Chapter29 「連携の礎 十津川村」
Chapter29 「連携の礎 十津川村」
米子と木崎は訓練所の所長室で錦野所長が座る机の前に立っていた。机の横に松原が立っていた。米子が訓練所の所長に進言した事があると言うので松原が所長室に案内し、木崎が付添ったのだ。
「今回はわざわざ東京から合同訓練に参加していただきありがとうございました。ニコニコ企画さんには感謝してます。松原さん、いい訓練になったようですね?」
所長の錦野が言った。錦野は法務省を退官した元官僚だった。
「実に有意義な訓練でした。来る赤い狐との戦いに備えて実戦的なアドバイスも沢山いただきました。何よりもニコニコ企画さんは強い。それに実戦経験が豊富です。その講義もしていただき、ウチのメンバーや訓練生の刺激になりました」
松原が言った。
「私も資料を読みました。JKアサシンがこんなに活躍をしているなんて知りませんでしたよ。東と西では随分違うようだ。JKアサシンも単なる暗殺の道具ではなく、戦闘任務も行う事が求められているという事ですね。それでニコニコ企画さんが進言したいというのはどんな事ですか?」
錦野は標準語だった。
「米子、進言したいことがあるんだろ?」
木崎が言った。
「ニコニコ企画の沢村です。この訓練所でも射撃訓練シミュレーションシステムを導入して下さい。あのシステムには明確で絶大な効果があります。訓練生の卒業後の生存率を確実に高める事ができます。それと1日の射撃回数をもっと増やすべきです。1週間に40発では少なすぎます。最低でも1日100発は必要です。私は北海道の訓練所で1日200発撃っていました。当時はキツくてイヤだと思っていましたが、あの訓練があったから数々の戦いを生き残れたと実感しています」
米子が言った。
「言いたいことは分かりますがあの射撃訓練システムは高いのです。2、3億円はすると聞いています。とてもじゃないが今の訓練所の予算では導入できません。私は内閣情報統括室が決めた予算に従って粛々とこの訓練所を運営しています。それが私の仕事です。まあ、射撃回数の件は検討してみましょう。知り合いの警察OBでも呼んで相談してみるかな」
錦野が言った。
「射撃訓練シミュレーションシステムは絶対に必要です! 中学生をアサシンに育てるなら必須の訓練です。戦いを生き抜く事もアサシンの使命です。今の訓練では孤児をただの駒として、悪く言えば組織の鉄砲玉として育てているとしか思えません!」
米子の言葉を聞いて錦野の顔が強張った。
「米子、言葉が過ぎるぞ! 訓練所にも事情があるんだ」
木崎が言った。
「木崎さん、ニコニコ企画に特別臨時予算が20億円付きましたよね? まだだいぶ余ってるはずです。それを使えば導入できるんじゃないですか? 2、3億円ならなんとかなりますよね?」
米子が言った。
「まあ出来なくはないが・・・・・・」
木崎が言いにくそうに言った。
「だったら使いましょうよ。赤い狐と戦う為には西と東の連携が必要です。それにはもっと西のアサシンには強くなってもらう必要があります。仲間ですよね? 現場だけじゃなくて上層部も連携してくださいよ」
米子が言った。
「そうだな。予算を持て余してるのも事実だし、そもそも榊先生のおかげだしな」
木崎が言った。
「お願いです、是非援助して下さい! 来年もこの訓練所から新しいメンバーがニヤニヤ企画に入ってきます。その子達のためにもお願いします。射撃訓練シミュレーションシステムはウチのメンバーにも使わせます。みんなに強くなって欲しいんや。もうメンバーを失いたくないんや! 錦野所長からも頼んでくださいよ! あなたの訓練所の卒業生達が死と隣り合わせで戦ってるんですよ。もう2人も亡くなっとるんです! 今訓練を受けている訓練生達も卒業したら命を賭けた戦いの中に飛び込んでいくんですよ! まだ中学生や高校生の女の子やのに」
