契り契りて、かく語りき。
宮塚恵一
性の奴隷、義姉の支配①
「あ、もうっ無理っ」
気持ちが悪い、と思う。
真琴が脱力したように、頭を枕に乗せると彼女の頭が深く沈む。彼女は
「あっ」
ボクは彼女が放心した様子で息を漏らした声を聞き、軽く歯を立てる。血流で滲んだ真琴の首筋の肌は染まる耳よりも赤くなる。彼女との行為の後、それを見るのがボクは好きだった。行為前から最中は、彼女の求めるようにするけれど、この時ばかりは好きにさせてもらう。首元に舌を這わせる。彼女の腿の痙攣が伝わってくる。ボクが唇を離すと彼女は、おやつをもらえずに物足りなさそう子犬みたいに目尻を落とす。ボクは真琴の首を持ち上げて、今度は彼女の唇にキスをした。ボクはすぐに唇を離し、口と鼻の両方から深く息を吐く。そして彼女に覆いかぶさるようにハグをした。
「気持ちよかったよ」
彼女の耳元で囁いた後、またしっかりと瞳で見つめあう。真琴が恥ずかしそうな笑みを溢した後、ボクはもう一度ハグした。
「たくみ……」
真琴が、ボクの名前を吐息が漏れるのと同時に呼ぶ。
「なに?」
「また来てくれる?」
ボクはまた、わざとらしいくらいの笑顔を浮かべた。
「もちろん。かわいいなあ、真琴は」
ボクは彼女から離れてゴムを外して処理すると、ベッド横のティッシュで自分と真琴の体を拭く。真琴の脱ぎ落ちた服を拾って彼女に渡した後、もう一度ハグをするのは彼女との行為が終わった後のルーティンになっている。ボクもボクサーパンツだけ履き直した後、大学通学用の鞄に入れっ放しだった自分のスマホを手に取る。寝室から出てリビングのテーブルの上にスマホを置いて、ポットに入った冷めたコーヒーをコップに注いだ後、冷凍庫の氷を三個だけ放り込む。もう真琴の家に来るのは四度目だし、勝手知ったる他人のウチ、だ。ボクは彼女のもとへ戻ってコーヒーを手渡した。
「ありがと」
ボクは起き上がった彼女の横に座って彼女がコップに口をつけて一口飲んだのを見守る。
「トイレ行きたいんだけど、真琴はどうする? 先行く?」
「ああ、うん」
真琴はコクリと頷いた。ボクは彼女が手に持ったコップを受け取る。ボクが立ち上がるのに合わせて、真琴もゆっくりと立ち上がった。ベッドから降り、トイレに向かう彼女が便所の扉を閉めた後、ボクは自分のスマホを開いた。セックス中の通知は、メッセージアプリ以外オフにしている。それもニュースだとかクーポン取得を伝えるアカウントからの通知も全て来ないようにしているので、通知が来るとしたら女の子からだけだ。メッセージアプリを開くと、来ていたのは
女の子とのやり取り基本原則その1、いつであろうと女の子からの連絡には速攻で返すこと、だ。映画を見ている最中であろうと、大学の講義中であろうと、風呂場であろうと、バイト中であろうと、通知を確認したらすぐに返す。これは鉄則。
『今日、時間ある?』
祐実からのメッセージはそんなシンプルな一言だけ。女の子とのやり取り基本原則その2、呼ばれたら必ず女の子のもとに行くこと。
『大丈夫だよ』『電話しても良い?』
ボクは祐実にそう返信した。既読にはならないから、まだメッセージを確認できる環境にはいないのだろう。だが、そう油断している間に彼女の方から電話が架かってくる可能性もある。頼りにした時、すぐ対応してくれる男を演出するには、できる限り早く返信ができないといけない。ボクは真琴から受け取ったコップからコーヒーを一口飲んでテーブルに置くと、真琴がトイレにいる間に上着を着た。服を着終わってすぐ、ガチャリと便所の扉が開く。
「出たよ」
「うん」
ボクはスマホをズボンのポケットの中に入れて、便所に入った。便座に腰かけて、ふう、と一息ついて放尿をする。いつもならホッとする時間だが、この後どう真琴の部屋から抜け出すかを考えていて緊張感が走る。ボクは改めてスマホを見る。
『うん』
と祐実からの返事が来ていた。ボクは深呼吸をして、焦らずに祐実に返信を送った。
『今かけるから待ってて』
さっきとは違い、送ったメッセージがすぐ既読になる。ボクは急いで便所から出た。リビングでは、真琴がブラをつけているところだった。
「甘いもの食べたくない?」
「あー、ほしい」
「コンビニでなんか買ってくる。一緒に行く?」
「大丈夫。待ってる」
「わかった。すぐ戻るね」
ボクは寝室のベッドシーツをひっぺがした後、鞄を肩に掛ける。
「シーツ、洗濯する?」
「お願いー」
「おっけー」
真琴の返事を聞いて、ベッドシーツを洗濯機の中に放り込み、洗剤を投入して洗濯機を起動する。それから玄関を出て、祐実に電話をかける。
『ごめん金元、今仕事終わって』
コールが何度か鳴った後、祐実の声が電話口から聞こえてきた。
「こっちこそすぐ電話するって言ったのにごめん」
『いいよ、金元も忙しいのにわざわざ時間取ってくれたんでしょ』
