第二話 「セレヴィーナ=ガーウェンディッシュ」
早々にシリアス回です。最後の三十行だけを読んで次話に行っていただいても構いません。
※ 本作品は、一部に生成AI(ChatGPT&Gemini)を活用して構成・執筆を行っています。設定および物語の方向性、展開はすべて筆者のアイデアに基づき、AIは補助ツールとして使用しております。誤字脱字または展開の違和感など、お気づきの点があればコメントをいただけると助かります。
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処刑台の上は、ひどく静まり返っていた。簡素な木の台には、何度洗っても落ちない古い血の染みが黒くこびりついている。その中央で、私は汚れの目立つ白服を風にはためかせていた。
群衆を見下ろすには十分な高さだったが、私を滑稽に見せるには低すぎた。
都市の第一広場を埋め尽くした民衆は、獲物を前にした獣のように双眸を輝かせていた。
彼らの本日の御馳走たる貴族の処刑を、今か今かと待ちわびている。
私の髪は刃が滑らないようにまとめられ、首を出すために襟は大きく広げられている。肌にも、心にも、以前の艶やかさはない。
台の中央に立ち、どこまでも続く青空をぼんやりと見上げながら思った。
セレヴィーナ=ガーウェンディッシュは、こうして終わるのだと。
革命末期の城塞都市は、崩壊と再生の狭間にあった。石畳には焼け焦げた痕があり、崩れた家々は瓦礫の山となって道のわきに積み上げられている。砕けたままの城壁の隙間からは、都市の外の平原が覗いていた。かつての威容はもはや見る影もないが、民の顔は明るい。
彼らの瞳には、未来への期待と勝利の余韻が内包されていた。
当然だ。彼らは成し遂げたのだ。歴史的偉業を、自分たちの手で。
元大貴族の令嬢として、私は断罪された。スキャンダルにまみれ、社交界から追放され、家から勘当を言い渡され、行く当てもない状態で革命が始まった。悪名を轟かせた元令嬢など、柵の中で鳴き声を上げる家畜のように無力だった。
捕らえられた当時は憤怒に震えた。稚拙な逃亡計画の失敗以上に、くだらない人民どもが高貴な私を牢に押し込めるなんて、屈辱的で認めがたかった。
しかし、どれだけ意地を張ろうと現実は私を逃がさず、無情な時を押し付けた。
街頭や広場へ連れまわされ、そのたびに公開尋問を受けた。木製の台に引きずり出されるたび目の前には数千の民衆の顔が広がり、一斉に浴びせられる罵声で耳が麻痺した。
最初は、それでも威勢よく吠え返していた。唾を人だかりにまき散らし、怒鳴り散らした。この世に誕生してから二十数年のうちに身に着けた語彙の限りを尽くして、反抗の意思を燃やし続けた。
けれども、その灯は次第に小さくなった。いくら叫ぼうと何も変わらない。怒号と罵倒、憎悪の視線に囲まれる日々に、ついに折れてしまった。
その後のことは、思い出したくもない。もはや、尋問の体を成していなかった。私を通して、民衆は革命の正当性を主張し、抱えていた積年の不満を晴らしていた。
大小さまざまな物を投げつけられていたのに、よくあそこで死ななかったものだ。
日ごとに迫る死に怯え、夢だと信じたくなった。牢獄で目覚める瞬間は、私をことさら追い詰めた。
捕らえられた貴族の多くは、私が原因だろう。見せしめとして拷問をちらつかせられると、私は恐怖に耐えかねて、知りうる限りの情報を話した。一言目が口から零れると、紐を外されたボンレスハムのごとく口がほぐれ、その後は、堰を切ったように言葉が溢れ出た。
気が、楽になった。知人友人の潜伏場所、他の有力貴族の逃亡先や噂、知りうる限りを言葉に乗せていった。一人が捕まれば二人目の情報を、そして三人目を。
信憑性の有無に関わらず口を止めない情報源に、積もり積もった民衆の執着心は相乗し、特権階級に位置した者達は次々と捕らえられ、処刑されていった。中には、追手に抵抗してその場で殺害された者も少なくなかった。
ただし。情報を提供したところで、私の処遇は変わらなかった。わずかの温情として、処刑の順番を最後に回されるぐらいだった。
ただの司法取引では収まらないほどに、栄華を誇っていた私の人生は他人を蹂躙していたのだ。
数日の延命は、これまでを省みるのに十分な時間だった。
私は、失敗した。策も交渉も全て誤った。庶民を見下し、上流階層とともに腐敗し傲慢に振る舞った。王族から発せられた警告にも無関心を貫いた。
今さら自問自答を繰り返しても、手遅れだ。恐怖や生気は尽き果て、胸にあるのは諦めだけだった。
