Chapter28 「西のアサシン達 敗北からの学び 十津川村」

Chapter28 「西のアサシン達 敗北からの学び  十津川村」


「あの、もう止めて下さい」

井上乃愛が言った。

「明日香さんが死んでしまいます、止めて下さい」

森口美玖が言った。

「じゃあ井上さんか森口さん、私とやる? 面倒くさいから2人いっぺんでもいいよ」

米子が挑発するように言った。

「目潰ししたのと道具を使ったのは謝りますからもう止めて下さい。どうしても勝ちたかったんです、ごめんなさい」

横井真帆が涙ぐんで言った。

「同じ内閣情報統括室配下の仲間だっていうから連携しようと思って東京から来たんだけど、ここまで対抗意識を剥き出しにされるとやってられないよ」

米子が言った。ミントが心配そうな顔をしてペットボトルの水を松井明日香の顔に少しずつ掛けていた。松井明日香が顔に掛かる水に反応して口から息を大きく吐き出した。

「こんなに力の差があるとは思ってなかたんです。模擬戦闘でやられっぱなしで、悔しいから格闘だけは勝とうってみんなで話し合ったんです」

横井真帆がうなだれて言った。

「私が126人を殺すような生活を続けながらも生きていられるのは仲間との連携と信頼があったからだよ。仲間に背中を預けられる信頼があるから安心して戦える。張り合ったりライバル心を燃やすようなメンバーとは連携できないよ。だからあなた達とは組めない」

米子がキッパリと言った。

「沢村さん、ごめんなさい。あなた達に勝てへんのはよう分かった。そやから堪忍して。反則したのはほんまに謝るわ」

横井真帆が言った。

「ウチも謝る。ごめんなさい、だからもうやめたって」

井上乃愛が頭を下げて言った。


 「木崎さん、おたくの沢村さんホンマに強いですな。どうなる事かと思ったけど沢村さんの圧勝や。ナイフ相手に素手で戦って、フルコンタクト空手大会で優勝したウチの松井を子供扱いや。恐れ入ったわ。まさに戦闘マシンや」

松原が言った。

「この子ホンマに凄いですわ。相手の攻撃を全部ギリギリで見切っとる。体からレーダー波が出てるみたいや」

小田切が言った。

「沢村はこの前ネット配信企業主催の格闘技大会に飛び入り参加して優勝しました。友達に頼まれて仕方なく出場したようです」

木崎が言った。

「もしかしてアサシン米子ですか!? どっかで見たことあると思ってたんや」

小田切が言った。

「そうです。工作員なのにメディアに顔を出すなんて困ったもんですよ」

木崎が言った。

「私見てましたわ! 普段から訓練生の指導の参考になると思って女子の格闘技を観てるんです。無差別級で優勝してましたよね? たしか制服姿で戦ったんや。軍隊格闘技主体ということで変わった技を使ってました。会場も盛り上がってましたわ。あれ、沢村さんやったんですね? JKアイドル格闘家誕生ってネットも盛り上がってましたな」

小田切が言った。

「ほう、私も観たいな。ネットで観れるんですか?」

松原が言った。

「観られますよ。URLをお教えしましょう」

「そら楽しみや。沢村さん別嬪やから盛り上がったでしょうね」


 「みんな、謝らんでええ。私が悪いんや。どんな事しても格闘だけは勝とうって言ったのは私や。模擬戦闘で敗けたのが怖かったんや。悔しんかったんや無くて怖かったんや。みんな中学生の時から訓練所でしんどい訓練して、高校生になってアサシンになっても一生懸命やってきた。その事が負けて無駄になると思ったら怖くなったんや。それに実戦やったらみんな死んでたんやなって思ったらもっと怖くなったんや。私ら『井の中の蛙』やったんや。もっと強くならなあかん」

仰向けなっていた松井明日香が気を取り戻して言った。

「それでいいと思うよ。怖く無くなった時が危ないんだよ。怖いと思うから必死に戦うんだよ。訓練もするし頭をフルに使って真剣に作戦も考える。油断したら終わりだよ。失敗したら負けるじゃなくて死ぬんだよ」

