2 欠けた常識

 幽霊よりも信じられないものをみる目で驚かれた。衝撃で手をついている。

 あ、まさか聞いちゃいけないタイプの話だったか!? てっきりゲーム的な能力のことかと思っていたけど、体重みたいなちょっと尋ねにくいものだったのかも。

 

 答えてくれるか不安だったが、彼女は恐る恐る口を開いた。


「スキルっていうのは、その人が女神様から与えられた才能というか、能力のことです。ご存知ですよね? 18歳になって鑑定してもらえば、誰でも使えるんですから」

「いや、全く。初耳です」


「そんな!? 知らない人なんていないと思ってたのに!」

「日本じゃスキルっていうと別の意味だったので」

「にほん? そんな国は聞いたことないですが」

「えっ嘘!? そんなはずは……いや、そうかも」


 僕が生まれたのは日本という国、いや場所だった気がする。しかし、記憶にもやがかかったかのようで、どんな所だったか思い出せない。僕が一瞬有名だと思ったから、大きい国だったのかも。


 記憶喪失、というにはやけに覚えていることが多いが、そんな状態が近いのかもしれない。


「僕が喋ってるのも日本語だと思ったんですけど」

「いやいや、流暢なイーリス語ですよ。不思議な方ですね」


 どうしよう、全然聞いたことがない。世界史も地理もあんまり勉強してなかったのがバレる。

 このやり取りでわかったのは、僕は生きてきて覚える常識が抜け落ちていることと、僕に対する変人を見る目が変わらないこと。


「私、セラっていいます。あなたは?」

「僕はながれ千縁ちよりです。友達は確か……ちよって呼んでたかな。好きにどうぞ」


 僕の名前を聞いて、セラさんはまたもや大きく目を開いた。


「き、貴族の方だったのですね!? 大変失礼を……」

「いやいやいや、そんなことないですよ。平民。一般人です」

「でも、苗字がありますよね?」

「地元じゃみんなありますよ。いやでも、ここじゃ違うのか……貴族? 貴族ねぇ……」


 この地域には貴族がいるらしい。薄々感じてきたというか、別の国の名前、スキルの存在、貴族の存在を考えてみる。これは……

 僕はどこか遠いところに、記憶を半端に無くしてやってきた。そういうことなのか。


「歩けます? どこかに向かわれていたようですし、歩きながらでいいので、色々聞かせてほしいです」


 はい、と返事をした後に、すっと彼女は立ち上がった。合わせて僕も立ち上がる。


 セラさんは僕より頭1つ分小さく、やや小柄な印象を受けた。僕の身長は覚えてないけど、だいたい成人男性の平均ぐらいだったような気がする。

 というか、変わった髪の色だな。薄緑色だろうか。


「その髪の色って、染めているんですか?」

「……? 地毛ですよ。お母さんからの遺伝です」


 会話すればするほど、知らない所に迷い込んだという実感が出てくるな。覚める気配はないし、夢という説は一旦考えないでおこう。


 その後もお互いに質問しながら、車が2台ほど通れそうな道を歩いていく。少しずつ木の高さや密度が減ってきていることに気になった僕は、行き先を尋ねてみた。


「シエルの町に向かっている途中なんです。あなたもそこに行くんじゃないんですか?」

「いえ、なんか、どこに行こうとかそういうのは全部記憶になくて。記憶喪失というか、そんな感じです」


 着々と変人ポイントを積み上げていく。向こうからしたら、不気味なことこの上ないだろう。

 セラさんは歪めた表情をどうにかごまかして、状況を分析してくれた。


「私の村から大体一日、休憩も多めにとって野宿もしましたが、今はだいたいあと少しというところまで来ています」

「そこまで感覚でわかるんですね。ちゃんとしてるなぁ」


 セラさんは両手を使って説明してくれる。右手がセラさんの故郷で、左手がシエルの町。

 町まであと2割というところで、盗賊に襲われたと。そこをたまたまうろついていた僕が助け、今にいたる。

 