ボクは安心して一息ついた。とりあえず面倒はなさそうだ。真琴とも祐実とも、恋人関係にあるわけではない。簡単に言えばセフレだが、その言葉をわざわざ口上では言わない。この二人以外にも、同じように呼ばれたらすぐ駆け付けることにしている友達が後三人いるが、そちらの方は比較的割り切った性格で、お互いに必要な時に遊ぶような仲だ。大体ホテルに直行することが多いし、連絡の来る時間帯はほぼ決まっている。だから真琴と祐実よりは気にする優先度が下だ。全員、ボクが色々な女の子と肉体関係を持っていることは知っているし、ボクの方からわざと他の女の子との関係を仄めかせて嫉妬させたり、釘を刺すこともあるにはあるが、普段はそのことをあまり意識させないように心掛けていた。女の子の感情を全てコントロールできるものではないが、制御できる分は制御できた方が良い。それにボク自身そういう人間関係の管理を楽しいと感じるタイプだ。どうやって関係を維持するか、どうやって女の子の望む自分を演じる。それを考えるのはスリリングで、ワクワクする。
「ボクの方は大学の課題終わって、おやつ買いに行くとこ」
『おー、そうなんだ。お疲れ様ー』
最寄りのコンビニまで歩きながら、祐実との会話を続ける。祐実はボクの四個上。中学校の先生をしているらしいが、仕事の話は彼女から話すこと以外はあまり深く突っ込んでは聞いていない。大学生の身ながら、教師という立場の人間を悦ばせているのには、ふとした時に思い出すと独特の快感がある。
「そっちは? また学年主任にでもドヤされた?」
『それがさー……』
ボクは祐実の口から出てくる愚痴を、うんうんと相槌を打ちながら歩いた。話しているうちにコンビニに到着した。通話をワイヤレスイヤホンに変えて、電話口の向こうで話す祐実の声を聞きながら、コンビニのお菓子を何個か選ぶ。一応、買うつもりのお菓子の写真を撮り、真琴に送った。真琴からは、オッケーのスタンプが送られて来たのでこちらも同じスタンプを返す。
「大変だね、先生も」
『そうだよー。こんなん聞いてくれるの金元だけだしさー』
「えらいえらい」
ボクはコンビニのセルフレジに商品を通して、電子マネーで購入した。買ったものを袋に詰めた後、真琴にも買ったことをメッセージで伝えて、イヤホンを外してスマホ本体での通話に戻した。そのまま続けて彼女の愚痴を聞き続けて、彼女が一息ついたところで「あのさ」と声をかける。
「言いたいこと溜まってるみたいだし、そっち行こうか?」
『……良いの?』
「もちろん」
真琴との行為は終わったし、この後一緒にコンビニのお菓子を食べたら、家に帰るように言えば良いだろう。それからゆっくり祐実の家に行けば良い。
「じゃあ車で行くから」
『うー、ありがとおー』
「じゃあ、待っててね」
『わかった。待ってる』
「うん、それじゃあね」
『金元大好きー』
「──ありがと。祐実は可愛いね」
ボクは祐実との通話を切った。
──女の子とのやりとり原則その3、こちらから好きとは言わない。
基本コンビニから歩いてちょうど真琴の家の前。我ながら完璧な調整。真琴に「家の前ついたよ」のメッセージを送る。真琴からまたオッケーのスタンプが送られて来たのを見て、少し間を開けて玄関の戸を開けた。
「ただいま」
「おかえりー」
真琴は髪にタオルを巻いた状態で、ボクを出迎えてくれた。メッセージにスタンプしか返さないな、と思ってたらボクがコンビニ行く前に下着付け直してたのに、その後シャワー浴びてたのか。
「お風呂入ったの?」
「うん、沸かした」
「一緒に入りたかったな」
「たくみはえっちだなー」
「真琴の方がえっちだよ。入って良い?」
「うん。まだあったかいよ」
「ありがと。じゃあ、お言葉に甘えて」
ちょうどいい。ボクは真琴に買って来たお菓子を渡した後、脱衣所で祐実に『やっぱりお風呂入ってから行くね』と連絡した。こう言っておけば、祐実の方も急いで入浴を済ませるのは経験的に分かっている。念の為に適当なドラッグストアでスウェット買っとくか。
「ふう」
ボクは浴槽に浸かって、スマホを操って祐実のメッセージを開く。
『じゃあ、私もそうする』
思った通りのメッセージが祐実から届いていたのを見て、ボクはほくそ笑む。スマホを浴槽の縁の上に立てかけ、肩まで湯に浸かったその時だった。
──ブー、ブー、と。
スマホが規則的に震え出す。
「……げっ」
スマホに表示されている名前を見て、ボクは思わず声を出した。
「
女の子とのやりとり基本原則、いつであろうと女の子からの連絡には速攻で返すこと。だが、何事にも例外というものはある。
──嘉納静香。
ボクの義姉であり、ボクが唯一、苦手としている女性だ。
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