米子が言った。

「さすがキルスコア126やな。沢村さんのオーラ、ハンパやなかった。命の遣り取りを沢山してきたオーラやったわ。張り合おうとしたのが間違いや」

松井明日香が言った。

「私達が強いのは当然だよ。実戦経験の差だよ。あなた達が弱いんじゃ無い。あなた達は実戦では暗殺しかしてないんでしょ? もっと戦闘を意識した訓練をすればいいんだよ」

米子が言った。

「私、本気で戦闘指揮の勉強するわ。もっと強いチームにしてどんな戦いでもみんなが生き残れるチームにするんや。模擬戦闘でそっちのみんなが沢村さんを信頼して命を預けてるのがよく分かった。だから強いんや」

松井明日香が素直な声で言った。

「そうだよ。米子の作戦なら安心して戦えるんだよ。米子の指示を聞いてれば誰も死なないって思うから全力で戦えるんだよ。もし米子が戦えなくなったら私がその役やらなければいけないって思ってるよ。そうしなきゃ仲間が死ぬんだよ。だから米子の立てた作戦をいつもこっそり分析してるんだよ」

ミントが言った。

「私、スナイパー養成訓練受けるよ。スナーパーがいればこのチームもっと強くなるよ」

横井真帆が言った。

「私もバイク戦闘の訓練受けます。沢村さんバイク戦闘凄かったです。あれが出来たらチームも強くなると思う」

森口美玖が言った。

「私もバイク戦闘に興味を持ったわ。美玖、一緒に訓練受けようや」

松井明日香が言った。

「バイクは車が入れない不整地や森の中に入れるし、市街地でも渋滞をすり抜けられるから便利だよ。急襲にも使えるから戦闘パターンやフォーメーションの選択肢が増えるよ」

米子が言った。

「みんないい心がけじゃん。本部の戦闘チームと模擬戦闘するといいよ。最初は負けるだろうけど、敗因を分析して訓練して勝った時は嬉しいよ」

ミントが言った。

「さて、お腹空いたからお風呂に入って食事しようよ」

米子が言った。

「私もそれを言おうと思ってたんです」

樹里亜が嬉しそうに言った。


 「今日の献立はお好み焼きや。東京から皆さんが来るって決まったから献立を変更してもらったんや。ネタは豪華らしいわ」

井上乃愛が言った。

「わあ、楽しみです。旅行とか出張は土地のものを食べるのが楽しみです」

樹里亜が言った。

「お好み焼きか。東京にいたら滅多に食べないもんね。そもそもお好み焼きもたこ焼きもお店が少ないんだよ」

ミントが言った。

「前に新橋の『金だこ』でたこ焼き食べましたよね」

瑠美緯が言った。

「大阪なんてお好み焼き屋とたこ焼き屋だらけやで。悪いけど『金だこ』のたこ焼きはたこ焼きやあらへんわ。油を使いすぎや。たこ焼きやなくて『たこ揚げ』や」

井上乃愛が言った。

「そうなんだ。東京はあれしかないよ」

ミントが言った。

「あれは大阪のたこ焼きとはぜんぜん違うし、高いわ。大阪は美味いだけやなくて値段も安いんや」

松井明日香が言った。


 翌日の午前は拳銃射撃の合同訓練を行った。室内射撃場は拳銃射撃専用で、5つの射撃レーンが存在する。ペーパーターゲットの距離は5mから30mまでワイヤーで調整が可能だ。今回は25m先のペーパーターゲットを5発ずつ5回撃った。1回の最高得点は50点だ。拳銃の射撃においてもニコニコ企画の方が点数は上だった。

