魔法少女革命セブンス・フラグメントTS
音無來春
最下層ボトム編
Prologue コミュ障はゴミの降る街で魔法少女と出会うか
コミュニケーション障害群。
それが俺に下された診断名だった。
「ロボット掃除機か。形は保っちゃいるが、十年前の型だな。古すぎて価値が付かねえ」
ひげ面の親父はそう吐き捨てるように言い、小銭をひとつかみ机の上へ投げ出した。
チャリン、チャリン。
硬貨は机を転がり、床に跳ねて散らばる。
「ほら、持ってけ。これ以上は出せねえよ」
「……」
無言のまま俺は膝をつき、小銭をひとつひとつ拾い集めた。
そして頭を下げることもなく、その場を後にした。
「ちっ、不気味なガキだ。何もしゃべりやしねえ」
去り際に舌打ちの声が聞こえてくる。
ここで値段交渉でもできれば、もう少し高値で売れたかもしれない。
だが俺はその力を持ち合わせていなかった。
エリア7。
ゴミと廃棄物と人間のクズにまみれたこの町で、俺の特性は致命的だった。
パン屋に行き、さっき稼いだ小銭を投げる。
すると錆びついたベルの音とともに、オンボロのロボットがよろめきながら現れる。
関節をきしませ、ギギギ、と不快な音を立てて差し出してきたのは、コゲと錆に汚れた固いパンだった。
俺はそれを無理やりかじり、のどの渇きを癒すために近くの池から汲んだ泥水をすすった。
三日に一度は腹を下す。
だが汚染された川しかないこの町では、それが唯一まともな水分だった。
満たされない腹を粗悪なパンで無理やり黙らせ、俺はまた歩きだした。
歩いていると、不意に肩へ衝撃が走った。
黒い触角のような前髪を垂らした大男。
「ようトラッシュ。今日はどのくらい稼いだァ?」
そいつはニヤつきながら俺の肩をがっしり組み、当然のように金をせびってくる。
「……」
「黙ってんじゃねえよ。お前が俺に勝てないことくらい分かってんだろォ?」
差し出された大きな手のひらに、赤い紋様が浮かび上がった。
瞬く間に魔法陣が広がり、炎の火花が散る。
「ファイアボール」
唱えられた呪文と同時に、奴の掌から火球が放たれた。
轟音を立てて飛んだ火の玉は、空を舞っていたカラスを直撃する。
ギャア、と鳴き声が途切れ、炭化した安っぽい焼き鳥が地面に落ちた。
「こうなりたくなかったら有り金全部出しな」
「……」
奴はカラスの丸焼きを拾い上げ、骨ごと噛み砕きながら言った。
俺は魔法が使えない。だから、ただ無言で余った小銭を差し出すしかなかった。
「なんだこれだけか、しけてんなァ。ま、シャバ代として貰ってくぜェ」
「……」
そいつはこのエリアを牛耳るリーダー格の男。 俺は心の中でゴキブタと呼んでいた。
場所代と称して金を巻き上げるただのチンピラ。 いや、ヤクザだ。
「なんだその生意気な目は! トラッシュのくせによォ!」
怒声とともに髪を鷲掴みにされ、地面へと叩きつけられる。
ぬかるんだ泥が跳ね、顔に冷たく張りつく。鈍い痛みが頬骨の奥に広がる。
「……」
「ちっ! 悲鳴も上げやがらねえ。ほんとに面白くねえ奴だぜ」
奴はそうぼやくと、巻き上げた金をポケットへねじ込み、そのまま立ち去っていった。
コミュニケーション障害を持つものは魔法を使うことができない。
魔力は感情から生み出されるもの。
その感情を相手に伝える行為こそが呪文がであり、声にした瞬間に魔法となる。
感情を表現できない者は、そもそも魔力を練ることすら許されない。
俺は泥を払って、ゆっくりと立ち上がった。有り金は全て巻き上げられた。
これで本当に、何ひとつ残っていない。
それでも歩かねばならない。
生き延びるために。
吹き溜まりのように淀んだ街を歩いていると、ふいに頭上から何かが落ちてきた。
ぽとり、と。
転がったのは空のペットボトル。
続けざまに、ボトボトと雨粒のようにプラスチックごみが降り注ぎ始める。
破れた容器、砕けた玩具、食品トレイ。
空から舞い落ちるのは、廃棄された上級国民の生活の残骸だった。
今日はプラごみの日だったか。
『警告、警告。プラスチックごみ警報発令』
近くの電柱に張り付けてあるボロいスピーカーから、遅れてサイレンが響き渡る。
俺はあわてず、近くの屋根の下へ身を寄せた。
この町はゴミの雨が降る。
遥か上空に鎮座する上級国民の都市。
そこから捨てられた廃棄物が、この街に降り注ぐ。
天は人の上に人を作り、人の下に人を作った。
ここはその最下層。
要するにこの街全体が巨大なゴミ捨て場なのだ。
たかがプラスチックといえど、その威力は驚異的だ。
頭にでも当たれば最後、質量と落下速度の物理法則に従い、骨を砕かれ最悪死に至る。
防御魔法を張れる者なら防げるだろうが、魔法を使えない者にはなすすべがない。
だから俺はゴミの雨が止むまで立ち止まるしかなかった。
ひとしきり降り終わり、ようやく歩みを再開する。
日が暮れる前に行動を終えなければ、野盗に襲われる危険が高まる。
エリア7の外れ。
そこには幾層にも積み重なった廃材とスクラップの山が聳えている。
腐臭と鉄錆の入り混じるその山を、俺は黙って登り始めた。
下層に積み重なったゴミは、何十年もの重みに圧し潰され、ペシャンコになっている。
錆びたレンチ。飛び出たネジ。
足場にできるものなら何でも踏みしめ、ただ黙々と。
人工太陽が鈍く照りつける中、息を潜めるようにして登り続ける。
そして頂上にたどり着いた。
そこにあったのは、錆と埃にまみれたゴミ山には不釣り合いなもの。
近未来の光沢を帯びた、謎めいたカプセルだった。
人一人入れるくらいの大きさ、側面にはただ「4」とだけ刻まれていた。
当たりかもしれない。
俺は錆び付いた工具を握りしめ、扉をこじ開けた。
軋む音とともに重い扉が解放される。
その瞬間、荒れ果てたゴミの山には似つかわしくない甘やかな花の香りが漂った。
目に飛び込んできたのは淡いピンク色の髪。
ふんわりと揺れるそれは鉄錆と腐臭の世界に、場違いなほど柔らかな色彩を落としていた。
カプセルの中で小さく身を丸め眠る女。
純白のドレス。フリルをあしらった衣装。
やがて人形のように整った顔がゆっくりと動いた。
閉じられていた瞼が持ち上がり、大きな瞳が俺を射抜く。
「……あなたは、だあれ?」
パチパチと瞬きを重ねるその姿は、まるで荒野に咲いた一輪の花のように。
あまりにも、美しかった。
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