松原が感情を露わにして訴えた。
「うむ、そうだな。木崎さん、私からもお願いしたい」
錦野が頭を下げた。
「わかりました。早速内閣情報統轄室の東山管理官に交渉してみます」
木崎が言った。
教育棟の前の停めたハイエースに米子達が乗り込もうとしていた。4人とも制服姿だった。松原の運転で新大阪駅に向かうためだ。ニヤニヤ企画のメンバーは明日バスと電車で大阪に帰るとの事だった。戦闘服を着たニヤニヤ企画のメンバーと訓令生達が見送りに出て来た。教官達や錦野所長もその中にいた。
「みなさん、ありがとう。ホンマにいい訓練になったわ。私らもっと強くなるわ」
松井明日香が言った。
「東京の女子高生は制服の着こなしがお洒落やな。みんなカワイイわ。沢村さんなんてメチャべっぴんでアイドルみたいやんか。アサシンにしとくの、勿体ないわ」
井上乃愛が言った。
「ウチ、スナイパー養成所で訓練受けるわ。次に演習する時はみんなを狙撃で倒すから楽しみにしといてな」
横井真帆が言った。
「皆さんの強さに追いつけるよう頑張ります。バイク戦闘頑張って訓練します。でも、同じ女子高生やもんな。東京に行った時には渋谷とか原宿とか案内してな」
森口美玖が言った。
「まかせといてよ。ギャルの友達紹介するよ」
瑠美緯が言った。
「東京に来たらお好み焼きのお礼に美味しいお寿司を御馳走しますね」
樹里亜が言った。
「次は関東で合同演習だね。一緒に本部の戦闘チームと闘おうよ。それより先に実戦で一緒に戦う事になるかもね。その時はよろしくね」
ミントが言った。
「また演習しましょう。それまで全員が生き残ってる事が一番大事だよ」
米子が言った。
松井明日香が米子に近づいて来た。
「沢村さん、私本気で戦闘指揮を勉強して指揮官になるわ。今回はいい勉強になったわ。格闘に負けたのは悔しかったけど上には上がいる事を知れて良かったわ。それと射撃訓練シミュレーションシステムを導入するように訓練所の所長に頼んでくれたんやってな? 費用も持ってくれるんやろ? ライバルなのにすまんな」
松井明日香が言った。
「ウチの会社、お金持ちなんだよ。それにライバルじゃなくて仲間だよ。強い者が組めばもっと強くなる。変なヤツらからこの国を守るために一緒頑張ろうよ」
米子が言った。
「あの、LINE交換してくれへんか? いろいろ教えて欲しいんや」
松井明日香が言った。
「いいよ。東京に来る事があったら教えてね。知り合いの格闘技道場があるからまた試合しようよ」
「ええで。次は負けへんわ。そやけど頭突きは無しにしてほしいわ。あれメッチャ痛いんや」
「ごめんね。でも実戦では使えるよ」
「そやな。私らアサシンやもんな」
米子達は松原の運転するハイエースで新大阪駅へ向かっていた。
「いやー皆さん本当にありがとうございました。ウチのメンバーにとって凄い刺激になったと思いますわ。あいつら自分達が強いって、少しいい気になってたんですわ。街で不良に喧嘩売ったり、他の女子高生を馬鹿にしたり。でも今回でもっと強い女子高生がいるって実感したはずや。強い人間ほど真面目で素直やいう事を学んだはずや」
松原が言った。
「強いからってイキがっててもいい事ないからね。油断したり自惚れたら命を失うのがこの世界だよ」
ミントが言った。
「そやけど、沢村さんが素手でナイフ格闘した時は焦ったわ。凄い度胸や。それに強かった。明日香に勝てる女子高生がいるとは思わんかったわ」