「沢村さん、全部50点って凄いな。みんな真ん中や。それも連射や。格闘も強いし、射撃も上手いんやな」

井上乃愛が感心するように言った。

「まあ米子に近接戦闘を挑むのは自殺行為だよね」

ミントが言った。


「沢村さん、あそこの空き缶撃ってみてよ」

森口美玖が言った。20m先に大きな木箱が置いてあり、その上にコーラの空き缶が載っていた。

「あれじゃターゲットが大きすぎるよ。10円玉なら丁度いいかも」

米子が言った。

「10円ならあるわ」

森口美玖がポケットから財布を出すと木箱に向かって走った。木箱の蓋の細い隙間に10円玉を3枚差し込んで設置した。

「セットしてきたわ。撃ってみて」

森口美玖が米子の横に来て言った。米子がSIG-P226を構える。

『パン』   『パン』    『パン』

SIG-P226が3回跳ね上がり、『ピキーン』と音が鳴って10円玉が跳ね飛ぶ。森口美玖が木箱に向かって走り、床に散らばった10円玉を拾う。

「すご―――! 全部真ん中が凹んでるわ! ホンマに当たっとる! 凄いわ~!」

森口美玖が大きな声で言いながら走って戻って来た。子供のようにはしゃいでいる。

「まあ、9mmだから難しくないよ。でもこれって『貨幣損傷等取締法』に抵触して懲役1年以下または20万円以下の罰金だよ」

米子が言った

「さすがや、法律も詳しんやな。沢村さんは普段SIG-P226を使ってるんか?」

松井明日香が訊いた。

「普段はSIGのP229だよ。弾は357SIG弾だね」

米子が答えた。

「強い弾を使っとるんやな」

「9mmの方が当て易いけど、357SIGは1発で相手を無力化できるからね。戦闘に慣れてないうちは扱いやすい9mmの方がいいと思うよ。私も混戦が予想される時は9mmのP226にしてる。よく当たるからね」

米子が言った。

「ウチらはベレッタM9を使ってるんやけど、SIGの方がええんか?」

松井明日香が訊いた。

「ベレッタはいい銃だけど、バレルがスライドから露出してるオープンスライドだから隙間に泥や砂が入って動作不良になる可能性があるよ。市街戦はいいけど野戦でには不向きだね。米軍もアフガニスタンではベレッタよりSIGの方を兵士達が好んで使ったらしいよ。SIGはスライドが頑丈だしいい銃だよ」

米子が答えた。

「へえ、そうなんや。ウチらもSIGを購入して比較してみるわ」

井上乃愛が言った。

「そやな、松原さんに頼んでみよう」

松井明日香が言った。

「HK416、SIGの拳銃、インカム、防弾バイザー付きのヘルメット、買う物がいっぱいやな」

横井真帆が言った。

「この訓練場には射撃訓練シミュレーションシステムは無いの?」

米子が訊いた。

「スクリーンに映るやつやろ? 聞いた事あるけどここにはあらへんな。予算が無いんや」

井上乃愛が言った。

「それはおかしいよ! 私達はあのシミュレーションシステムの訓練があったから生き延びてこれたんだよ。あれのおかげで実戦での射撃が身に付いたんだよ。中学生に銃撃戦を覚えさせるには絶対必要だよ」

ミントが抗議するように言った。

「そんなにいいんか?」

松井明日香が訊いた。ミントが射撃シミュレーションシステムについて説明した。

「そら実戦的やな。そやけど失敗したら電気ショックって怖いわ」

横井真帆が言った。

「だから実戦的な射撃が身に付くんだよ。映像を見て瞬時に状況を判断して躊躇なく撃てるようになるんだよ。電気ショックはイヤだからね」

ミントが言った。

「もしそのシステムで訓練受けてたら亜美も比奈も死なずに済んだかもしれへんな」

井上乃愛が言った。

「何の話?」

ミントが訊いた。

「ウチらがアサシンとしてデビューした頃、暗殺任務で仲間が2人殺られたんや。相手はヤクザやった。拳銃を向けられて、ビビッて反撃できへんかったんや。人を撃つのを躊躇したのかもしれへんな。私も仲間が撃たれて初めて我に返って反撃したんや」

松井明日香が悔しそうに言った。

「あの訓練は絶対に必要だよ。私もあの訓練はイヤだったけど、あの訓練がどれほど重要だったかアサシンになって気が付いたよ。考えた人に感謝してるよ。反射的に正確な射撃が出来るっていうのは生き残るための必須能力だよ」

米子が言った。


 米子達は食堂で昼食を食べていた。午後は帰るだけの予定なので4人とも制服に着替えていた。献立は『肉うどん』と『かやくご飯』だった。

「昆布だしが美味しいですね」

樹里亜が言った。

「おつゆの色は薄いのに、しっかり味があるのが不思議っすね」

瑠美緯が言った。

「うどんにご飯物っていうのも関西っぽいよね」

ミントが言った。


 茶色い戦闘服を着た中学生の訓練生達が食堂に入って来て米子達のテーブルの横に並んだ。戦闘服は着ているが、まだ体が出来ていないのが見た目にわかった。

「あの、どうしたら皆さんみたいに強くなれるのか教えて下さい。私達、屋上から模擬戦闘を見てました。みなさんが凄く強くてびっくりしました。講義も聞きました。実戦の話、凄かったです。鳥肌が立ちました。昨日の夜は興奮して消灯時間が過ぎても部屋に集ってみんなで講義の話をしました。強くなる方法を教えてください!」

