31 襲撃の噂
あまり話しやすい部屋はないけれどいいか、と尋ねられ、僕は頷くことしかできなかった。ザーディスさんは首を縦に振らなかったが、「いただこう」と静かに返事をする。
あまりフレンドリーでない彼と、底知れないソフィアさんの雰囲気がぶつかり合って、正直気が気でない。一触即発というか、何かきっかけがあれば口論すらすっ飛ばしそうな印象がある。
「さあ、入って? お話、ぜひ聞かせてちょうだい」
「ああ」
ドアを開けるのも優雅なソフィアさん。欠片も物怖じせず自身の態度を貫くザーディスさん。に、挟まれてびくびくしている僕。一番関係ないのにどうして一番緊張してるのは僕なんだ。
言われるがままに椅子に座り、肩をこわばらせながら、誰かの発言を待つ。規模が小さくても、こういう客室みたいなお部屋はあるんですね。僕の心臓に毛が生えていたら、そう口にできたかもしれない。
「魔王軍なんて口にして、からかわれているのかと思ったけど、あなたがいるからお話を聞こうと思ったのよ」
「僕ですか?」
「そうよ。物々しい名前よね、軍なんて。チヨリさんは、また何かに巻き込まれちゃったのかしら」
巻き込まれたというと、その通りではある。かくかくと細かく頷き、ちらりと隣を見る。ほら、喋って。僕のことはいいから。このアイコンタクト、伝わってほしい。
「チヨリ君とはどういう関係だ?」
「……ふふ、どんな関係だと思う?」
全然違うことを聞いてどうするんだ!? もっとちゃんとした話をしにきたはずなのに。ソフィアさんも、こちらを試すような視線を向けてくる。そんな冗談に乗らなくていいのに。
「ほら、組織についてお話するんですよね」
「失礼した。俺はザーディス。元魔王軍だ。正式な手続きをしたつもりはないが、既に裏切り者として組織に名は知られているだろう」
「……そう。“影”さんの同僚ということね」
「俺はそれほど直接的な仕事をしていたわけじゃない。そこまで掴んでいるのなら不要な情報かもしれないが、念のため伝えさせてもらう」
ザーディスさんはそう言って、近いうちに町へ襲撃が仕掛けられることを伝えた。彼の硬い表情はそのまま、視線がわずかに鋭くなったように見える。
「この町の冒険者たちを前に、それほど強力な魔物を用意できるとは思えない。だが、その冒険者の中に奴らの駒がいれば別だ。そして……」
「アーティファクト、ね。遺跡のものは、魔王軍の手に渡ったんでしょう?」
「あの、そのアーティファクトって一体」
水を差すことになるが、重要そうなキーワードなので、勇気を出して質問してみる。
「スキルが付与された魔道具。その付与された力が、甚大なものを言う。現代では再現の難しい、遥か過去の遺産だ」
「要するに、とっても強いスキルが付与された装飾品や武具だと思って。通常、それぞれの国で厳重に保管されているんだけど、つい最近、近くの遺跡で発見されたみたい」
「少なくとも、手に入れて町を落とそうと考えるには、十分すぎる理由だ」
突然ふたりの声色が優しくなったような。両方から丁寧な説明を受けたおかげで、大変なものが見つかったとわかる。
「あれ。結局、人も襲ってくるんですか」
「そうなるかもしれない。いや、そうなると最も面倒だから、ここに来た。奴らが手に入れたアーティファクトを使わない手はないだろう」
「遺跡の魔物が増えているということは聞いているけど、襲撃のことも含めて公表すると不安を煽るだけになりそうね」
「組織の中核を成しているのは後ろ暗いことに手を染めた者たちだが、組織全てが悪人というわけではない。ただ支援を求められた冒険者たち、そして町に潜んでいる組織の人間がどれだけ行動を起こすか。それが読めない」
ザーディスさんは、いわゆる組織の外側にいた人間なんだろう。いつどこでと詳しく事情を聞かされてきたわけではないし、他の人員はこんな人だと教えられてもいない。とにかく警戒しろ。そういう意図が声や態度から伝わって来る。