「世の中には私より強い人はいっぱいいます。ルールのある競技としての格闘なら松井さんの方が強いと思います。私は反則技で勝ちました。アサシンの強さは手段を選ばない事です。命の遣り取りですからナイフを使おうが、銃を使おうがターゲーットを殺せば任務達成です。生残ってこその勝利です」
米子が言った。
「新大阪駅に着きました」
松原が言った。新大阪駅南口にハイエースが停まり、米子達は車を降りた。
「これ、柿の葉寿司です。良かったら新幹線の中ででも食べてください。ほんまにお世話になりました」
松原が大きなボストンバックから寿司折りを5つ取り出しながら言った。
「気を遣ってもらってすみません。こちらこそお世話になりました」
木崎が言った。
「木崎さん、今度出張で東京に行くと思いますので、その時一杯やりませんか?」
「いいですねえ。江戸前寿司でも摘みながらやりますか。2次会でキャバクラなんてのはどうですか? いやもっと高級なクラブでもいいなあ。予算が余ってるんで幾らでも交際費で落としますよ」
木崎が言った。
「いいですなあ! 東京のオネエチャンは別嬪が多そうや。楽しみですわ」
松原が顔を崩して言った。
「もう、男の人はしょうがないねえ。私達は命を賭けて任務を実行してるっていうのにさ。木崎さんが一番予算の無駄使いしてるんじゃないの? 私達の知らない所でさあ」
ミントが言った。
米子達は20:15発の東京行き新幹線『のぞみ262号』に乗車した。日曜日夜東京行きのぞみは空いていた。米子達は3人掛けの席を向かい合わせにして座った。
「東京に着くのは22時42分だ」
木崎が言った。
「大阪から新幹線に乗るのは久し振りです。前に二和会を殲滅させた時に帰りに乗りました」
米子が言った。
「ああ、あの時お前達は権藤正造の誘いを受けてもう一泊したんだよな。俺はパトリックと車で東京まで帰ったんだ」
木崎が言った。
「ゴンちゃんに神戸牛を後馳走になったんだよね。高級ホテルの部屋も取ってくれてお小遣いももらったんだよ。梅田のリッチタマキーンホテルだったね」
ミントが言った。
「懐かしいっすね。私はまだ中学生でした」
「あの鉄板焼きの神戸牛は凄く美味しかったです。あの味は一生の記憶に残ると思います。伊勢の権藤さん別荘に行った時は伊勢海老と松坂牛をご馳走になりました。また行きたいですね。権藤さんと会うと美味しい物が食べられるんですよ」
樹里亜が言った。
「神戸牛は無理だけど、松原さんから貰った柿の葉寿司を食べようよ。夕食の時間だよ」
ミントが言った。
「いいですね、食べましょう。奈良県の名物を味わいましょう!」
樹里亜が笑顔で言った。米子達は松原から貰った柿の葉寿司の寿司折を開けて食べた。木崎は腕を組んで眠っていた。
新幹線のぞみ262号は停車駅の名古屋を発車してしばらくすると浜松駅を通過した。通路を通る乗客が米子達を興味深そうに見た。
「なんかさっきからジロジロ見られるね。まあ制服の女子高生4人におじさん1人のグループだから不思議に見えるんだろうね」
ミントが言った。
「なんかアイドルグループのマネージャーになった気分だな」
目を醒ました木崎が言った。
「アイドルグループならもちろん米子先輩がセンターっすよね?」
瑠美緯が言った。
「松原さんがニコニコ企画は美人ぞろいで羨ましいって言ってたぞ」
木崎が笑いながら言った。
「そんな美人JKに囲まれてるんだから木崎さんは幸せ者なんだよ。その辺を感謝して欲しいね」
ミントが言った。
「まあ、世間一般の男性から見たら羨ましいかもしれないな。だけど俺はお前達の保護者代わりなんだぞ。米子とミントが住んでる部屋の賃貸契約だって保証人になってるんだ。もしお前達が悪い事をしたら俺が学校や警察に呼ばれるんだ。お前達こそ俺に感謝するべきなんだ」