目の前に吊られたギロティンは、静かに首を待っていた。雨ざらしになった鉄骨は錆が浮いているが、高々と吊るされた巨大な斜めの刃だけは、丁寧に研磨され、月並みな銀の輝きを放っていた。魔力を必要とせず、誰でも扱える簡素な装置。第一次革命のときに名を馳せたこれは、今回も幾多の命を吸った。親族から友人まで、すでに刃の露となった。
元婚約者も…………そうだ、私には婚約者がいた。
可愛いらしい顔立ちをしていて、見た目だけなら好みではあった。私の婚約者として選ばれるくらいには、家柄も品位も備えていた。けれども、あまり覇気がなく、接している内に段々と頼りない印象ばかりが目につくようになった。
いつも私の後ろをついて回り、こちらの機嫌を窺う。
自主性よりも他者性を信条とするような青年だった。
ここ数年は、鬱陶しく思っていたほどで、顔さえ合わせていなかった。家門の存続という使命のために個人の感情を抑えなければならないしがらみが、私の反発を強くした。
結局、醜聞に塗りつぶされた私は、両家の合意で婚約の話は消滅した。親から聞かされた限りでは、彼だけは最後まで私を擁護してくれたらしい。本当かどうかはわからない。
貴族にしては珍しい性分を根底に宿していた彼もまた、既にこの世を去ったのだろう。私が吐いた情報の中には、彼と彼の家についても多く含まれていたはずだ。
今なら……また違った会話ができたのかもしれない。などとは口が裂かれようと言えない。厚顔無恥にも程がある。彼やその周囲に、どれほどの損害と被害と危害をもたらしたのか、分からない私ではない。手遅れどころではない、足遅れと言えるほどに私は道を踏み外した。
あのお人好しの元婚約者には、地べたを這いつくばって謝罪しようと、したりない。頭を踏みつけられれば靴を舐め、腹を殴られれば感謝を伝え、魔法を撃ちこまれれば喜んで身を当てに行く。
それほどの所業を私はしでかしたのだから。
見上げていた瞼を一度閉じ、顔を正面に戻す。ゆっくりと噛みしめるように開いていく。
群衆の中に混ざる一人と、目が合った。
自分の目を疑った。
元婚約者の、青年だった。
*
本当に、彼なのか。記憶にある姿は、冬の初雪のように柔らかな印象の青年貴族だった。
しかし、目線の先にある姿は、あまりに乖離していた。
すすけた粗末な木綿の服は、民に紛れるためだ。それはまだわかる。私が注目したのは容姿についてだ。
月光を紡いだような銀灰色の髪は、癖っ毛が目立つものだったが、撫でれば反発するほどに豊かだった。今は焼かれたように刈り上げられ、その頭には包帯を巻いていた。
純粋さを宿していたはずの淡いスモーキーブルーの瞳は、片方を白布で覆っており、布越しでもわかるほど眼窩は窪んでいる。
まだあどけない丸みを残していたはずの輪郭は、怖気をもたらすほどに痩せこけていた。
利き腕は、肘から先を失っている。
処刑台に立つ私の方が、健康に見えるほどだ。
本当に、彼なのか。疑問を繰り返すほどに、眼前の青年は別人に映った。
けれども、かつての婚約者だと、脳が認識している。他の上流階層の人間が執拗な追手によって捕らえられていったのに、彼だけは生き延びたのか。
何故。
疑問だけが頭に浮かんでくる。
偶然、この場を訪れたとは考えづらい。王侯貴族はほとんどが消えた。その地位にあるだけで断罪の要因と成り得る。正体が露見すれば、ただちに周囲の人間が掴みかかってくるだろう。
抵抗すらままならない風体ゆえに傷病者と見られているのかもしれないが、だとしてもあまりに危険だ。
そもそも彼は、私を見に来てくれたのか。何か別の目的を持ってここに来たのではないのか。
動揺に戸惑い、困惑に眼をしばたたく私をよそに。
その人は突然、片目から零れ落ちた一筋の涙を頬に伝わせた。
陰りのある蒼い瞳は、憎悪でも侮蔑でもなく、ただただ深く、痛ましい後悔と悲しみを湛えていた。言葉にならない想いを、そこに込めていた。
拘束された私を救い出すような真似はしない。そんな力は残っていない、そう訴えるように唇を震わせ、片目から溢れるものを覆うように片手を添えていた。それは、自らの無力を嘆いているようにも見えた。
これには、私も気づかないわけにもいかない。危険を冒してまで、彼は元婚約者の最期を見届けに来てくれたのだと。
下唇を噛むようにして、俯いた。枯れ果てたと思っていたものが目尻から零れそうになるのを堪えていた。
私は、惜しんでもらえるほどの人間ではないのに。
浮気に不倫を重ね、不遜な態度を平然と振り撒いた。社会的、道義的にも悪評にまみれた私を、憐れむ者さえいない。我が身可愛さに同胞を差し出し続けた人間に、同情の余地はない。
彼の目に、私はどう映っているだろう。どれほどみすぼらしく見えているのだろう。
侮蔑や嘲笑、暴言を吐き捨てる権利があの人にはある。それでも、ただ、泣いていた。
