9 女神様のメッセージ
「えっと、王都の南に新しい風が吹くって話ですよね」
「そう。神託が外れたことはないから、噂好きはみんなグリンヴェールの町に向かったの」
「へえ、知らない町だ。ここじゃないんですね」
「ここより王都に近くて大きな遺跡があるからよ。んで、あたしはそこじゃなくここに目をつけた」
それはなぜ? と割り込むこともできず、大人しく彼女の話を聞いている。こういった話も、貴重なこの世界の情報だ。できるだけ、多くの可能性を考えるためにも、集中して聞かないと。
「ここに到着したのは昨日の夜中。とりあえず宿に行こうと思ったら、あたしの大事な指輪が盗まれたの」
「盗みですか? あなたから盗もうなんて相当度胸がありますね。それも指輪なんて」
「そうね。あたしが歩いてたらいつの間にか背後に立ってて、無理やり指輪を奪い取ろうとしてきた。攻撃しようとしたら、奴の姿が消えたの。指輪は盗まれてたわ」
消えた。確実にそういうスキルを持っているのだろうけど、それだけじゃちょっとわからないな。
「夜は危険だと思ったから、翌朝必死で探したの。自力じゃ見つからなかったから、協会に依頼を出そうとして――」
彼女はぴくりと眉を動かし、こう続けた。
「盗まれたっていう報告は受け付けるけど、闇の頭領に関する依頼は受けられない、って言われたの。依頼が多すぎるからって」
「闇の頭領ですか。盗賊の頭領なんですかね」
「そんなとこでしょうね。あとは知っての通りよ」
大事な指輪を盗まれて、その捜索依頼が却下されたから怒っていたのか。相当大事な物を盗まれたんだろう。
しかも、不意をついたとはいえ真っ向から指輪を盗むなんて、相当力押しというか。
「おい、あんちゃん。闇の頭領に関わろうとすんのはやめとけ。あんちゃんみたいに目立つやつはなおさらな」
さっきのおじさんだ。またやめとけって言ってる気がするぞこの人。
善意で警告してくれているのだろう、と思い、何か知ってることはないか尋ねてみる。
「この町に来たばかりなので、まだその盗賊のことをよく知らなくて。知ってることを教えてもらえませんか?」
「俺はただの噂好きさ。詳しいことは知んねぇが……金品の他にも、指輪を盗まれたってのはよく聞くな」
「やっぱり夜に現れるんですか?」
「ああ。そのせいで最近の夜は誰も出歩いてねえ。懸賞金は金貨100枚だぜ? ただの盗賊じゃねぇ。協会と騎士団もなんか知ってて隠してやがんだ。しかも釣られてその辺でも賊が出るようになったらしいときた」
助けてくれた礼として教えるが、あんちゃんも夜には出歩くなよ。そう言って、また席に戻っていった。
つまり、この町にはかなり悪い奴がいて、そいつが悪さをしたせいで影響が出てると。
「ちなみに、金貨100枚あれば何ができます?」
「……また難しいこと聞くわね。王都の一番良い宿の一番良い部屋に1週間泊まって、酒場で毎晩どんちゃん騒ぎができるくらいじゃない? そんな額持ち歩かないわよ」
「それだけ懸賞金がかけられてる犯罪者ってよくいますか?」
「いるわけないでしょ。王都の連中もびっくりの大盗賊よ。あたしも噂でしか知らなかったし」
……なんでまたそんな大盗賊がここに? と、考えたものの、神託とやらの鍵がこの町にあると解釈したのだろう。
テーブルに肘をついて、自分なりに少し考えてみようとする。色々話してはもらえたが、まだ断片的にしか情報はない。ううん、と少し唸りながら、テーブルに肘をついた。
「チヨリさん! 登録ができましたよ!」
ぼーっと考えにふけりそうになった時、セラさんの柔らかな声が耳に入る。姿勢を正して、声の方向へ振り向いた。あれ、隣には受付嬢の人もいる。
「さっきの戦いを見て、ぜひ冒険者になってみないかとお誘いがあるようです」
なんだって。一体何人が見てたんだ。
「チヨリさんであれば、ふたつ星の試験をいきなり受けても大丈夫とのことですが……」
ニコニコしながら受付の方が見てくる。うう、断りたくない。ちょっとぐらいなら神様も許してくれないかな、なんて思考がよぎった直後、僕の口が勝手に開いた。
「すみません。僕のスキルは仕事に就くと使えなくなるんです。ですので、ご期待には沿うのは難しいです。こちらが証明書になります」
機械的な説明をし、身体が勝手に証明書を差し出す。シルフィーナさん含めた3人が、僕のスキル証明書をじっと見ている。いやいやいや、どうなってるんだ僕の身体。まさか勝手に動くなんて。意地でも働かせないつもりか。
力は入る。けど言うことをきかない。ぷるぷると証明書を持つ手が震えるが、納得してもらうまで自由は訪れなかった。
「かしこまりました。ですが、冒険者協会は世界全ての人々のためにあります。ご依頼などがありましたら、いつでもいらしてくださいね」
ぺこりと軽くお辞儀をして、受付まで戻っていった。断っただけなのに、肩で息をする僕を心配してか、セラさんに声をかけられる。大事じゃないと前置きしつつ、身体が勝手に動いたことを話した。
「ユニークスキルの名は伊達じゃないのね。ただの身体強化じゃないなんて」
「たった今、デメリットの強烈さを自覚させられましたよ……」
おそらく、女神様から見て『アウト』な行動は、行う前に止められるのだろう。冒険者になろうと思ったから、スキルが発動したということ。
少し会話を交わしただけだというのに、どっと疲れが押し寄せてきた。大きくため息を吐いてうなだれた時、酒場の外から音が聞こえてくる。
「これは……鐘の音ですか?」
「そうです。シエルの町では、夕方と朝に、大きな鐘を鳴らすんですよ」
詳しいですね、とセラさんに返す。お父さんから教わったそうだ。あっ、リックさんとの待ち合わせがあるから、僕はもう行かないと。
「すみません、今日泊めてくれる方と待ち合わせがあるので、ここで失礼します。また縁があればお会いしましょう!」
「えっ、いつの間にそんな話を!? ……こちらこそ、本日は本当にありがとうございました。この恩は必ずお返ししますね」
「夜中は外に出ないよう気を付けなさいよ。あと、あたしに何か依頼したいなら、ちょっとは負けたげるわ」
席を立って、2人に会釈をした後、酒場を出ようとする。一瞬、あの2人をここに残していて大丈夫かと心配がよぎった。……まあ、大丈夫でしょ。今は冷静だし、反省もしてくれてるはず。
酒場の外に出て、真っ先に空を見上げた。他の町、それに王都や大聖堂はこの空の下にある。けれど、僕の故郷はない。
僕はどこに行けばいいんだろう? 何をすれば? どうやって生きていく?
湧き水のように不安が溢れてくる。そういうものだ。
――けど、好きにすればいいんだろう。あ、仕事はできないのか。自由に生きるなんてことも、のんびり暮らすことも難しいか。
僕は僕の人生を、明るい色にできるよう努力することしかできない。何ができるのか改めて考えながら、待ち合わせ場所に向かおう。
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