第1章 第3話「変貌」


雷光が駆け、拳が唸る。

無数の異形を相手に、少年たちは戦っていた。


「くっ、こいつ……また治りやがった!」


ゼフィルの雷が打ち据えた魔物は、焼け焦げた皮膚をわずかに震わせたかと思えば、数瞬で黒い肉が盛り上がり、元通りの姿に戻る。


その異様な再生力は、まるで生きることを否定されてなお、生にしがみつく怨霊のようだった。


「弱ぇくせに……しつけェんだよッ!」


ネベルが拳を叩き込むたび、骨が砕け、肉が飛び散る。

だが、そのたびに、魔物は傷を塞ぎ、また襲いかかってくる。


先ほどの魔物と同様、骨を焼き切らなければ素早く再生してしまう。

死を恐れず無心で這い寄ってくるその姿に背筋が凍る。


「……消耗戦になったら負ける……ッ」


ゼフィルの額から汗が流れる。


ゼフィルの魔法は威力が高いが消耗も激しい。

ゆえに、普段は魔法の出力を下げて持続できるように制御している。


しかし、体力の消耗と共に魔力の制御も雑になってきているのが自分でも分かる。


加えて厄介なのが――


「退屈だなァ…ゼフィル。なんかめんどくさくなってきた…」


いつものごとく、ネベルが退屈になってきたようだ。


本能で生きているネベルには、辛抱するという概念がない。

その性格上、飽きると適当になるのが難点だ。


「言ってる場合か!お前と違ってこっちは余裕ないんだからな!」


「じゃあ、ゼフィルの雷でまとめて炭にしちまおうぜ!それなら一発だろ?」


ネベルが妙案とでもいうかのように目をキラキラさせながらこちらを見てくる。


「簡単に言うなバカ!」


この状況でも笑っていられるネベルに、ゼフィルは苛立ちがこみ上げる。


だがその瞬間―



ぐちゅ――



何か濡れたものが落ちるような音が背後で鳴った。


ゼフィルが振り返ると、あの紫の人骨が……崩れていた。

正確には、骨の内部から“何か”が飛び出していたのだ。


ぬらり、と這い出した“それ”は、ゼフィルの目にも明確に“生命”とは思えなかった。


粘液を纏った紫の塊。


うっすらと光を放つ“それ”は輪郭が曖昧なまま、ぐにゃぐにゃと形を変え、地を這う。


やがて一体の魔物の脚を伝い、口と思われる位置からその体内へと入り込んだ。


「な……何だ、あれ……」


魔物が叫び声のような奇声を上げる。


だが、それは悲鳴ではなかった。

むしろ、悦楽にも似た嗤いのような音だった。


次の瞬間――魔物の体が、紫に光り始める。


皮膚が破れ、内部から異様な膨張を始め骨格が変形していく。


甲殻が浮き上がり、牙が伸び、目が消え、口だけが異様に拡張される。


「なんだなんだァ?」


「……あいつ、他の魔物、喰ってる……」


変異した魔物が、仲間の一体を丸呑みにした。


呑まれた魔物は抵抗する間もなく、紫の肉に吸収され、形を失っていく。


それを見た群れの魔物たちが、一斉に背を向け、逃げ出そうとする。


無心で這い寄ってきていた魔物たちが、恐怖に駆られているかのように見えた。

だが、間に合わない。


紫の“それ”は、空気ごと周囲を飲み込むように広がり、次々と魔物を包み込み、吸収していった。


「……何だよこれ……何が起きて……」


ゼフィルは言葉を失う。

ネベルですら、唖然としている。


変貌は、止まらなかった。

吸収された魔物たちの身体を糧に、“それ”は形を変えていく。


背から生えた異形の翼。

首が伸び、顎が裂け、口からは灰色の熱が漏れ始める。


天上に届くほどの巨体が盛り上がり、全身の黒灰色の外殻が輝いた。


紫の光が漏れる眼が爛々と光る姿は、まさしく――龍。


だが、それは神聖さとは正反対の、呪われた“龍”だった。


「ネベル…」


「コイツァ…歯ごたえがありそうだなァ」


ネベルの唇の端が、ゆっくりと吊り上がった。


「油断するなよ」


それを横目にゼフィルが呆れたように息を吐く。


大量の魔物に囲まれるよりは相手にしやすい―が、明らかに他の魔物よりも強敵だ。


だが、この狭い空間では逃げ切るのは不可能だろう。

やるしかない。


「まぁ…しばらくメシには困らなそうだな」


ふたりの瞳が、紫の龍に向けて、交錯した。



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ドラゴン!!!

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また、最新話はnoteで読めるので、気になったら覗いてみて下さい!!



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