性の奴隷、義姉の支配②

 画面に表示される名前に辟易しながら、通話拒否のボタンをタップした。今、静香のことに時間を取られている場合ではない。だが、ボクが拒否ボタンをタップしてからすぐまた、静香からの電話がかかってくる。ボクは一応祐実に『家族から連絡が来たから、少し電話に出る』とメッセージを送ってから、深呼吸をして静香の通話に出た。


『もしもーし』

「何だよ、静香」

『拓巳ぃ、やーっと出た。あのさー、居留守なのはわかってんだからさっさと出なさいよ』


 わざと不機嫌な声で応答したのに、静香は全くそんなこと気にしない。


、今忙しいから要件早く言って」

『あんたん家、千葉でしょ。あたしさー、今夜からしばらくあんたんところ泊まるからヨロー』

「……は?」


 またこの人は勝手に……。ボクは頭を抱える。くそっ。他の女の子相手だったら、冷静に対処できるのに、静香に対してはイライラが募るばかりだ。


「俺がいないと、中入れないだろ」

『ん、大丈夫よ。拓巳が帰ってくるまで部屋の前で待つから』

「……はあ」


 静香なら、やる。ボクは女の子と会うのは出来るだけ相手の家に留めているが、それでも飲みの後とか突発的には普通に女の子も呼ぶことだってある部屋なんだから、ふざけるのも大概のしろと言いたいところだ。


「……ポストに鍵あるから、取って勝手に入って」

『マジ? さんきゅー』


 ボクはダメージの少なそうな方法を取ることにした。静香とのやり取りの中、ボクは今後のことを考える。とりあえず、静香がボクの家にいることは祐実をはじめ、皆にも言っておいた方が良いだろう。黙っておいて、アンコントローラブルな事象をいたずらに増やすことはないんだから。それにボクには静香のことは、ただでさえ制御なんてできない。


「今日、俺帰らないかもしれないけど、家の物も適当に使って良いから。ま、言われなくても勝手に使うだろうけど」

『うん、もちろん』


 何がもちろんだ。ボクはスマホを地面に叩きつけたくなったが、すんでのところで我慢する。


「じゃ、こっちはまだ用事あるから、できるだけ連絡しないでよ」

『おっけー』


 ボクは静香との通話を切る。それから真琴に電話をかけた。


「あ、もしもし。コンビニ出たよ」

『ありがと。写真送ってから、長かったね』

「真琴には言ったっけ? ボク、姉貴がいてさ」

『んー、いや? 初耳かも』


 逆に考えよう。家族からの電話なら、優先して取るのは悪いことじゃない。祐実との会話の時間も、静香と話していたことにすれば良い。姉に優しい、可愛い弟。そういう魅力を垣間見せるのは、ありだ。


「ちょうど電話があったんだ。なんか、こっちに来るから家に泊まるほしいんだって」

『そうなんだ。好きなアーティストのライブとか?』

「あー、急いで話したからそこまで聞いてなかった」


 ボクは静香に一方的に、拒否権すらなく家を明け渡すことを要求されただけだ。ボクの言葉を聞いて、電話口の向こうから微かに笑い声が聞こえた。


『なんか、珍しいね。たくみってそういうの、ちゃんと聞くイメージあった』

「いや、友達とか先輩後輩とかなら、そりゃ根掘り葉掘り聞くよ。でも、姉貴はな」

『へー、意外』


 ──よし、結果オーライ。真琴の声は、少し弾んでいる。いつもはあまり見せない(見せるわけがない)ボクの焦りに対して、ギャップ的な魅力を感じている余地がある。落ち着けよ。あんまり心を掻き乱されるな。あれは災害みたいなものだと思え。だとするなら、自分を魅せるチャンスだ。


「今夜もう来てるらしいから、迎えに行くつもり」

『そっか、じゃあ仕方ないね』

「とりあえず、一旦そっち戻るけど先に伝えたかないたと思って。走るね」

『そこまでしなくて良いって』

「もう走ってる」


 ボクはスマホにBluetoothで無線イヤホンを繋いで、右手にスマホを握りながら走り始めていた。真琴の家までノンストップで走っても、そう辛い距離ではない。この後のことを、また考える。今したのと同じような話を祐実にして、えーっと他の女の子には今日中に連絡するべきかどうか……。


「面倒な」

『ん? 何か言った?』

「いやッ、何でもないッ」


 ボクは無理しない程度の速度で走り、息を荒くしていた。それで自分の失言と感情を誤魔化しながら、真琴の家まで急いだ。



2


 静香は、ボクの実の姉である里美の夫、弥上和希みかみかずきの妹だ。ボクと姉は、歳の離れた姉弟でボクがまだ小学生の頃に、里美は和希と結婚した。その頃、認知症だった祖父の介護にかかり切りだった母を手伝う形で、姉は実家に留まっていた。和希もボクらの家族には協力的だった。ボクから見ても、和希は優しく誠実な人だ。冴えない見た目の細い男ではあるけれど、彼の優しさから来る他人に対する振る舞いのことは、正直ボクも参考にさせてもらっている。そんな仲だったので、和希の家族もよくボクらの家に遊びに来た。だから、和希の実の妹である静香とボクとも、もう長い仲だ。静香はボクの2コ上。和希の家族がボクの家に遊びに来る時は、必ずと言って良いほど、ボクと静香は親達に一緒に遊んでいるようにと言われていた。その頃から静香は自由奔放だった。

