第51話 汗と誘惑の朝




「ふぅ……。さすがに疲れたな」

「レイモンドさん! ……キャっ!?」



 心を落ち着けるため、朝食の準備をしていると、村長宅の扉が開く音がした。

 反射的に振り向くけれど、慌てて立ち上がり、顔を真っ赤に染めながら背を向ける。



「おつかれさまです。レイモンド殿」



 レイモンドさんは全裸だった。

 細身だけど程よく筋肉のついた身体を堂々と晒し、その中心を誇らしげにぶら下げていた。


 アドソンさんは分かる。同じ男性だから、平気なのも当然だ。

 でも、タリアさんは分からない。どうして、そんなにじっと食い入るように見続けていられるのだろう。

 


「でっかいニャー……。里一番のおっちゃんのよりもでっかいニャー……。」



 タリアさんの素直な感想に、思わず心の中で『やっぱり大きいんだ』とどぎまぎする。


 映像では何度か見たことはある。

 だが、実物を見るのは、小学校五年生の頃、胸が成長を始めてからお父さんとお風呂に入らなくなった時以来だ。


 凄く、凄い大きい。

 当時の弟のソレは当然として、お父さんのよりずっと大きい。


 それに私は知っている。

 男の人のソレには、平常時と非常時があって、非常時はもっと大きくなるって。

 心の中で、思わず『む、無理だよ。あ、あんなの……。で、でも、メアリーさんは……。ええっ!?』と動揺が止まらない。



「おい、どうした? お前が頼んだんだろ? 少しは労ったらどうだ?」

「ちょっ!? ど、どうして、裸なんですか!」



 それなのに、レイモンドさんは私に近づいてきた。


 朝日を背にして伸びる影が、私の隣に落ちる。

 両手を腰に突き、堂々と肩幅に足を開いた姿の中心に、どうしても目がいってしまう。



「あん? 水浴びのためだ。随分と汗をかいたからな」

「あ、汗……。」



 そこに生々しい『汗』というキーワードが追加されて、私の混乱は加速する。

 過去に見た映像の数々が脳裏に蘇り、胸はドキドキと早鐘のように打つ。


 ふと意識した途端、ほんのりと汗の匂いを鼻をくすぐった。

 男の人の匂いに、思わず息がつまり、身体が強張った。


 もう限界だった。

 ここにいたら、きっとイケナイ気持ちが抑えられなくなる。



「も、もう嫌! レ、レイモンドさんのスケベ! お、女ったらし!」

「痛っ!?」



 私は目をギュッと瞑り、勢いよく振り向く。

 手に持っていたお玉を思わずレイモンドさんめがけて投げつけ、そのまま足をもつれさせながら逃げるようにその場を飛び出した。




 ******




「俺は功労者だぞ! なぜ、罵倒されなくてはならん!」

「まあ……。難しい年頃ですからな。

 それより、メアリーはどうなりましたか?」



 近くの家の影に身を潜める。


 でも、やっぱり私は思春期の女の子。

 好奇心と羞恥心が入り混じり、胸の奥がもぞもぞと落ち着かない。

 家の角にぎりぎり立ち、半分だけ出した顔を手で覆いながらも、その隙間からレイモンドさんを見ちゃう。



「ああ……。思った形にはならなかったが、未練は解けた。結果オーライだ」

「……と言いますと?」

「隷属化した」

「ま、まさかっ!? デュ、デュラハンをっ!?」



 息が小さく荒くなるのを自覚する。

 手に汗が滲み、頭の中は沸騰寸前。背筋がぞくぞくとしたものが走る。


 このままだと駄目になると分かっていて、レイモンドさんから目が離せない。

 甘い疼きが耐え難い誘惑となり、イケナイ気持ちになりかけた。その時だった。



「アオニャン、こんな所で何してるニャ?」



 すぐ間近。真横にあったタリアさんの不思議そうな顔に気づく。

 我に返り、気づけば膝の上を落ち着きなくさまよっていた右手を、慌てて引っ込めた。



「キャーーーーーっ!?」



 私は悲鳴をあげた。



「ニャーーーーーっ!?」



 タリアさんも悲鳴をあげた。

 二人の声が重なり、静かな朝の村に甲高く響き渡る。


 レイモンドさんとアドソンさんがこちらを訝しげに見ていた。

 私は顔を真っ赤にして、両手をぶんぶん振りながら叫ぶ。



「な、なななな、何でもありません!」



 駄目だった。レイモンドさんとアドソンさんはこちらを見続けたまま。



「分かったニャ! トイレだニャ?」

「は、はい、実はそうなんですよ!」

「ニャはっ! ニャーもご一緒するニャ!」



 この際だから、タリアさんの問いかけに乗った。

 女として、どうかとは思ったが、あえてレイモンドさんとアドソンさんに聞こえる大声で返事する。



「じゃ、じゃあ、あっちで! あ、あっちでしましょう!」

「アオニャン、そんなに慌てて……。お腹、痛いニャ?」

「ち、ちがっ……。そういうんじゃなくてっ!」



 慌ててタリアさんの背を押して、家の奥の方へ誘導する。

 後ろからレイモンドさんの呆れたような視線を感じ、耳まで真っ赤になる。

 もう、どうしてこんな恥ずかしい目にばかり遭うのかと、泣きたくなった。



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