#8 ポルターガイスト
学院の空が、夕暮れに染まり始める頃。
クラリスは、校舎の廊下を一人歩いていた。
誰かが、見ている気がする。
背後に視線を感じる。足音のような気配もある。
だが、振り返っても――誰もいない。
「……気のせいよ」
自分に言い聞かせるように呟きながら、生徒会室へ向かう。
扉の前に立ち、ノックの音を聞いた気がして立ち止まる。
コン、コン。
確かに聞こえた。
だが、扉を開けても、廊下には誰もいない。
クラリスは眉をひそめながら、生徒会室に入った。
机に向かい、報告書の整理を始める。
筆記魔道具の先が走る音だけが、静かな室内に響く。
そのとき――
ミシ……パキ……ミシミシ……パキパキ。
壁の奥から、床の下から、何かが軋むような音が鳴り始めた。
ラップ音。
クラリスは筆を止め、耳を澄ませる。
「……また?」
たまらず、寮の自室へ戻ることにした。
廊下を歩き、扉を開けて部屋に入る。
すると――
コン、コン。
また、ノック音。
今度は、すぐ背後。
振り返っても、誰もいない。
「……っ」
クラリスは、息を呑んだ。
そして、視界の端に――セシルの姿が見えた。
「……あっ、あなた、いつから?」
「さっきからずっと。君が急に出ていったから、心配で」
クラリスは、少しだけ肩の力を抜いた。
気づかずに連れてきてしまったらしい。
「……ホッとしたわ」
「でも、もしかしたら――
何かの霊を連れてきてしまったのかもしれないね!」
セシルは、目を輝かせて語り始める。
「ラップ音というのは、霊的エネルギーが物理空間に干渉する現象で、ポルターガイストはその延長線上にある。特に、感情が高ぶった状態の人間に引き寄せられることが多くて――」
クラリスは、黙って聞いていた。
いつもなら遮るところだが、今日は違った。
「……やはり、霊なのかしら」
その言葉に、セシルは語りを止めた。
彼は、クラリスの顔をじっと見つめる。
「……君が霊を信じるなんて、珍しいな」
クラリスは、答えなかった。
そのとき――外で轟音が鳴り響いた。
雷。
そして、雨。
魔力灯が一斉に消え、部屋は真っ暗になる。
「っ……!!」
クラリスは、声が出なかった。
気持ちが少し弱っていたのもあるが咄嗟に体育座りになって、頭を抱えて丸まる。
泣きそうだった。誰にも見られたくなかった。負けたくなかったのに負けそうだ。
泣くな。泣くな……!
そのとき、ストンと隣に座る気配がした。見えないけれど、そこにいる。
「ほら、お姫様は守らないとね。いや、これじゃ王子じゃなくて騎士かも?」
セシルの声が、静かに響く。
「やっぱりオカルト話と違って、上手いこと言えないな……」
頭をポリポリと掻く音が聞こえる。
クラリスは、思わず笑ってしまった。
「……ふふっ」
その瞬間、魔力灯が復活し、室内が明るくなった。
クラリスの心も、少しだけ明るくなった。
「やっぱり、幽霊はいません」
クラリスは、笑顔でそう言った。セシルは、少しだけ微笑んだ。
「うん。君がそう言うなら、きっとそうだ」
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