片瞳から溢れていたものは、黒々とした視線に埋め尽くされた広場で、清らかに輝いていた。
よくもまあ、彼のような人を平然と裏切ってこられたものだ。
だからこそ、こうして万人に恨まれている。
損傷した身体を押してまで駆けつけてくれた彼に、できることはなんだろう。
数瞬の迷いの末に私は首をわずかに振って目線を上げ、青年を見据えた。
彼もまた、私を見ていた。交錯する視線が、静寂めいていた広場から音を消し去ったようだった。
ありがとう。
声には出さず微笑を浮かべた。口を動かしただけで、届いた自信はない。
伝わらなかったとしても、仕方がない。それでもいい。
久しく忘れていた他人への感謝が、胸の内に広がっていた。
処刑人たちに導かれるまま、素直に頭を固定具に差し出した。冷たい木の感触が額に触れた。
覚悟は決めた。せめて最期くらいは醜態を晒したくない。潔く散りたい。
かつての私なら、抱くはずもなかった。
もっと早く、自分を省みていれば、あるいは。
痛みは、なかった。
視界が不規則に回り、天地が逆転し、硬い地面を転がっていくのが分かった。時間が極限まで引き延ばされているようで、目に映る全てが細部にわたって視認できるようだった。
群衆は歓声を上げて拳を突き上げ、嘲笑を浮かべる者もいれば、わずかではあるが目を背ける者もいた。
興奮の熱狂は止まなかった。
革命の成功、民衆の勝利、希望の第一歩。
彼らは、未来を生きていくのだろう。過去に刻まれる者たちを、踏み台にして。
今までの私が、そうしてきたように。
青年の姿は人壁に阻まれてしまった。
私の死は、僅かなりとも彼に報いることができただろうか。
このような顛末を見せつけられては、喜べるはずもない。それでも、私への未練が断ち切られ、明日を志向してもらえるなら、それだけで十分だ。
遠のいていく意識が、暗転する視界とともに黒く塗りつぶされていった。
*
「あっ……!」
目に飛び込んできたのは、見慣れた天蓋だった。
窓から差し込む朝日を、磨き上げられた調度品が反射している。背中に感じる柔らかさは、石の床ではない。紛れもなく上質なベッドだ。
ゆっくりと体を起こす。身に纏うのは、寝間着として仕立てられた上質な布。
周囲を見回し、状況を理解するのに数秒かかった。
「自室、? 夢? ……嘘でしょう」
私は思わず首に手を当てた。傷はない。切断面が縫合されたような痕跡も、魔法で無理やり接着したわけでもない。すべすべとした、健康な肌。
呼吸、脈拍、動悸。指先の感覚に、鼻腔をくすぐる甘い香り。
網膜に異常はなく、思考ができ、口も動く。
「これ、って……」
幻覚? 回想? けれど、掌の感触、部屋に染みついた柑橘類の匂い、心臓の鼓動。
全てが本物だ。
天国や地獄にしては、あまりに生々しい。
これは、現実だ。私は、生きている。
その時、扉をノックする音が響いた。
「失礼いたします。セレヴィーナ様、お目覚めでしょうか?」
「え!? あ、ええ、どうぞ」
肩が跳ねるように驚愕し、慌てて返事をした。
入室してきた侍女を見て、瞳孔が開いた。
先ほどまでの、私の処刑に歓声を上げていた民衆の中に、彼女はいた。
どういうこと。何が起こっているの。
状況が呑み込めない。
この部屋は、ガーウェンディッシュ家の邸宅とともに焼け落ちてしまったはず。この眼で確認した。家財から地位まで丸ごと灰となったはずの空気が、さも当然といったように存在している。
目の前の光景に、頭が追い付かない。
「あなた……」
「どうかなさいました…………な、何か失礼を働きましたか!? 申し訳ありません! 何とぞお許しを!」
無意識に言葉を発すると、彼女は慌てふためき深々と頭を下げた。その所作の洗練ぶりは懐かしささえ抱かせる。かつての私は、この仕草を当たり前のように受け入れていた。
「………………今、って。今日は何年?」
「は、はい! えっと……グレゴ歴でございますね? 1900年ですが……」
1900年。
驚愕が、思考を止めた。意識の根幹が揺さぶられた。
人は、あまりに理解を超越した事態に直面した瞬間、言葉を失う。
身をもってそれを体感した。
「あ、あの、どうかされましたか。セレヴィーナ様、セレヴィーナ様!」
侍女の声が、くぐもったような、遠のいていくような、まるで世界が自分に背を向けてきたような、意識だけが身体から離れていく感覚だった。
そう、私は戻ってきた。
あの日から、五年前に。
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1章は話の中心となる十数名のキャラを紹介していく形になります。
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