33 できないこと

「で、ここには何しに来たの? 依頼?」


 それを聞いて用事を思い出す。といっても、ほぼ達成しているようなものだけど。


「情報収集だ。それとチヨリ君にこの町を案内している」


 1から全部事情を話すつもりはないのだろう。ザーディスさんの意図を感じ取った僕は、首を縦に振るだけに留めた。一瞬周囲の声に耳を傾けてみても、遺跡の話や依頼の話ばかりで、異常はなさそう。


「あたしたちも遺跡に行ってみようかと思ってたけど、この人じゃねぇ。普通にいくつか依頼をするか、準備して王都に戻ろうかしら」

「王都に行った方が、私みたいな初心者向けの依頼もあるっていう話をしていたんです」


「そうか。俺たちはもう少しここに留まる。チヨリ君が王都に向かうのなら、俺も同行するつもりだ」

「……ザーディスさん、ものすごく遠まわしにまた会えるかもしれないって言ってるんですかね」

「そうだ」


 ようやく、彼のことが少しだけわかったような。言葉遣いと感性は独特だけど、嫌がらせをするつもりはない。むしろ善良な意志を持っているのかも。最終的に、僕を倒すことは諦めてくれたし。


「ま、お喋りはこのくらいにしときましょ。またどこかで会えるといいわね」

「はい。またどこかで!」


 そして、依頼を見に行ってくると席を立ったセラさんとシルフィーナさんを見送った。あっさりとした別れ。また近いうちに会えそうな予感が、全員していたのかも。

 ザーディスさんも立ち上がり、掲示板を見に行こうとする。しかし、一向に席から立たない僕を見て、不思議そうに見つめてきた。


「今、僕も掲示板を見に行こうとしたんですけど」

「ああ。どうした? 足がしびれたのか?」

「いえその、動かないんです。掲示板に行こうと思うと、足が止まって」


 身体が勝手に動く、という現象に似たことが起こっている。僕は全力で脚に力を込めているつもりなのだが、ぴくりとも動かない。感覚がなくなったわけではないし、今は足の指も動く。けれど、掲示板に向かうことができない。


 デメリットが働いている。確実に。スキルが発している明確なメッセージが、脚に現れているのか。掲示板に向かってはいけない、と伝えたいのかもしれない。思考を切り替え、ここから出ていこうと思い立ち上がってみる。


「……うん、立てる」

「何かが悪さをしているのか」

「スキルのせいだと思います。ここから掲示板に行こうとすると――ぐっ!」


 脳に鋭い痛みが走る。脚も動かず、頭を抱えることしかできない。大丈夫か、と駆け寄るザーディスさんに、痛みに耐えながらこう伝える。


「すみません、外に出ています。情報はザーディスさんが探っていてください」

「いいのか?」

「ええ。ここから離れればよくなるはず」


 重い足取りで外へ向かう。体調が顔に出ていたのか、冒険者たちは道を譲ってくれた。開かれた扉をくぐり、外の空気に触れたとたん、一気に重りが外れたように脚が軽くなる。何事もなかったかのように、頭痛も消えていた。


 少し脇に逸れ、壁にもたれかかる。僕は大きくため息をつくと、こうなった原因を思い浮かべた。薄々は感じ取れるけれど。


 (冒険者の真似事をしすぎたのか? 直接依頼を見に行って物事に関わるのが、ダメだと判定されてる。契約をせずとも、行動が同じなら仕事みたいなもの、ということかな)


 誤魔化すように行っていたが、これからは冒険者協会にも寄れないかもしれない。情報を集めるなら、片っ端から人に聞いていくしかないのか。


「体調はどうだ」

「うわっ、ザーディスさん。大丈夫です、良くなりました」

「そうか。依頼の大半は遺跡に関するものだったが、やはりその中でも西側の魔物を討伐する依頼が増えていた」

「……遺跡って、そもそも何人も探索できるほど大きいんですか?」


「グリンヴェールの遺跡群があるのは、少なくとも500年は前だとされている。一種の巨大な地下構造物だと思えばいい。現代にはない未知の技術で造られ、中は魔物の巣になっている」

「ザーディスさんも行ったことが?」

「浅い階層を少し、依頼でな。宝を見つけるには、まだ存在するとされる未発見の階層に向かわなけれないけない。おそらく、魔王軍は独自の人員で奥深くまで潜ることに成功したんだろう」

「まだ全貌が明かされてないのかぁ」


 大昔の文明だったりして。……この情報を聞いて、少し違和感を抱く。掲示板の内容を知りにいけないのに、彼から言葉で聞くのはセーフなのか。つまり、掲示板の内容を知るのではなく、掲示板を見に行くことがアウト。まさしく、行動が制限されるのか。

 そもそも、以前は見に行くことだってできたはず。今回になって反応するのには、理由があるような気がしてきた。


「ザーディスさん、ここの冒険者たちは、みんな遺跡を目当てにしてるんでしょうか」

「全員が全員ではない。人が集まる以上、色々と依頼の種類は増える」

「ここから見て、遺跡の方向はどっちですか?」

「あちらの武器屋の方角だ。どうかしたか?」


 何も考えず、言われた武器屋の方に数歩進んでみる。当然、なんともない。

 今度は遺跡に行くぞと念じながら走ってみる。すると、足取りはずんと重くなった。躓きそうになるのを耐えつつ、なぜそうなるのかを考える。


 仕事ができないというデメリットは、僕の思考にすら介入できる。それはわかった。遺跡に向かえないということは、遺跡に行くことが仕事になるということ。これがわからない。

 遺跡に行く仕事って何だろう。探検家、冒険者、ガイド、調査員。色々浮かびはする。しかしそこで何かをする職業であって、向かうことすらダメだというのは……そこまで考えて、ある仮説が浮かぶ。


「“今”向かうのがよくないのかもしれません」

「どういう話かわからないな」

「今この時に行くな、ということなのかも。遺跡に向かうような仕事がこれから――」


 そう言いかけた瞬間だった。シエルの町とは違う、カン、カンとよく響く鐘の音が、2方向から聞こえてくる。時刻を知らせているのかと思ったが、それに聞き入る町の人たちを見て、何かが違うと察する。


「動いたようだ」

「……まさか」

「町に魔物が近づいている」


 僕が物事を考えるよりも早く、ザーディスさんは冒険者協会へと戻っていく。僕も追いかけて中へ行こうとするが、激しい頭痛が僕にダメだと訴えかけてくる。

 それでも、と足を引きずって建物の壁にもたれかかった。ズキズキと痛む頭を押さえながら、開かれた扉から漏れる音に集中する。


「緊急の――依頼で――」


 聞こえづらい。発声はしっかりとしているはずなのに、ノイズが混ざったかのような音が邪魔をする。不快感に耐えきれなくなり、反発する磁石のように通りの真ん中へ飛び出た。


 身体はもうなんともないはずなのに、妙に頭がくらくらするような感覚。やるべきことが決まったのか、多くの冒険者たちが同じ方向に走っていく。人の波に巻き込まれてはならないと、道の脇に逸れた。


 ゆっくりと息を吐き、多少は冷静になってきた。町への侵入を防ごうと、魔物を止めに向かっているのだろう。窓から様子を見ている人もいる。瞬く間に、町が不安の色で塗りつぶされていくような気がした。

 高い位置にある窓を見上げた時、ふと空に何かが飛んでいるのが見える。ただの鳥ではない。大きさからして、魔物に違いないだろう。


 僕はそれを見て、今日という日はとても長い1日になることを感じ取った。

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