第12話 夏休みを前に
奇跡が起きた。
いや、俺の髪の毛が復活したわけじゃないぞ。
完全に諦めていた期末テストの事だ。
結果から言うと俺と雪子は無事赤点を免れたのだ。
答案を握り締めながら喜びを分かち合う俺と雪子。
「やったな」
「うん」
雪子も凄く嬉しそうだ。
普段こけしのような顔をしてる彼女にも薄っすら笑みが浮かんでいる。
ふふ、努力は報われるって事だな。
これで夏休みは雪子と沢山思い出を作れるぞ!
だが、この時の俺はまだ気づいていなかった。
今の俺の生命線ともいえる、あれが無くなるなんて――。
期末テストが終わり、クラス全体が夏休みを目前に浮かれている頃。
俺は一つの問題を抱えていた。
「ない? ないってどういう事だよ」
「その通りの意味だ。あれは最後の一本だったのだ。束の間の休息を味わえただろう? 育毛戦士よ」
「誰が育毛戦士じゃい」
前に出席した薄毛会議。
そこでもらった謎トリートメントを使い切ってしまったのだ。
そもそも、貰った段階である程度量が減っていた。
それを調子に乗って使っていたら、まあ無くなるよな。
で、父親の方のハゲに追加で貰おうとしたのだが……ないってマジかよ。
父親ハゲの話では今はもう売ってないらしい。
ボトルのラベルが剝がされていた時点で気付くべきだった。
てっきり、俺を薄毛会議に縛り付けるために、自分で買えないようにしたのかと思ったが、その行為には父親ハゲの優しさが込められていた。
もう手に入らないトリートメントを求めて、俺が夜な夜なドラッグストアを徘徊しないために。
絶望している俺に見かねた父親ハゲが優しい微笑みを浮かべる。
「そうだな、お前も自分で見つけてみるといい、薄毛戦士として誰しもが通る道だ」
「見つけるって、トリートメントをか?」
「そうだ。科学は日々進歩している、もしかしたらいい『出会い』があるかもしれん」
なるほど、確かにこのハゲの言う事にも一理ある。
そして、新しい『出会い』はそう難しくないはずだ。
なぜなら俺は既に『出会った』事があるからだ。
髪のボリュームを増やす夢のようなトリートメントにな。
存在が不確かなものを探すのは希望が薄い。
だが既に存在したものと同様のものを探すだけなら『出会える』確率は高いはず。
やる気が出て来たぞ。
自分の部屋に戻りカレンダーをチェックする。
あと一週間で夏休みが始まる。
そして、その一週間後には地元の花火大会がある。
まずはそこだ、雪子を誘って二人で行く。
夏休みの開幕としてはいいスタートだ。
花火大会までの二週間。
それまでに雪子を花火に誘い、トリートメントに『出会う』必要がある。
「忙しくなるな」
「何が?」
「うおわっ、雪子いたのか!」
「うん」
一体いつから居たのだろうか。
雪子がこけしに擬態するのはいつもの事だが、段々その精度が上がっている。
その内、隣に居てもこけしだと思って気付かない日が来るかもしれない。
そうなってしまったら、俺はこけしを雪子だと思って収集し出すかもしれない。
そうなったら金が必要だな、って待てよ。
トリートメントを買う金も必要じゃねえか!
髪のボリュームアップを謳うトリートメントに出会えたとして。
その効果に満足出来るかは分からない。
そう、一本目で『出会える』とは限らないのだ。
「雪子」
「ん、どうしたの?」
「俺バイトしようと思う」
「そうなんだ」
「ムーケー宅配って知ってる?」
「うん、街でよく見る。自転車で運ぶやつ」
「それ、やってみようと思う」
「そうなんだ、気を付けてね」
ふふ「気を付けてね」か。
そうだな、怪我でもしたら一緒に過ごせないもんな。
つまりこれは「俺と一緒に居たいから」という意味が込められている。
そうに違いない。
誘うなら今だ。
「雪子」
「ん、どうしたの?」
「二週間後に地元の花火大会があるの知ってるか?」
「うん」
「その、一緒に行かないか?」
「……………………うん」
今の間はなんだ?
照れたのか、嫌々なのかどっちだ⁉
こういう時は表情だ。
表情を見たらどんな気持ちか…………全然分からねえ。
こけしモード全開じゃねえか!
流石の俺でもこけしモード全開だと表情から気持ちを汲み取れない。
無表情過ぎて怖い、可愛いけど怖い。
矛盾しているようだが、それをやってのけてしまうのが雪子なのだ。
まあでも、これで雪子を花火に誘う事は出来た。
一つ解決だな。
あとは金か……。
本当はバイトをしてる時間も雪子と一緒に居たい。
だが、俺には金が必要だ。
トリートメントを探すためだけじゃない。
雪子とのデート代、そしていずれやって来る、こけしを収集する時のためにもだ。
残された時間はあと二週間。
待ってろよ花火大会。
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