「もし仮に町で何かあったとしたら、騎士団は北にある要人たちの居住区に集まる。けれど、それも読まれているんでしょう」
「集中を防ぐためにも、各地で騒動を起こすだろう。……この町の騎士だけでは足りないと思っていたが、あなたがいるのであれば備えもできていると見える」
「あら、そう見えるのね」
はいともいいえとも言わないのを見るに、まだザーディスさんのことを完全に信用しているわけではないのかも。迂闊な発言をしても誰も怒らないだろうけど、質問をいくつも投げかけるのは勇気がいる。それくらいの息苦しさがあった。
「……これ以上話すことはなさそうだ。俺たちはもう行く。会話の場を設けてくれて感謝する」
「もういいの? あなたのことは何も聞いていないのに」
「話せるようなことはない」
そう言って、彼は席を立つ。そこから一歩も動かず、僕をじっと見つめていた。まさか僕を待っているのか? ここから僕に話を切り上げて場を締めろというのか。ちょっと酷じゃないかな。
「……そういうことなので、僕も失礼します。えっと、お仕事頑張ってください。何もないのが一番なんですけども」
「わかったわ。またね、チヨリさん。それに、ザーディスさんも」
ソフィアさんは引き留めるようなことをせず、同時に席を立って、僕たちを見送ってくれた。こちらはあまり丁寧な態度をとれなかったが、それでも彼女の表情が崩れることはない。
なんなら、申し訳なさそうに頭を下げる僕を見て、ニコニコしているような。怒りっぽい人じゃなくて助かった、ということにしておこう。
重苦しい空気から逃れるように外に出て、ザーディスさんにこれからどうするのかを問う。念のため冒険者協会に行っておくと返されたので、ひとまず承諾した。
こうして町を歩いてみても、危機感というか、これから一大事が起こるという雰囲気は全くない。心配しすぎなんじゃないのか。そんな気さえする。
「すみません、ザーディスさん。あのお店って?」
「ポーション屋だ。この町でも一番大きく、冒険者以外も利用していた記憶がある」
「そうなんですね。結構大きいから、どんな店なのかなって。やっぱり色々置いてるんですか?」
「種類自体はさほど多くない。治療薬が比較的安価で多くあることが人気の理由だろう。冒険者の誰もが治療の使い手を連れているわけじゃないからな」
「へえ。ザーディスさんもよく利用されてるんですか?」
「俺は怪我をするほど危険な依頼はしない」
ある程度の説明はしてくれるんだけど、ばっさり会話を切るんだよな、この人。
その後もいくつかの店の確認をしつつ、北西目指して歩いていった。それほど長話をしたわけじゃないし、まだ昼間には早いので、張り出された依頼を見に行く冒険者も多そう。
ある程度一定の規格で建てられた店の中で、ひと際大きな建物が目に入る。どう見ても異質だったので、ザーディスさんに質問してしまった。
「……なんか、でかくないですか」
「イリス国の中では一番大きい冒険者協会の支部だ。正直、朝に入り浸るのは苦手だな。人が多すぎる」
シエルの町にあった酒場を、そのまま倍にでもしたような大きさ。それこそ、シエル騎士団支部のようにがっちりとした構造と外観で、周囲を見ても人が集まっていることがよくわかる。
3つほどある入口のどれもが混雑していて、つい顔がひきつってしまう。毎回入りたくないと感じるけど、ここに行かないと情報が少ないのだから仕方ない。
意を決して人の波をかきわけ、中に入った時だった。スパン、とその場に響く音が聞こえ、嫌な予感がする。
「2度と姿を見せるんじゃないわ、破廉恥男! 今度下手なことをしたら、その顔面をズタズタにしてやるんだから!」
……つい最近聞いた声がする。想像より早い再会になりそうだ。
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