 つまり歩いてさえいれば近いうちに町へいけるってことらしい。助かった。そこで役所かどこかに事情を説明すれば、状況がより良くなるかも。


「なんでまた町へ出向くことになったんです? 買い出しにしちゃ遠い気がしますが」

「スキル鑑定を受けに行くんですよ。1番近いところがシエルの町だったので、村の若い子はみんな一度そこへ行くんです」


「流れからして、自分の持ってるスキルを鑑定してもらう、とか?」

「そうです。鑑定と一緒に開花の儀をすると、私たちの持つスキルが使えるようになるんですよ」


 へぇ〜、と間延びした声が漏れる。そんなゲームみたいなことがあるのか。どんなゲームを遊んだかは忘れてしまったけど、自分のゲームみたいと思った感覚を信じよう。


「あ、じゃあすっごい強いスキルを持ってたら、やれることも増えるのかな」

「おっしゃる通りです。でも私は、どんなスキルが開花したとしても……」


 一拍間を置いて、セラさんははっきりと誓う。


「最高の冒険者になる、って決めたんです」


 おぉ、と僕の声が漏れた。冒険者がいるのか。よく聞くような、聞かないような。少なくとも日本ではメジャーな職業じゃなかった気がする。それこそ、創作の中で見たような。


「……やっぱり無理だって思いますよね」

「ええ? 冒険者になるのって大変なんですか?」

「なるだけなら簡単です。でも、魔物と戦ったり、依頼をこなしたり。世界を冒険しながら、色々とこなさないといけないので、大変な職業だと思います」


 確かにそうだ。この世界には未開拓の地域があったりするんだろう。さっきも盗賊に襲われたし、全てが安全な世界じゃないのもわかる。

 しかも魔物がいるのか。魔物ってなんだ。あのRPGとかに出てくるやつで合ってるのかな。


 冒険者とやらに詳しいわけじゃないが、セラさんが目標の話をした時、どこか諦めているような表情をしたことが気にかかる。なので、自分の考えを述べた。


「無理だって思うならやらないんじゃないですか」

「……まあ、そうかも」

「人間、案外できるって思ったことしかしないものだと思いますけど」


 僕がさっき盗賊に立ち向かったのも、夢の中なら勝てるんじゃないかと思っていたから。彼女を連れて逃げることも選択肢としてはあるが、僕は戦った。


「考えるのは……これから大変な日々をどう乗り越えようか、ぐらいじゃないかなぁ」

「あはは、確かに。ちょっと卑屈になってたかも」


 ちょっとは励ませたかな。まあ、僕はあまり立派な夢とかはなかったし、的が外れたアドバイスかもしれない。小学校の時の夢は、総理大臣と友達になる、だったっけ。

 我ながら変わった子供だったなと頭の中で思っていた時、思わぬ追い打ちが飛んでくる。


「私、正直チヨリさんのこと変で危ない人かと思ってました。服は派手なピンク一色だし、ズボンも真緑で。常識的なことも知らないし」

「えっ。いや否定できない」


 わけあって明るい色を好んでいるのだが、ここでも僕のファッションセンスは認められなかったか。

 いやまあ確かに、普通に私服を着て出かける度に視線を集めていた記憶はあるが。 

 千縁はダサいという単語に収まりきらないと友人に言われたことを思い出す。今まであれは褒め言葉だと思ってたけど、違ったかも。


「私、頑張ろうと思います。今日あなたに助けてもったのは、きっと何かのメッセージなんです」


 そう言ってはにかんだセラさんを見て、僕はほっと安心した。やっぱり、人は笑っていられるのが一番いい。夢を語って悲しむなんて、そんなの勿体ないじゃないか。


「――あっ! 見えてきましたよ! シエルの町です!」


 高層ビルのような派手な建物は見当たらず、石らしきもので建てられた建物が見えてくる。一目見たらわかる、ここは日本の町並みなんかじゃない。


 これはあれだな……何かしらの理由で知らない駅に降りた時の感覚に似ている。あ、違う町だ、と見て感じるみたいな。


「ここから私の冒険が始まるんです!」


 意気込むセラさんに釣られて、僕もどこか、何かの始まりを予感させた。

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