第8話 ハゲとこけしと金髪と

 昼休みの屋上。

「はい、これ卵焼き」

「おう、さんきゅ」

「じゃあ唐揚げもらうね」

「おう」

 いつもの強制おかずトレード。

 だが俺も馬鹿じゃない。

 いや、偏差値的な意味ではもちろん馬鹿だが、自分の欲が絡んだ時はそれなりの知能を発揮する。

 今回がそうだ。

 雪子の強制トレード。

 美味しそうに俺のおかずを頬張る彼女は最高に可愛い。

 だが、髪の毛のためにも大切なたんぱく源を失うわけにはいかない。

 一応、先に断っておくが、雪子の強制トレードを断るという選択肢はない。

 雪子を悲しませずに俺の髪の毛も守る。

 どっちも満たさなければならない。


 今までの反省点を上げるとすれば、先日のハンバーグ。

 メインのおかずが一個だった。

 そりゃ取られるわな。

 そう、大事なのは『数』だ。

 雪子だって本当は心苦しかったはずだ。

 本当は卵焼き一つと釣り合うおかずと交換したかった。

 なのに俺の弁当箱にはハンバーグが一個しかない。

 せめて二個あれば、分け合えるのに、と。

 結果的に二人共悲しい状況に陥ってしまった。

 今まで気付かなくてごめんな、雪子。

 今日は大丈夫だ。

 俺の今日のおかずは卵焼き、そして『唐揚げが三つ』だ。

 この完璧な布陣。

 これでもう誰も悲しむ事はない。

 さあ、遠慮なく唐揚げを持っていってくれ。

 雪子はよく食べるからな。

 一つじゃなくて二つ持っていってもいいぞ。

 それでも一つ余るからな。

 一つでいいんだ。

 俺は一つでいい、多くは望まない。


「ありがと」

 そうお礼を言った雪子の箸には、唐揚げが三つ突き刺さっていた。

 雪子はよく食べるからな……。

 卵焼きと白米だけになった弁当箱をジッと見つめる。

 チラリと雪子を見ると美味しそうに唐揚げを頬張る姿。

 んふっ、かわいっ。

 今日はちょうど卵焼きで米をいきたかったんだよなぁ!

 

「あなた何してるの! 北林さんでしたっけ? おかずの交換は良いけど、卵焼き一つと唐揚げ三つは明らかに釣り合ってないでしょ!」

「え、そうなの?」

 突然、現れた金髪糞テールがとんでもない事を言いやがった。

 雪子がきょとんとしてるじゃねえか。

 どうしてくれんだこの空気。

「当り前じゃない! そこのハゲの弁当を見てみなさいよ! 卵焼きと白米だけよ? 異常だと思わないの?」

「おい待てこら。誰がハゲじゃ殺すぞ」

 しかも、こいつ雪子の前で俺の事をハゲと言いやがった。

 雪子が俺の弁当箱を見て、少ししょんぼりしたこけしになっている。

 嘘だろ、おいおいやめてくれ。

 そんな顔するんじゃない。

 お前が悲しむ姿を見たら俺は……、俺はッ……!!


「卵焼きも貰っていい?」

「え、ああ。もちろん」

 良かった、しょんぼりしてたのは卵焼きが欲しかっただけだった。

 危なかった。

 まったく、糞ツインテールめ。

 こいつは危険だ。

 俺と雪子の幸せ空間をぶち壊す害悪な存在。

 ていうか森山はどうした?

 糞ツインテールは森山ルートに入ったはずだろ。

 二人仲良く謎野球でもやってればいいのに。


「そ、そんな嘘よ……」

 糞ツインテールは卵焼きを持っていく雪子を見て唖然としていた。

 この状況で卵焼きを持っていけるなんて、とでも言いたげな表情だ。

 俺と雪子の付き合いの長さを甘く見ていたな。

 雪子はどんな状況でも涼しい顔して俺のおかずを奪っていく。

 そこに同情は一切ない。

 これが幼馴染だけが許される特権なのだ。

 お前の正論パンチは俺達には届かない。

 残念だったな。

 お前は早く森山とラブコメしてこい。


 ツインテールは目に涙を浮かべて、ぷるぷる震えている。

 流石のツインテールも少しは凹んだみたいだな。

 多少は心が痛むがしょうがない。

 迂闊に俺達の領域に入るからそうなるのだ。

 これに懲りたら大人しく森山の元へ――。


「私も、卵焼き貰っていい?」

「駄目に決まってんだろ、ツインテール引きちぎるぞ」

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