第15話 協力者

「早乙女っち! 諦めて帽子を寄こせ!」

「はぁ、またか」


 先日、バイトの休憩中に俺の帽子を取ろうとしたギャルだ。

 あれから毎日俺の帽子を狙ってくる。

 酷い時なんか仕事中に帽子を奪おうとしてくる時もあった。

 相手にするのは面倒だったが、俺のバイトももうすぐ終わる。

 それまでは適当に相手してやればいいだろう。

 それよりも気になるのは薄井さんのあの言葉だ。


『君の帽子を狙ってる奴はまだいる』

 

 一体誰なのだろうか。

 今のところ俺の帽子を狙ってくるのはギャルだけ。

 隠れて狙っているにしても、気配がない。

 諦めてくれたのならそれでいいんだが。


 あと頭を悩ませているのがトリートメント探しだ。

 仕事で疲れてドラッグストア巡りが出来ないのだ。

 花火大会まであと三日。

 何とかそれまでにはトリートメントを見つけないと。

 こんな事ならトリートメント探しのために一日空けておけば良かったな。


「隙ありッ!」

「無駄だ」


 ギャルが伸ばしてきた手を掴んで阻止する。

 懲りない奴だ。

 少しくらい頭を使ったらいいものを。

 まあ、頭の悪い俺が言うのもあれだけど。

 いつもの流れならこれでギャルが諦めて終了する。

 だが、今日はいつもとは違った。


「早乙女っち……、痛いょ……」

「えっ」


 涙目で同情心をくすぐる様に言ってくるギャル。

 思わず手を離すと、ギャルが俺の胸に飛び込んでくる。

 

「帽子なんて本当はどうでもいいの……、仲良くなりたくて」


 俺の胸で弱々しく囁くギャル。

 普段の馬鹿みたいに明るいギャルからは想像出来ない姿だ。

 

 だが、俺の胸には一ミリも響かない。

 俺の胸の中はこけ――雪子で埋め付くされているからな。

 

 それにこいつは嘘を付いている。

 

 俺の胸に顔を埋めるギャル。

 そのギャルの手が俺の帽子を狙っているのだ。

 ゆっくりと伸びて来る手。

 まるで俺の首に手を回すかのようにゆっくりと上ってくる。

 

 普通なら帽子を狙っているのがバレバレだ。

 だが、前もって甘い台詞を聞かされていたらどうだろう?

 ドキドキして、まさか帽子を狙っているとは思うまい。

 俺も胸の中に雪子という存在が居なければ気付かなかっただろう。


 多感な思春期少年の心を利用してくるとは容赦ない。

 俺じゃなかったらこれで完全に帽子を奪われていた事だろう。

 意識を帽子から遠ざける、実に巧妙なテクニックだった。

 どうやら今日のギャルは今までとは一味違うらしいな。

 いや、待てよ。

 なるほど、そういう事か――。


 こいつ『協力者』がいるな。


 このやり口、とてもギャルの知能で浮かぶ方法ではない。

 確実に『協力者』の知恵を借りている。

 今日になって突然やり口が変わった所を見ると『協力者』が力を貸したのは今日が初めてか。


 ふふ。

 ギャル以外の『帽子を狙う者』は諦めたと思ったが、そうではないらしい。

 新たな敵か。

 ギャルよりは頭が良さそうだが、既に奴は大きな失敗を犯している。

 そう、ギャルに協力した事で俺に存在を気付かせてしまった。


 ふはは。

 俺は『帽子を狙う者』はギャルだけになったと思っていた。

 だが、これで『帽子を狙う者』がもう一人いる事が分かった。

 存在に気付いたか気付いていないか、この違いは大きいぞ。

 透明人間が透明さを失ったようなものだ。

 これで俺が有利になったのは間違いない。


 さて、新たな敵の存在も知れたし、ギャルをどかすか。

 俺の胸は雪子の特等席だからな、他の奴を座らせるわけにはいかない。

 

「おい、俺から離れろ」

「ぇ……? 早乙女っち……?」

「お前の嘘はもうバレている」

「う、嘘じゃないもん!」

「往生際が悪いな」

「嘘じゃないもぉぉぉおおんッ!」


 そう叫びながらギャルは走って逃げていった。

 ふん、勢いで誤魔化しやがって。

 だが今のでかなり情報を得られた。

 もう俺に死角はない。


 バイトも残りあと二日。

 俺の帽子は誰にも渡さない。

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