短い黒髪の訓練生が言って頭を下げた。

「格闘訓練と拳銃の射撃訓練も見てました。沢村さんみたいに強くなりたいです。自分があんなに強くなれる自信がありません。どうしたら強くなれるのか教えてください! 私達はここを卒業したら外国の強い組織と戦うと聞いています。もっと強くなりたいです。死にたくないんです。お願いします!」

ポニーテールのもう一人が頭を下げて言った。

「強くなりたかったら訓練するの。死にたくなかったら死ぬほど訓練するの。もう死んだ! 死んだ方がマシ! って思うくらい訓練するの。そうすれば実戦で死なないから」

米子が言った。

「あの、もっと具体的な方法はないんでしょうか?」

ポニーテールの訓練生が言った。

「あなた何年生? 拳銃射撃は1日何発?」

米子が訊いた。

「中学1年生です。拳銃射撃は一週間に40発です。月、水、金、土に10発ずつです」

訓練生が答えた。

「それは少ないねえ。それじゃ拳銃を体の一部にできないよ」

ミントが言った。

「それはルールなの?」

米子が訊いた。

「そうです。私は毎日20発以上は撃ちたいです。せっかく感覚を掴んでも1日空くと忘れてしまいます」

訓練生が答えた。

「私は北海道の訓練所で1日200発撃ってたよ。最後の5発が42点以下だと居残りで80発撃たされた。でもそのおかげで25mの距離で10円玉に当てられるようになったよ」

米子が言った。

「羨ましいです」

訓練生が言った。

「もっと撃てるように私から訓練所の所長に頼んでみるね」

米子が言った。

「ありがとうございます」

訓練生が一斉に頭を下げた。

「とにかく訓練する事だよ。強くなるにはそれしかないから。格闘訓練はいろいろ工夫してみてね。金的蹴り、目潰し、頭突き、喉への攻撃は反復して体に覚え込ませてね。いざとなった時に自分を守ってくれる技だから。私は今言った技で何度もピンチを免れたよ。いい、実戦は相手が本気で殺しに来るんだよ。試合じゃないの。負けたら死ぬの。私も負けてたら今ここにいないよ。だからみんな訓練頑張ってね」

米子が言った。

「ありがとうございました!」

訓練生達が一斉に頭を下げて去っていった。


「中学生か、懐かしいねえ。私もあの頃は不安だったよ。私は諜報部門が希望だったんだよ。工作員でも戦闘が殆ど無くて事務系の仕事が多いって聞いてたからね。暗殺チームに配属になって驚いたよ。でも必死に訓練しててよかったよ。だから生き残れてるんだよね」

ミントが言った。

「あの子達、ついこの前までの自分を見てるようでした。頑張って欲しっすね」

瑠美緯が言った。

「任務こそ全てと心得よ」

「組織に全てを捧げ、忠実であれ」

「己の存在は元より無きものと心得よ」

米子が唐突に言った。

「何それ?」

ミントが言った。

「北海道の訓練所で毎朝唱和してた工作員3箇条だよ。不思議とまだ覚えてるんだよね。訓練所ってある意味洗脳機関だもんね。中学生を殺戮マシンに変える場所」

米子が言った。

「群馬の訓練所ではそんなの無かったよ。訓練所の歌を歌わされたけどね」

ミントが言った。

「ああ、ありましたね。『志は空高く、蒼空駆ける若駒のように♪』ってやつでしたね。最後は『輝く命を国家の盾とし、悠久の大義を貫け』でした」

瑠美緯が言った。

「軍隊も洗脳プログラムが必須だからね。新兵の人格を一回ぶっ壊して娑婆っ気を抜いて戦闘マシンに変えるんだよね。平和的な一般人を人を殺せるように変えるんだから大変だよね。だから罵倒したり理不尽な体罰があたりするんだよ。最近は変わってきてるみたいだけどね」

ミントが言った。

「私はあの頃、食べる事ばかり考えてましたよ。訓練ってお腹が減るんですよね。うどん、お替りもらってきま~す」

樹里亜が立ち上がった。

「樹里亜ちゃんはどこでもマイペースだね。でもああいうタイプが一番強いんだよ」

ミントが言った。


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