第9話 優しくなりたい
学校の帰り道。
俺の横には雪子がいる。
だが、いつもよりどこか暗い顔をしているように見える。
「雪子、どうかしたか?」
「何か、ワタル最近イライラしてる気がして」
「え、そうか?」
「うん」
「ハハ、ちょっと嫌な事があってな」
「そうなんだ」
嫌な事ってのは薄毛の事なんだが。
言われてみると、どうも最近イライラしていた気がする。
雪子に言われるまで気づかないなんて。
これは薄毛のせいなのだろうか?
いや、間違いなくそうだ。
思い返せば薄毛を気にしだしてから心の余裕がなくなった気がする。
薄毛だからイライラするのか、イライラしてるから薄毛なのか。
どちらが先かは分からない。
だが、雪子がそう言うのなら変わらなければ。
「あら、貴方達は帰りも一緒なのね」
「うん」
「く……」
後ろから声をかけて来たのはツインテールだ。
危なく糞ツインテール邪魔すんな死ねって言いそうになった。
やばいな。
薄毛の進行と共にどんどん口が悪くなっている気がする。
このままじゃ雪子に嫌われてしまう。
ここは下の兄貴を見習って俺も王子様スタイルでいこう。
「やあ、ツインテールさん。君も今帰りかい? 奇遇だね、僕たちも今帰っているところだったんだ」
なるべく爽やかに、微笑みながら言う。
口の悪いワタル君から王子様へジョブチェンジだ。
ツインテールは俺の変貌ぶりに目を見開いて驚いている。
ふふ、そうだろう。
俺だってこうすりゃ王子様なんだ。
薄毛だが顔は良いからな。
初めからこうしておけば良かった。
俺の王子様スタイルにツインテールは固まったままだ。
まるで北風と太陽の話みたいだな。
口悪く罵倒して遠ざけるよりも、優しくして固まらせる。
これが正解だった。
固まったままのツインテールが口をパクパクしている。
何か言いたげなようだ。
ん、ほら、言ってごらん。
今なら優しく受け止めてあげるから。
「きんもっ」
ははっこやつめ。
ツインテールから返ってきた言葉はとても辛辣なものだった。
俺は思ったね。
こんな奴に優しくする必要があるのかってね。
しかもこれ「きもっ」じゃなくて「きんもっ」だからね。
間に「ん」が入る事によって凄い気持ちが込められてる。
いや、分かるよ。
彼女は恐らく『ツンデレ』だ。
本心では思っている事が違うのかもしれない。
でも酷いよね。
流石のワタル君もこれには怒らざるを得ない。
だが、今の俺は王子様。
王子様は怒らない。
それに、ここで怒ったら雪子が嫌な気持ちになるかもしれないからな。
そして頭皮にも良くない。
だから、ここは笑顔で流す。
「んふっ、乙女がそんな事を言ったらいけませんよ、じゃあ僕たちはこれで」
「なっ……⁉」
またもや驚きの表情を浮かべるツインテール。
ふん、幼馴染大好きッ子の俺を舐めて貰っては困る。
幼馴染好きにとって突然現れるツンデレは天敵だ。
そして今、ツンデレの特性を完全に思い出した。
ツンデレというのは『喧嘩』によって親睦を深める存在だという事。
つまり『喧嘩』をしなければツンデレルートに入る事はない。
ツンデレの様々な『煽り』を躱し続けるだけ。
これで自然とツンデレルートは消滅するのだ。
さしずめ『ツンデレ殺し』と言ったところか。
俺に死角はない。
驚き固まったままのツインテールを放置して歩き出す。
完全な勝利だ。
俺は『ツンデレ』に勝った。
ある意味攻略したと言っていい。
後は家まで大好きな幼馴染である雪子と一緒に帰るだけ。
いつもの幸せな日常だ。
「ねえ」
「ん、どうした?」
「何かワタル気持ち悪かったね」
「ハハハ……」
どうやら『ツンデレ殺し』の代償は余りにも大きかったようだ。
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