「私達が暗殺したり戦闘任務をしてるからニコニコ企画は存続できてるんじゃん」
「お前達は商品みたいなもんだからな。キャバクラ嬢と雇われ店長みたいな関係だな。オーナーは内閣情報統轄室だ」
「一覧托生なんだから仲良くやりましょうよ。それより木崎さん、柿の葉寿司食べないんですか? みんなもう食べましたよ」
樹里亜が空いた座席に置いてある柿の葉寿司の寿司折りを指さして言った。
「おお、忘れてた。持って帰って家でビールのつまみにでもするかな。もしかして食べたいのか?」
木崎が言った。
「『のどぐろ』と『〆鯖』が凄く美味しかったです。ビールのつまみなんて勿体ないですよ。ちゃんと味わってください。柿の葉寿司が可哀想です。鮭も美味しかったです。ビールのつまみなんてあんまりです」
樹里亜が言った。
「わかった! わかった! そこまで言うなら食べていいぞ。俺は食べる気が失せたよ」
木崎が言った。
「今日の木崎さんかっこいいですよ~ ス・テ・キ うふっ」
樹里亜が目を潤ませて言った。
「樹里亜ちゃんは食べ物のためならキャラ変するんだね」
ミントが呆れたように言った。
新幹線のぞみ262号は静岡駅を通過した。
「初めての奈良県訪問なのになんか慌ただしかったね。今度はゆっくり行きたいよ。東大寺の大仏や法隆寺を見たかったなあ。山の中で合同訓練しか行かなかったね。でも米子の講義は良かったよ。みんな興味深そうに聞いてたよね。特に中学生の訓練生は真剣に聞いてたよ」
ミントが言った。
「人に教えるのってこっちも勉強になるんだよね。自分を見直す機会になるよ。それにみんな一生懸命だったからこっちも頑張ろうって気になったよ。あの中学生達には強くなって欲しいね」
米子が言った。
「あっ、富士山っすよ! 暗いけど空気が澄んでるから月明りでうっすら見えます」
瑠美緯が言った。
「どれどれ、ほんとだ、夜の富士山なんて珍しいね」
ミントが言った。米子と樹里亜と木崎も窓に顔をつけて外を見た。
「うーん、見えないぞ。街の明かりはきれいだな。富士市のあたりだな」
木崎が言った。
「木崎さん歳だから見えないんだよ」
ミントが言った。
「うっすらですけど見えますね。夜雲も見えますよ」
樹里亜が言った。
「私も見えるよ、視力2.5なんだよね」
米子が言った。
「日本ってやっぱりいい国だよね。富士山はあるし、食べ物は美味しいし、交通機関は便利だし」
ミントが言った。
「カンナが日本は便利で自由があって、人が優しくて食べ物が美味しくて凄くいい国だって言ってたよ。この国を守りたいね」
「カンナさんは元気にしてるの?」
「北朝鮮に帰ったよ。一時帰国だって。北朝鮮を豊かで自由な国にするって言ってたよ」
「そうなんだ。でもちょっと危険かもね。政府を批判したら公開処刑になるらしいじゃん。ネットに動画が上がってるよ。確かに北朝鮮に比べたら日本は豊かで自由だよね」
ミントが言った。
「うん。だから赤い狐の侵略を食い止めたいよね」
米子が言った。
「そうだ、その意気だ。来年は忙しくなるな」
木崎が言った。
「受験もあるから大変だよ。気が重いよね」
ミントが言った。
「ミントちゃん、楽しもうよ。私達はいつどうなるか分からないんだから生きてる内に楽しまないとね。でも、生きる残るためにも訓練してもっと強くなろう」
米子が言った。
「結局生きている間は努力の連続だね」
ミントが言った。
「生きているから美味しい物が食べられるんですよ」
樹里亜が柿の葉寿司を頬張りながら笑顔で言った。
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