とともに、ココアとアウルは足元に僅かに走る揺れを察知した。
たん、と軽快な音を鳴らして宙へ浮き、アウルはココアに魔法をかける。ココアはそれを無言で受け取り──、
「──アウルさん、魔法ってどうやって使うんですか!?」
「イメージして!」
「分かりました!」
考えてから動くアウルと、考えるより先に動くココアの違いが顕著に出た。
宙でココアは体をひねり、浮遊時間をなるべく長くする。そして、稼いだ時間でイメージをした。
──捕まらないように、痛いことをされないように、最初の一撃はすごく強いものにしたい。そのためには多分、アウルが教えてくれた魔法の適性を考えなければならない。
「──顕現せよ、《氷風弩》!」
氷魔法に適性があると、アウルが教えてくれた。それから、魔法はイメージが大切って言ってた、今。だから、カオルがよく話してくれたことを思い出したのだ。アニメとかが好きだったカオルは、よくココアにも見せてくれていた。だから、ココアの想像力はそこら辺のオタクにも負けない。
「わっ、すごいですアウルさん! 地面全部氷にできました!」
「──本当にすごいな……」
氷の床にヒールをかつんと鳴らしながら着地する。ろくにアウルから魔法のアドバイスも貰わずにこれだけの魔法を使ってしまった割には、ココアの体はピンピンしている。
「アウルさん、わたし、間違えてないですよね?」
「呪文を唱えられたのはえらいね。それに、想像力もすごいみたいだ」
「えへへ、頑張りました!」
「僕、あんまり魔法について説明していなかったと思うんだけど……魔法を使うのは初めてだよね?」
「はい! でも、ご主じ……知ってる方が見てた物に魔法を使う物があって! なので何となくやってみたらできました!」
「魔導書を読んでたってことかい?」
「そんな感じですね!」
「なるほど……触媒は手のひらなのかな。ますます不思議な子だ」
「? どういう……」
そんな風に話をしていたものだから、
「──氷が割れる音……! 全然倒せてないですね!」
あのモンスターが氷を割ってココアたちに手を伸ばすまでに、そう時間はかからなかった。
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