act57.風はどこに吹くのか→A.あなたの心です
金属が軋む。装甲が全身を覆う。
歯車の群れに反射する黒い閃光。
鋼鉄の音が連鎖し、背部ユニットが稼働音を響かせる。そして何よりも、魔核の傷が完全に修復され、鼓動が安定していた。
――再生した?
胸部の魔核に手を当てる。その脈動は穏やかで、新品とすら思えるほどの完璧な状態。
背中のブースターを点火。黒い粒子が尾を引いて、上層の清浄な空気を焼き焦がす。
「サテライト・ブレード」
星型のブレードを展開し、跳躍。
暴風雨を切り裂き、ニアの懐に潜り込む。
「ニア! 正気に戻れ!」
「……」
赤い瞳は答えない。俺はブレードをひるがえし、杖を狙って切りつけた。
激しく火花が散る。だが杖の装飾から風刃が放たれ、俺の装甲を切り裂いた。裂け目から血のように赤い魔力が漏れ出す。
それでも、止まらない。杖を破壊さえできれば、この風の魔法は封じられる。
「エアリアル・ソニックブーム」
爆発的な衝撃波が直撃し、腹部の装甲が裂ける。モニターが赤く、視界が白に染まる。
だが、俺は止まらない。
「ニア! 俺の声が聞こえるか!」
「……」
その瞳は赤いノイズを宿したまま、答えるそぶりも無く、もはや言葉すら届かない 。
隣にいたカグヤが、ガントレットの先に魔法陣を展開する。
「エンジェリック・プライムフォース!」
重力場が発生。空気がねじ曲がり、風の流れを湾曲させる。その重力はニアの攻撃を止めて、カグヤの方へ風を引き寄せた。
そのまま嵐が飲み込み、その身を無数の風の刃が襲う。彼女は踏みとどまり、襲い来る風刃を拳で弾きながら叫んだ。
「無駄よ! その子は完全に思考を乗っ取られている!」
「なら、直す! 手伝え!」
「……口の利き方!」
舌打ち混じりの返答とともに、カグヤが風を抑え込む。その隙を突いて、俺はニアの腕をつかんだ。
杖を掴み、引き剥がす。だがその手は鋼のように固く、指一本動かない。
「ニア! 返事をしろ! ニア!」
「……トラッシュ、君……」
その瞬間、赤く染まっていた瞳に、わずかに緑の光が戻った。
風が止む。一瞬の静寂。
「ニア、戻ったのか!?」
「ごめん、トラッシュ君。私、操られて……」
嵐がゆるみ、空気が穏やかになる。
力が抜け、ニアの体が崩れ落ちた。
俺はその体を抱きとめ、腕の中で支える。
「意識が戻った? ありえない……」
判然としながらも、カグヤが重力場を解いた。 舞い上がっていた衣類や小物が、ガタガタと音を立てて地に落ちる。
「無事か? もう操られてないのか?」
「トラッシュ君、そんなに心配してくれるの……?」
「……当たり前だろ」
ニアは、仲間だ。
風を操り、誰よりも冷静で、皆を支える頼りになる存在。彼女がいなければ、俺たちはここまで来られなかった。
かけがえのない、仲間だ。
「おい」
後ろから声がした。
縛られたまま寝転がっていたナナが、言った。
「そいつ、壊した方がいいぞ」
「了解」
カグヤがガントレットを構え、圧縮された重力波を収束させる。
俺はニアをかばい、ブレードを展開する。
「やめろ」
「はぁ。あなたはもうちょっと冷静だと思ったけど?」
カグヤの呆れるようなため息。
不穏の影が心を包む。
俺は、腕の中のニアを見下ろす。
「うふふ。ありがとうトラッシュ君」
笑っている。瞳の奥に赤いノイズが走る。
モニターに警告反応。
直後、閃光。
一陣の雷撃が空間を貫く。
俺は腕のブレードで反射的に受け止めた。
電流の衝撃が全身を焼く。
そこにいたのは。
「サン」
「……」
黄金の光を放つ太陽の鎧。
巨大な雷槍を構え、無言で俺を見下ろす。
その瞳は、真紅。
「ちっ、増援!」
走り寄るカグヤの前に影が飛び込む。
二丁ナイフが蒼く光り、ガントレットを受け止める。
「ファイ……!」
「……」
赤い瞳、冷え切った表情。
応えはない。操られている。
気づけば、嵐の音がまた戻ってくる。
赤い瞳のニアが、ゆっくりと笑う。
「ふふふ。無駄よぉ」
