ゲームクリア

久田井交

ゲームクリア

弱小配信者の翔太に届いた一本のメール。


 《新作ホラーゲームの配信依頼》




 普段の同接(同時接続者数)はせいぜい二桁。そんな彼に案件が来るなんて、奇跡のようだった。


 「みんな聞いてくれ!今日は案件だぞ、案件! 俺もついにスポンサーつき配信者だ!」




 視聴者は十数人。




 コメント


 - 「マジで?w」


 - 「おめでとー!」


 - 「大物配信者やん!」




 翔太はにやけながらゲームを起動した。


■ステージ1


 ゲームタイトルは《ナイト・ジャッジメント》。


 冒頭で流れる女性の声のナレーションは不気味だった。




 ――過去に女子高生を襲った三人組の少年。未成年のため不起訴となり、今も自由に暮らしている。少女は右目を失い、今も苦しんでいる。


 「プレイヤーよ、彼らをひとりずつ裁け」




 翔太は口を引きつらせながらコメントを見て笑った。




 コメント


 - 「えぐい設定w」


 - 「胸糞ゲーw」


 - 「でも面白そう」




 最初のターゲットは公園のベンチに座る男。


 画面のリアルさに翔太は息を呑む。風にそよぐ木の葉、タバコの煙、遠くの犬の鳴き声まで再現されている。


 キャラを操って背後に近づく。だが急にカメラが横にぶれて、木陰の闇を凝視した。翔太は首を傾げた。


 「……バグか?」




 構わずナイフを突き立てる。


 ズブリ、と首筋が裂け、喉から鮮血が噴き出す。断末魔の悲鳴とともに男が地面に崩れ落ち、血溜まりに沈んでいく。


 コメント


 - 「グロすぎwww」


 - 「声リアルすぎて草」


 - 「配信BANされない?」




 翔太は乾いた笑いを浮かべた。


 ゲームにしては、あまりに生々しすぎる。


■ステージ2


 次のターゲットは夜道を歩く男。


 翔太は路地裏にキャラを潜ませ、少し雑談を始めた。


 「これ、ほんとリアルだな……。マジで俺、配信忘れて怖がってるわ」




 コメント


 - 「演技乙w」


 - 「ガチでビビってる顔w」


 - 「怖いけど面白い!」




 その時、スマホが鳴った。着信音に翔太は飛び上がる。


 「うわ、びっくりした……」


 配信を一時停止して電話に出ると、配送業者の女性の声がした。


 「これから荷物をお届けに伺いますね」




 ただの宅配に安堵した翔太は通話を切り、スマホの電源をオフにしてゲームに戻る。


 やがてターゲットの男が現れた。


 スマホを片手に、通話を繰り返している。




 「……チッ、また繋がらねぇのかよ」


 画面を睨みつけ、何度も発信ボタンを押しては耳に当てる。


 しかし通話はすぐに切れ、男は苛立って舌打ちをした。




 翔太は思わずつぶやく。


 「……NPCが電話してんの? こんなの見たことねえ」




 コメント


 - 「芸が細かすぎw」


 - 「背景AIすげーな」


 - 「リアルすぎて逆に不安になる」




 その瞬間、翔太のキャラが飛びかかる。


 ナイフが胸に突き立ち、ゴリッと骨が砕ける音が響く。


 肺を切り裂かれた男は目を剥き、喉から血泡を吹き出した。


 スマホを取り落とし、地面に叩きつけられる。




 画面がズームし、配信カメラいっぱいにスマホの液晶が映った。


 そこには無機質な文字。




 《接続できません》




 血に濡れた画面が暗転するまで、その文字は視聴者全員の目に焼き付いた。




 コメント


 - 「うわあああ!」


 - 「スマホまで映すとか演出神」


 - 「これ偶然にしては出来すぎだろ……」




 翔太は背筋に寒気を覚えながらも、必死に笑ってごまかした。


■ステージ3


 次のステージに進んだ瞬間、翔太の顔から笑みが消えた。


 「……あれ?」




 画面に映った街並み。


 電柱、古びた看板、曲がり角の配置。すべてが見覚えのあるものだった。




 コメント


 - 「リアルすぎw」


 - 「実写取り込み?」


 - 「なんか既視感あるな」




 翔太は声を震わせた。


 「……偶然だろ、こんなの」




 キャラは自動的に進み、一軒の家の前に立つ。


 それは翔太の住む家と瓜二つだった。




 「やめろって……やめろ……」


 操作不能のまま、キャラが玄関のベルを鳴らす。




 ――ピンポーン。




 同時に、現実の玄関チャイムが鳴った。翔太は絶叫した。




 コメント


 - 「え?今のリアル?」


 - 「配信演出?やばw」


 - 「心臓止まるわこんなん」




 インターホンから女性の声が響く。


 「先ほどお電話した宅配便です」


 翔太は一気に肩の力を抜いた。そうだ、宅配が来るって……。




 「ちょっと行ってくる!」と配信に言い残し、玄関を開ける。




 次の瞬間、腹部に鋭い痛み。


 グチャリ、と肉を裂かれ、内臓が引きずり出される。翔太は悲鳴を上げ、血を吐いた。


 そこに立っていたのは、右目に眼帯をした女。血に濡れた包丁を握りしめ、歪んだ笑みを浮かべている。




 女は囁いた。


 「ゲームクリア――」




 翔太の体から血が噴水のように吹き出す。その様子はカメラを通じ、視聴者全員に映し出されていた。




 コメント


 - 「え?え?」


 - 「演技じゃないよなこれ」


- 「誰か通報しろ!」




 最後に映ったのは、血に濡れたレンズ越しに女の顔が笑う姿だった。


■エピローグ


 配信は数分後に強制的に切れた。


 だがすでに視聴者のひとりが録画を切り抜き、SNSにアップしていた。




 【案件ホラー配信で配信者が殺された瞬間】




 動画は瞬く間に拡散され、再生数は数百万を超えた。


 コメント欄には、恐怖と興奮が入り混じった言葉が並ぶ。




 - 「ガチ事件だろこれ」


 - 「警察案件w」


- 「でも映像がリアルすぎて映画みたい」




 やがてネット掲示板にはスレッドが立ち、議論が飛び交う。


 本当に殺されたのか、それとも壮大な宣伝なのか。




 ただひとつだけ確かなのは――


 最後に映った、眼帯の女の笑みだけがあまりに生々しく、誰も「演出」だとは信じられなかったことだ。

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ゲームクリア 久田井交 @majiru_sh

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