act58.宿敵は三度現れるか→A.再生怪人は大体弱いです

「おい。おーい! チッ、また返事しやがらなくなりやがった」


 耳の奥に、くぐもった怒声が響く。

 気づけば黒髪の女、ナナが俺の胸倉を掴んでいた。


 拳が飛んできた。

 頬に焼けるような痛み。

 衝撃でバランスを崩し、そのまま地面に倒れ込む。変身はいつの間にか解けていた。


「さっさと乗れ。ずらかるぞ」


 ナナの声。

 その背後には、バイクに跨るカグヤの姿。

 サイドカーには、ぐったりとしたシノンが座っていた。

 ファイも、サンもいない。俺の手の中には、ニアの残骸が横たわっている。


「置いてけ。4人で限界だ」


「……」


 俺はニアを抱えたまま、サイドカーに乗り込もうとした。

 肩に手が置かれ、低い声が飛んできた。


「置いてけっつてんだろ。そいつはただの機械だ」


「……」


 いつか、ファイにもそんな台詞を言ったことがある。

 ――カイは死んだ。

 そう言い放った自分の言葉。

 自らの身に降りかかってきた途端に、それは酷く重たく感じた。


「考えんな」


 ナナは続ける。


「考えれば考えるほど、てめえの思考を鈍らせる。てめえの足りない頭で悩むくれえなら、黙ってさっさと前を見ろ」


「……」


 俺はニアをそっと地面に横たわせた。

 ――彼女の風は、もう吹かない。

 拳を握りしめ、目を閉じる。


 それから、何も言わずにサイドカーへ乗り込んだ。

 シノンを抱き寄せる。その体は冷たく、死んでいるように静かだった。


「よし。行くぞ」


 ナナはそれだけ言ってバイクにまたがり、エンジンをふかす。背後からサイレンの音が追ってくるが、振り返る者はいなかった。

 遠ざかる街の光の中で、置き去りにしたニアの髪が、風に舞って消えた。






 バイクは暴風が吹き荒れらした後の、残骸の町を進んだ。至る所で建物が崩れ落ち、無数の瓦礫の山と化している。

 人々が助けを求め彷徨う声が遠くで途切れる中、ナナとカグヤの話声が聞こえてくる。


「残った魔法少女は3番の子と5番の子。二人とも逃げちゃったけど」


「仏頂面の1番がいるぜ。あとあのいけすかねえ赤ドレス」


「四人、か。ナナが変身できない以上、この子に頑張ってもらうしかないわけだけど」


「あー、こいつなぁ。本当に大丈夫かよ?」


 チラリとこちらを見やり、二人は軽口をかわす。

 俺はそれを無視して、緑のフラグメントモバイルを手に取った。

 ニアの唯一の形見。電源は落ちて、外装は冷たくなり、使用することはできない。


「黄色と青の方はつくわね」


「ふーん、本体が死んだら電源すらつかなくなるわけか。初めて知った」


 あまりにものんきなやり取りの中で聞こえて来る「死」の文字。

 胸にぽっかりと空いた穴が、ブラックホールのように広がっていく。


「さてと。さっそく追手が来たわね」


 上空でヘリコプターのローターが唸る。

 下側のハッチが開き、カプセルが放り出された。

「1」 それだけ書かれたカプセルがバイクの前に落下、急停止する。

 扉が開けば、そこにいたのは下でよく見た人体兵器。アルファ-ワンの姿があった。


「今度は仏頂面か。おい、出番だぞ」


 俺はシノンをそっとサイドカーの座席に座らせ、立ち上がった。

 良かった。サンやファイじゃなくて。


 ファースト・フラグメント。

 アルファ-ワン。

 こいつも人間が兵器に改造されていたものだと思っていたが、魔法少女がロボットだとするなら、こいつは元からロボットだ。


 ――ならば、容赦なく壊せる。


「チェンジ・フラグメント」


  声とともに、黒い光が全身を包む。

  漆黒の装甲が粒子の奔流から現れ、体に吸い付くように装着された。手をかざせば、星型のブレードが流線を描いて展開する。

 対するアルファ-ワンも、日本刀のような機械刀を構えた。


 ――まただ。

 戦いでズタズタに壊れたはずの漆黒の装甲が、いつの間にか完璧に修復されている。

 たった数分で、まるで新品のように。


「そのスーツはフラグメントシリーズの完成系よ」


 カグヤが戦況を見据えながら語る。


「魔核が粉々にならない限りは、魔力とナノマシンの自動修復機能で傷が治るわ」


 セブンス・フラグメント。

 この機体には得体のしれない何か、言葉では表現できない異質さを感じる。


「……こいつを倒したら、ナナ。お前の持っている記憶の断片を教えろ」


「あ? 誰に向かって物を言って――」


「お前は、変身できない。俺は、機体を持っている」


「……ちっ。わーったよ」


 ナナが舌打ちし、両手を上げてお手上げのポーズを取る。

 この機体を握る限り、主導権は俺にある。


 アルファ-ワンは沈黙していた。

 前に戦った時よりも感情の気配がない。

 まるで人間だった部分を完全に削ぎ落とされたかのようだ。再改造でもされたのか。

 まあ、俺には関係のない話だ。


「サテライトウィング」


 光が走る。背部から展開された亜光速の光翼が、空気を焼き切りながら広がった。

 床の破片が浮き、衝撃波が辺りを揺らす。

 静寂を裂き、戦場の時空が弾けた。

 次の瞬間、俺はアルファ-ワンの魔核を掴み取っていた。


 ブレードで周囲の装甲部をくり抜き、露出したたコードをはぎ取り、裸にしたシアンブルーの塊。

 心臓のようにどくどくと脈打ち、気持ち悪い感触を掌にもたらす。


「あ、あ……」


 アルファ-ワンがこちらに手を伸ばした。

 その素振りはまるで助けを求めるような無垢な仕草だった。

 俺は魔核を握りつぶした。

 すると事切れたように身体機能を急停止させたアルファ-ワンが地に伏した。

 手からパラパラと破片が零れ落ちる。


 ――何も感じない。


 アルファ-ワン、こいつは何のために生まれてきたのだろうか。

 最初から洗脳されて現れ、無理やり戦わされ続け敗北を繰り返し、挙句の果てに俺になすすべもなく瞬殺される。

 こいつは一体何のために戦わされて、何のためにこの世界に生まれ落ちたんだ。


「おい、倒したんなら乗れ。さっさと行くぞー」


 ナナが日常の続きを始めるかのように、エンジンをふかしている。

 俺はアルファ-ワンの残骸の懐にあるシアンブルーの端末を抜き取った。

 電源は生命線が切れたように落ちたまま、画面を黒く保っている。


「んな本人しか使えねえようなもん持ってきてどーすんだ」


「いや、これが無ければあの1番の子は復活できないわ」


「あー、復活しても変身できねーだろーけどな」


「そう。魔法少女は魔核を入れ替えれば復活するけど、端末さえなければただのゴミよ」


 俺はただ、奴の生きた証として持っておこうと思っただけだ。

 だが、もうどうでもいい。

 いくら機械を破壊しても意味がない。

 本体、あの洗脳装置を倒さなければ意味がない。


「シックス・フラグメント……」


 ぽつりとつぶやく。

 奴を壊して端末を奪い取れば、もう洗脳装置が動くことは無い。

 ならば、目的は明白。


「ローグ。お前を壊す」


 俺は宵闇に呟き、再びサイドカーに乗る。

 ナナがそれを見計らいバイクを走らせる。

 そして置き去りにしたアルファ-ワンの残骸が、夜の闇に溶けていった。

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