その声にはノイズが混じり、別の声が重なっていた。
シックス・フラグメント、ローグ。
「そいつらは、全部私のお人形。トラッシュ君、あなたにこの子たちを殺せるかしら?」
奴の声が、ノイズ交じりにニアの声と混合された音声となって反響する。
洗脳された仲間たちの赤い影が、次々と俺に襲いかかってくる。
「うおおおおおおおおお!」
その咆哮は、誰に向けて放ったのか、自分でも分からなかった。
雷槍の閃光を弾き返し、轟音が空間を切り裂く。重力が青い装甲を吹き飛ばし、黄色い装甲を巻き込んで、床に押し付け動きを封じる。混沌とした中空を、風刃が迸る。
「エアリアル・テンペスト‼」
ニアの叫びとともに、暴風が荒れ狂う。
空気が刃と化し、嵐の輪が世界を削る。
サンも、ファイも、カグヤも。ここにいる誰ひとりとして例外ではない。味方も敵も区別なく、その風に呑み込まれていく。
「ぐぅ、ナナ!」
カグヤがとっさに腕を伸ばし、ナナをかばった。足元に魔法陣を展開し、圧縮された空間を反転させる。
「エンジェリング・ゼログラビティ」
重力が消える。
空気の流れが消失し、暴風が宙で止まった。わずかな安全圏。
シノンの姿もその中にあった。
だが、街はもう壊れかけている。
瓦礫が舞い、人々の叫びが風に消える。
「やめろ! ニア!」
「アハハハハハハハ! 全員、死ねええええええ!」
ニアの口から放たれる声。
そこには彼女の優しさの欠片もなく、ローグの嘲笑が重なっていた。
電子ノイズが混じる、機械のような笑声。
「おーい、アタシのスーツ壊すなよー」
ナナがあくびまじりに声をかけてきた。
うるさい。
だが脳内によぎるさっきの言葉。
――壊した方がいい。
「トラッシュ、その子は完全にローグの支配を受けている。一度破壊しないと止まらないわ」
カグヤの声が飛ぶ。
「だが、シノンは……!」
「この子は特別よ。洗脳に耐えきれるだけのセキュリティが組み込まれている。ナナも同じ。でも、他の子たちにはそれがない」
言葉が氷のように冷たく刺さる。
それは正しいのかもしれない。
だが心が拒絶する。
目の前のニアは、笑いながら泣いているように見えた。
――殺せるわけが、ない。
しかし嵐は拡大し続けている。
考えている暇はない。
だが、頭では分かっているのに動けない。
「トラッシュ、早くそいつを!」
「だまれ!」
しゃべりかけるな。今考えている。
まずはあの杖を破壊して、それから。
「トラッシュ」
小さな声が、風の中で響いた。
「ケンカは、やめて」
シノン。
重力場の中心、彼女の体から微かな光があふれている。
「……サテライト・ウイング」
赤い光の翼が広がる。
血のように紅い羽が、空間を切り裂く。
「フルオープン」
世界が静止する。
風の刃が止まり、時間が伸びきったように遅くなる。
音も、熱も、すべてが凍りつく。
俺は歩き出した。
静止した空気の中、ニアの前に立つ。
「トラッシュ君」
呼びかけられた気がした。
まるでそれは、記憶の残響のように。
「……サテライトブレード・フルオープン」
光の刃が枝分かれし、無数の線となって展開する。
その一本を握り締め、俺はニアの心臓部、魔核へと突き立てた。
抵抗はなかった。
外部装甲を貫き、硬い宝石のようなそれを串刺し、腕を引いて抜き取る。
内部には金属と回路の海。人間の温もりの代わりに詰め込まれた、精密機械。
それは彼女がロボットであることを、人間ではない事を示している。
「トラッシュ君、ありがとう」
「……ニア」
彼女の指先が、俺の頬に触れた。
そして時間が動き出す。
風が止む。
赤い光が霧散し、残骸が舞う。
サンが倒れ、ファイが膝をつく。
カグヤの重力場が消え、静寂が戻る。
そしてニアの体が、俺の腕の中で崩れ落ちた。
空洞になった胸を、淡い風が通り抜ける。
その風はまるで彼女の最後の息のように、やさしく頬を撫で過ぎ去っていった。
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