第13話 面接
「早乙女ワタル君ねぇ」
「はい」
「今十六歳ねぇ」
「はい」
今俺はバイトの面接に来ている。
ムーケー宅配、今巷で流行っている自転車で宅配するバイトだ。
しかし、この面接官の男。
さっきから俺の頭をチラチラ見てくる。
まるで、年齢と俺の頭髪が一致しないとでも言いたげじゃないか。
「本当に十六歳?」
ほら凄い疑ってる。
中学生が年齢を偽ってバイトしようとするのは分かる。
でも高校生の俺が若く偽る意味はないだろう。
くそっ、謎トリートメントが無くなった今の俺の頭髪はそんなにも弱々しく見えてしまうのか!
「そうですが、何か?」
怒気を含ませ答えると面接官が涙ぐむ。
「いや、すまない。君を侮辱するつもりはないんだ」
「はぁ」
「その、つまり懐かしく思ってね。私だけではなかったんだなと」
ん、何か変な感じになってきたぞ。
まさかこの面接官……。
「ほら、これが十代の頃の私の写真さ」
「これは……」
そこに映っていたのは若かりし頃の面接官の姿。
注目すべきはその頭髪、今の俺と同等、いやそれ以上の弱々しさだ。
俺の反応に頷きながら、面接官の男が被っていた制服の帽子を脱ぐ。
現れたのは立派な禿げ頭だ。
「私が昔の写真を持ち歩くのはね、その頃が忘れられないからさ」
「ふむ」
「弱々しい髪ではあったけど、確かにそこに存在していたんだ。当時の私は薄毛を隠そうと髪を必死に整えていた。とても面倒で嫌な気持ちになったけど、今ではそれすら贅沢に思える、なんせ今の私には整える髪がもうないんだからね」
悟りきった表情で語る面接官。
俺は一体何を聞かされているのだろう。
でも、彼の歩んできた道は壮絶なものだったはずだ。
そして俺もその道に入ってしまっている。
偉大な先人の言葉に耳を傾け、そこから学ぶ事もあるだろう。
「大変でしたね」
「ああ、本当にね。君はまだ若い、私のようになるなとは簡単には言えない、薄毛というのは無慈悲に進行するからね。そうだな、アドバイスをするなら『今を大切に』かな」
今を大切に、か。
ふ、正にその通りだな。
人は髪の毛がいつまでもあると思っている。
だから平気で他人のハゲを馬鹿にしたりする。
なぜ、そんな冷酷な事が出来るのか。
その根本には間違った認識がある。
普通に生きてたらハゲるわけがないという幻想。
ハゲたのは本人の生活態度が悪かったからだ。
髪を染めたりして遊んだから、夜更かししてるから、神経質だから。
彼らは何かしら理由を当てはめてくるだろう。
だが、それは違う。
人間、ハゲる時はハゲる。
どんなに健康的な生活をして、髪を染めた事もない奴でもハゲる時はハゲる。
俺の兄貴がそうだったから痛い程分かる。
あいつらは夜も早く寝て、食事に気を付け、髪を染めた事も一度も無かった。
でもどうだ?
今でも順調に薄毛は進行し続けている。
残酷だよな。
この面接官の男、薄井さんと言ったか。
俺みたいなひよっこ薄毛戦士とは格が違う。
歴戦の戦士なのだ。
彼の言う「今を大切に」という言葉はありきたりなものだ。
だが、彼の口から出た言葉だと思うと、ぐっと重みが増してくる。
ふふ。
まさかこんな所で『本物』に『出会える』とは思わなかったな。
「薄井さん」
「何だい?」
「これから宜しくお願い致します」
「いや、君は不合格だよ」
「えっ?」
「ふふ、薄毛戦士としてはね」
「なッ⁉」
「だから、これから私の元で学ぶといい」
「薄井さん!」
「とりあえずこれ、運んできて」
「はい!」
こうして俺は、無事バイトの面接に受かったのだった。
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