 ──あたしの方がお姉ちゃんだからね。

 静香はよく、そんなことを言って、自分のしたいことにボクを従わせた。実姉の里美とは歳が離れているせいか、知り合いやSNSでもよく聞くような、支配的な姉と従順な弟の関係ではなく、里美はボクのことを家族の誰よりも甘やかしていた。親にねだっても買ってくれないおもちゃやお菓子も、姉に言ったら買ってくれたりもした。だから一般的には静香との方が、本当の姉と弟のような関係性と言えるんじゃないかと思う。

 ボクと静香は、ずっとそんな感じだった。会う機会も、一年に数度。それでも、本当の姉と弟みたいに家族からは扱われていた。

 ──それでも、多感な時期のボクにとって静香はだった。

 第二次性徴期真っ只中に、血の繋がりのない可愛い女の子と家族として過ごすことは、少なくともボクにとっては無理だった。静香も中学生になり、胸の膨らみや女の子らしい体型が目立つようになってくると、いけないと思いつつもボクの目線は彼女の柔肌に向かった。


「拓巳ってさ、あたしのこと好きでしょ」


 静香から遂にそのことを指摘されたのは、僕が中学二年、静香が高一になったばかりの春のことだった。


「な、そんなわけないだろ!?」


 と、まだまだ初心そのものだったボクは、静香の質問に対して真っ向から否定したけれど、明らかに動揺していた。


「えー、嘘だあ。耳真っ赤にしてさあ」


 静香は動揺するボクのことをからかうように身体を近づけた。思春期真っ盛りのボクの心臓は跳ね上がった。静香はボクの反応を見て、楽しんでいた。ニヤニヤと笑みを浮かべながら、静香はボクの顔に息を吹きかけたり、背中から抱きついてきたりした。ボクはそれを「やめろよ」と言いつつも、本気では止めることなく、彼女のされるがままにしていた。仕方がないだろう。その頃のボクは、女の子に対する免疫なんてサラサラなかった。それに、静香の言っていたことは正直、図星だった。

 ──自由奔放で、ボクの都合なんて考えもしない。そんな彼女がそばにいて、男子中学生が心惹かれることに、何の不思議もないだろう?


「静香は、好きな奴とかいないのかよ」


 ボクは意趣返しのつもりで問いかける。静香も女子高生。新たな環境の中、気になる男子の一人や二人、いたっておかしくない。当然、ボク以外だ。当時のボクはそう思っていたし、彼女も当然、当たり前のように頷くと思っていた。


「えっ」


 だから、僕の質問に対して静香がボクと同じように狼狽える姿勢を見せたのは、意外だった。ボクは慌てふためいて、目を泳がせる静香に対して、ドキリとした。


「いや、まあ? それくらい?」


 静香の返答は、やたらとモゴモゴしていた。ボクはそれを見て、気を大きくする。何だ、静香には好きな人はいないのか。そんな安心も、次にボクが口にする言葉を後押しした。


「静香の言う通りだよ。俺、静香のこと好きだ」


 何の衒いもない告白。後にも先にも、あんな風に真っ直ぐに気持ちを伝えることなんてない。


「え」


 静香は息を呑む。ボクからこういう言葉が出てくることなんて、想像もしていなかったみたいに。良い気分だった。普段は振り回されるばかりだったボクが、静香の心を乱している。そのことに、心臓は昂り、更に気持ちを大きくする。


「だから、俺が高校入ったらさ、静香付き合ってよ」


 どこまでも、勢いに任せた言葉。その時のボクは果たして、どんな顔をしていただろう。どんな印象を、静香は持っただろう。


「……言うじゃん」


 静香は悔しそうに唇を噛んで、ボクから距離を取った。流石にそんな彼女に対してボクから距離をつめ直すようなことは無理だった。静香がボクから離れたことで、ボクは自分がしたことに対して、急に恥ずかしくなった。勢いに任せて、やっちまった。けれど、それまで人生で感じたことのない高揚感があった。


「でも、高校生なんて誰でもなるんだし、高校生になったら可愛い彼女ができるなんて甘い甘い」


 静香は目を泳がせつつ、思案していた。何とかまた自分の方が主導権を握ろうと模索しているんだとボクにも分かった。静香は思いついたように目を丸くして、僕の鼻向けて人差し指を指した。


「昴泉高校」


 静香が口にしたのは、地元でも有名な高偏差値公だった。


「そこに入れるぐらい頑張ったら、考えたげる」

「……わかった」


 高校進学、それは良い。だけど、静香が文句もないくらいの良い高校に入ることができれば、ボクも自信が持てる。そうなれば、告白を口にした時みたいに、静香にしてやられるばかりの関係じゃなくなる。ボクだって男だ。静香にとって、より格好いい男でありたいじゃないか。

 幸いなことに、勉強は好きだった。元々、学校や塾の先生からも、ボクの成績であれば地元でも偏差値の高いところを狙えると言われていたし、その日の静香とのやり取りは、ボクに進学先のレベルを上げるモチベーションを抱かせるのに充分過ぎる物だった。

 ──ボクは地元で最も偏差値の高い公立校に受かった。

 合格証を手に、ボクは静香に電話した。ボクもこれで高校生だ、と。


「静香、付き合ってくれる?」


 改めての告白。合格発表を見に行った時以上に緊張して手汗がびっしょりだったことは言うまでもない。


「そうね、しょうがないなあ」


 電話の向こうから聞こえてくる吐息と小さな笑い声を聞いて、ボクは両手を宙に突き出した。


「良いよ、付き合ってあげる」

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