#6 疑えば目に鬼を見る

クラリスは、女子寮の部屋で撮影機を検証していた。

依頼人のHとOは、布団の端から顔を出して、クラリスの動きを見守っている。


「撮影機を貸してもらえますか?」


Hが頷き、机の上に置かれた古びた撮影機を手渡した。

クラリスはそれを受け取り、構造を確認する。魔力式とはいえ、原理は現代のカメラとほぼ同じ。レンズ、シャッター、記録媒体――すべてが物理的に機能している。


「少し、試し撮りをします」


クラリスは部屋の照明を落とし、HとOの位置を再現するように立たせた。

そして、シャッターを切る。


「……ふむ」


撮影された写真には、二人の姿だけが写っていた。

だが、わずかにブレている。クラリスはレンズを覗き込み、設定を確認した。


「シャッタースピードが遅い。光量が足りないと、動いていないものまで残像のように写ることがあります」


セシルが、興味深そうに覗き込む。


「つまり、あの男の姿も……?」

「残像の可能性が高いわ。誰かが窓の外を通った瞬間に、撮影されたのかもしれない」


クラリスは、カーテンに目を向けた。


「普段、カーテンは閉めていますか?」


Hが首を振る。


「いえ……つい、どちらかが閉めるだろうって思って、開けっぱなしにしてしまうことが多くて……」

「女性の部屋でそれは危機意識が足りないわね」


クラリスは窓を開け、外を確認する。

部屋は一階にあり、窓の外は中庭に面している。

そして、思い出した。


「夜は、巡回の教師がいるはず。中庭を通って、寮の周囲を見回るルートなはずだわ」



その足でクラリスは、学院の警備担当の教師に話を聞きに行った。

教師は、少し驚いた様子だったが、一瞬ねめつけるような視線を寄こした。


「ええ、毎晩決まった時間に巡回しています。女子寮の裏手も通りますよ。中庭を抜けて、窓の様子も確認します。何か問題でも?」

「いえ、確認できてよかったです。ありがとうございました」

すると教師は少し肩の力が抜ける。

そして……

「クラリスさんが調査をしているんですよね?今晩はあの部屋に泊まるのですか?」

と言った教師は、先ほどとは打って変わってクラリスのことを上から下へまとわりつくような視線を寄越す。

非常に不快だ。


セシルは教師を睨みつける。

「こいつ……」

クラリスはセシルを手で制し、教師の質問は聞かなかったことにして礼を言い、寮へ戻った。



「幽霊なんていません。これは、偶然と錯覚が生んだ怪異です」

クラリスは、撮影機を机に戻しながら言う。


「シャッターの遅さで、窓の外を通った教師が写り込んだ。それが、青白い顔の男に見えた。金縛りも夢も、強い恐怖による精神的な反応よ」


Oは、布団の中から顔を出し、ぽつりと呟いた。


「……本当に、幽霊じゃないんですか?」


「ええ。あなたは、誰にも呪われていない。安心して、外に出ていいのよ」


クラリスは、二人に向き直る。


「それと、カーテンはちゃんと閉めること。幽霊はいないけど……あの教師は……」

クラリスは少し困った顔を作り、意味ありげに微笑んだ。


セシルは真顔で言う。

「……この部屋をよく見てるかもね」


二人の少女は顔を見合わせて、そっとカーテンを閉めた。



生徒会室。

クラリスは机に向かい、報告書を書いていた。

筆記魔道具の先が走るたび、紙に整った文字が並んでいく。


「女子寮にて発生した心霊写真騒動について、調査の結果、以下の通り報告する――」


扉がノックされ、書記のミリア・エルステッドが入ってきた。

クラリスは報告書を差し出す。


「依頼、完了しました」


ミリアは受け取り、ぱらぱらと目を通す。

目を細めて、少しだけ口元が緩んだ。


「……よく出来ていますね。構成も論理も整っていて、無駄がない。まるで生徒会長のように仕事ができるんですね」


クラリスは、少し驚いたように眉を上げる。


「そうですか?」

「ええ。生徒会長は、何でもそつなくこなして、クールで、カッコよくて……王子様みたいですから」


クラリスは、心の中で首を傾げた。


セシルが……王子様?


どう考えても、あれはただのオカルトマニアだ。

幽霊の話になると目を輝かせて語り出すし、トイレのうめき声に興奮する人間が“王子様”とは到底思えない。


「すみません、次の仕事があるので……失礼します」

ミリアは軽く頭を下げて、生徒会室を後にした。


静かになった部屋で、クラリスは報告書を整えながら、セシルに目を向けて揶揄う。

「……王子様ですって。面と向かって言われて、どうですか?」


セシルは一瞬きょとんとした後、少しだけ耳を赤らめた。

「僕が王子様なら……君をお姫様扱いした方が良いのかな?」

と、何とか言葉を紡いだセシル。


クラリスは、言葉に詰まった。質問には答えずに煙に巻かれたからだ。

「どうって、そんなの……」

ズルいでしょ。

思わず口を開きかけて、何も言えずに閉じる。


二人は、黙ったまま見つめ合った。意地を張ってどちらも目を逸らさない。

けれど、心の中では――どうしようもなく、恥ずかしく、今にも叫んでしまいそうだった。


報告書の端を指でなぞりながら、そっと視線を外した。

クラリスの負けだ。


学院の夕暮れは、静かに窓の外に広がっていた。

その光の中で、クラリスの胸は、少しだけ高鳴っていた。

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