廿三(終)

 エレナの号令で、【東東京詰所】内にいた全員がその上空に集まる頃には、夜半を過ぎていた。満月も西側にだいぶ傾いてきた頃、一団は【南東京詰所サウス・トウキョウ・ステーション】へと出発した。

部隊長シストゥラ、わたしは【零式レイシキ】と戦わなくてよかったのでしょうか?」

 事の顛末をエレナから聞いたアカネは、途中幾度も涙を流しながらそう言った。

 ナナはその隣で、開口一番にそう訊くアカネに震えていた。

「そうね、いくら貴女が強くても、【罪深き竜グリェシュニク】が相手では命を落としていたかもしれないわね。それに、アカネが【ドラコン】になってしまったら、私は困るわ」

「そうですか……そうですよね……」

「シバタ、あなたって私の同期よね?」

 ミツキは半分呆れたように聞いた。

「そうだけど……わたしが出ていけば、ハルカさんは死ななくて済んだかもしれないなって思ったの」

「【零式】と初めて戦った時、あんなものを【わたしたち】がどうにかできるとは到底思えなかった。ハルカさんとセリナさまは、それを撃破して、人間たちを守ったの。あなたひとりいたところで何も変わらないと思う。私だってあの場にいられたけど、セリナさまを引き戻すことすらできなかったから」

 ミツキは冷静に、言い聞かせるように言葉を発した。

「そっか……」

 アカネはうつむいた。

「わたし、もっと強くならなくっちゃ」

「そうね、私も、強くなりたいと思った」

「ふたりとも、殊勝なことね。でも、強くなるより、生きなくてはダメよ。

 ――できるだけ生きて、できるだけ多くの人間チェラヴィエクを守っていかなくちゃ。私たちはそのために生きているのだから」

 エレナは諭すようにそう言った。

 ぐう。

 大きく腹が鳴り、全員が音の主を見た。

「そ、そんなみんなして見つめないでくださいよ! あれだけの【竜】を倒して、アカネやナナさんにも指示を出して、レンとも協力して一応は【詰所】を防衛しきったんですからそりゃ腹だって減りますよ!」

 アリシア・ジョンソン伍長がやけくそにそう言った。

「そうね。アリシア、着いたら軍曹に格上げするよう上申するから。次は個室よ。いいから今は我慢なさいな」

「そんなこと言ったってね……」

 エレナに食ってかかろうとするアリシアを、アカネが両手で制した。

「まあまあ、アリシアさん、ここにわたしの【糧食Cバー】がありますから、これで元気出してください」

 アカネは満面の笑みで【糧食C】を差し出した。

「いや、アカネ。お前、いいのか? 【糧食C】が大好きだと言ってたじゃないか」

 アリシアは戸惑いとはにかみの表情をごちゃ混ぜにしたような顔をした。

「大丈夫です。それに、これはこの前アリシアさんから一本とった時に戴いた【糧食C】ですよ? 元々アリシアさんのですから、問題ないです」

「あ、そ、そうなのか。……わかった、これで貸し借りなしだな」

 アリシアはバツが悪そうに【糧食C】を受け取ると、包装紙を剥いでがりがりと噛み砕いた。満足そうに一気に頬張ると、ごくりと飲み込み、包装紙を【耐竜装】へしまった。

「ふう。これでどうにか持ちそうだ。ありがとうアカネ」

「いえいえ、同じ【糧食C】好き同士、助け合いです」

 和やかなふたりをよそに、エレナは呆れていた。

「ほんと、あんなものよく食べられるわね……あんたたちとサエグサくらいよ」

 ハルカの【糧食C】好きもよく知られていたのか、とミツキは思わず吹き出した。

 

 

「――ほら、【南東京詰所サウス・トウキョウ・ステーション】が見えてきた」

 東京のはるか南、太平洋に浮かぶ島々が、水平線から見えてきた。

 空が徐々に白んできたから、見つけることができたのだと、ミツキは気づいた。

「あ、見てください! 夜が明けますよ!」

 アカネが東を指さす。

 その指の先では、太陽が今まさに水平線から出ようとしていた。

 

                      



(了)

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