第1章 第4話「咆哮」


「何か……聞こえるような……」


少女は黄金色の瞳を揺らしながら呟いた。


灰色の瘴気で感知しづらいが、ずっと下で何かが蠢いているような気味の悪い感覚――


「気を付けろ、そろそろ断界層が近い。」


魔晶具で辺りを照らしながら、中年の男が忠告する。


「えぇ……そうね……」


少女は言葉にできぬ不安に駆られながら、返事をした。



※ ※ ※ 



――谷の奥が震えた。


黒灰色の外殻に覆われた“龍”が、咆哮とともに大気を裂く。

その口から放たれた灰色の衝撃波は、ただの音ではない。


それは空気ではなく空間そのものを破壊する音であり、まさに“死”を撒き散らす災厄そのものだった。


「ゼフィルッ!」


ネベルが叫んだ瞬間、ゼフィルのすぐ脇に突風が吹いた。

次の瞬間、腰を抱えられ、ゼフィルの体が地面に転がる。


後方の岩肌に灰色の衝撃波が直撃した。


バシュッ――という乾いた音とともに、巨岩が瞬時に“白い灰”へと変わり崩れ落ちる。


「……っ! 何だ、今の……」


ゼフィルは恐怖よりも先に驚愕の声を漏らした。

あの咆哮一つで岩が灰に還った。


ゼフィルの脳裏に、一瞬だけ過去の残像が差し込む。

煙と炎の中、焼け落ちる屋敷の柱。灰と化す思い出の数々――


「オイ、ゼフィル呆けてんな! 俺が注意を引く。お前はあれを食らわないように雷をぶち込めェ。」


そう言いながらネベルは拳を握る。

その指は2本ほど灰になって崩れ落ちていた。


ネベルだけなら無傷で避けられたはずの攻撃――


「ネベルそれ……」


ゼフィルは歯を食いしばりじわじわと胸を締め付ける罪悪感を押し殺す。


今は自分の不甲斐なさを嘆いている場合ではない。


「悪い、助かった。ちなみにあれをまともに食らったら……お前でも消し飛ぶ…か?」


「たぶんなァ、だが問題ねェ。攻撃は分かりやすい上に的がデケェからな。」


ネベルは指を気にする素振りもなく、腕に力を込める。

すると欠損した指がじわじわと再生していく。


血肉が盛り上がり、骨が軋み、皮膚が再び覆う。


いつ見ても見慣れない光景だ。

だが治ると知っていてもやはり自分のせいだと思うと気が引ける。


「楽しくなってきたぜェ!」


そんなゼフィルをよそに、ネベルも龍に負けじと吠える。


そして目にも留まらぬ速さで龍の足元に飛び込み、その黒い外殻に拳を打ち込む。


ゴォォン――と鈍い音が鳴り外殻はヒビが入る。


しかし――


「硬ってぇなァ!」


凹みはしたものの、砕けはしない。


「まだまだァッ!」


ネベルの連打が外殻を叩く。


だが、拳を打ちつけたネベルの手の甲が嫌な音と共に砕け、血が飛び散る。


ネベルの拳は砕けても再生するが、それ以上の速さでぬちゃぬちゃと気味の悪い音を立てながら、龍の外殻が再生していく。


「チィッ…」


龍の巨体が暴れるたび、天井の岩盤が悲鳴を上げ、無数の岩片や魔晶の結晶が崩落した。


黒く染まる嵐のような落石が、空間そのものを砕きながら降り注ぐ。


魔晶石の光が、黒灰色の背を照らす。


「……あいつ、中心から……再生してる」


雨のように降りしきる岩を辛うじて躱しながら、ゼフィルは冷静に口にする。


今、確かにネベルの拳が外殻に傷をつけた。


だが、裂けた外殻はまず“中心”に近い位置から蠢き、そこを起点に表皮を再構築していた。


――思い返せば、魔物の群れもそうだった。


焼けた肉も、潰れた四肢も、“体の中心”から盛り上がって修復していた。


(再生の“核”……いや、文字通り、核があるのか)


ゼフィルの視線が、龍の胸部にある不自然な膨らみに向く。

ほんの一瞬、紫の脈動がそこに走った。


「ネベル!胸の中央に核があるはずだ。あそこをぶち抜く!時間稼いでくれ!」


「任せろォ!」


ネベルが雷撃の時間を稼ぐべく、巨体へと躍りかかる。


左右に跳びながら、再び肉体の“継ぎ目”を狙って拳を放つ。


そのたびに龍が振り返り、尾を叩きつけ、業火のような灰を吐き出す。


焼き払おうとする咆哮。

ぶつかり合う衝撃音。


その度に天井の岩盤が軋む。


「ネベル!一瞬でいいから隙を作れ!」


「りょぉかァい!」


ネベルの体がバネの様に飛び上がり、黒灰色の外殻を駆け上がる。


ぐちゃり、と柔らかいものが潰れる音と同時に、拳が龍の眼に叩き込まれる。


紫の眼窩がえぐれ、視界を失った巨体が吠える。


その隙に、ゼフィルが最大出力の雷を練り上げる。


「さっきのお返しだっ!」


蒼白く迸る雷撃が、龍の胸部にある外殻へ放たれる。


激しい閃光と爆音。雷が中枢の外殻もろとも“核”を焼き尽くしていく。


はずだった――


雷撃で外殻が焼け落ち、内部の脈打つ紫の“核”と思しき塊が見えている。


しかし、視界を奪われた龍が暴れまわっているせいだろうか。


当たり所が少しズレたのか、核まで雷撃が届いていない。

龍の再生が始まる――


「まずい!外したっ……!」


ゼフィルの最大出力の雷撃は日にそう何度も打てるものではない。


しかもネベルの時間稼ぎがあってはじめて成立する代物なのだ。


千載一遇の機会を逃した。

焦燥感がゼフィルの胸を締め付ける――


「いや、よくやったぜェ!ゼフィル!」


そう叫ぶのは、龍の体を垂直に駆け上がるネベルだ。


再生しようとする龍の胸部にネベルが手を突っ込んだ。


「見つけたぜェ!」


掌で核を掴み、力任せに、肉体から引きはがす。


ぎちぎちと鈍い音を立て、核が引き抜かれた瞬間――


龍の瞳が色を失う。


そして巨体の動きが一瞬止まったかと思った直後、その肉体が灰となって散り始めた。


危なかった――ネベルが咄嗟に核を引き抜かなければ、負けていたかもしれない。


「龍とかマジで……二度と勘弁だな…」


ゼフィルが呟き、肩で息をしながら、ネベルの方を振り返る。


だが――


それは終わりではなかった。


ネベルの腕を、何かが這っていた。


龍から引きはがした粘液のような紫の“それ”が、核の破片から生まれたように蠢き、ネベルの肩へと――


「っ……ネベル!!」


ゼフィルの叫びと共に、再び緊張が走る。


紫の何かが、ネベルの体を這い、取り込もうとしていた。



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1話でやられるドラゴン……

感想を貰えるとプリンぬは飛び跳ねて喜びます!!


また、最新話はnoteで読めるので、気になったら覗いてみて下さい!!



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