第20話 尊きは友情


ヴァンの心臓は早鐘を打った。


――国家に目をつけられては、味方でいられるとは限らんぞ――


そしてその翌日よこされた手紙の炙り出しにあった忠告、『青い瞳に気を付けろ』。


ラスの忠告を受けてから初めて目にする『青い瞳』が、よりによって生まれて初めての友達のものだなんて、考えもしなかった。


いや、落ち着け―――

平静を装い、ヴァンは浅く呼吸を整えた。


青い瞳は、貴族には珍しくない。たまたまだ。レオは友達。いま、友達が秘密を話してくれているんだ――まずは、聞かなければ。


ヴァンは生唾を飲みこみ、大きく息をついた。改めてレオを見ると、角度によっては青い瞳の中に橙色の虹彩が見えることに気付いた。エリアスとの感覚共有のときに発現するのと同じ色だ。


「まあ、見ての通り?尊き血筋ってやつなのよ」


レオは少し気恥しそうに続けた。


「竜には負けるけど、グリフォンってのも一般人に喚び出せるようなレートの生き物じゃないから、目立つんだよな。ヴァンも副校長に呼び出されてただろ」


そう話しながらレオはエリアスを抱き上げ、ヴァンに差し出して見せてきた。

彼の髪と瞳に気を取られていたが、あの魔法の後、エリアスの見た目もかなり変化していた。

全体的に茶色かっていた体色は白に変わり、風切羽が金色になっている。鋭い眼光の橙色は変わらないが――オッドアイだ。右目はレオの瞳の大部分と同じ、深い青になっていた。


「すげえ…かっこいい。お前と同じ色なんだな」


思わず出たヴァンの言葉に、レオは笑った。少しぎこちなかったが、今日初めて見た普通の笑顔だ。

レオへの疑念なんかより、笑顔が見れたことへの嬉しさの方がずっと大きい。


「尊き血筋って、どんくらいの血統なんだ?すがに王族じゃないだろ?」


『尊き血筋』――そもそもこの言葉は、遡れば王族を先祖に持つ貴族の家系出身であることを示すものだ。しかしその大半は弱小貴族で、ちょっとした地主だったり商家だったりする。


しかし、レオは首を振った。


「それが王の直系なんだ、俺。実の父親は第四王子」

「は!?」


想像だにしない位の高さに、ヴァンはつい素っ頓狂な声を出した。

第四王子の直子。紛うことなき王族である。


「でも……学校では、騎士団副団長の息子ってことになってるよな?」

「一応、対外的にはね。副団長――おやじは養父ではあるけど、血筋でいったら遠い親戚でしかないよ」


副団長の息子という肩書きですらエリート中のエリートだというのに――王族。次々明かされる真実にヴァンはクラクラしてきた。


「待て――混乱してる。だってそれって…お

、お前も王子ってことだろ。王位継承権持ってるってことだろ」

「そりゃ…あるな、たぶん」


レオは顔を顰めた。王になりたくはないらしい。宙を仰ぎながらその場で指折り数え出したが、面倒になったのかすぐにやめ、肩を竦めた。


「やめたやめた。数えようとしたけど、何番目だよって話だよ。愛人の子だしね、俺」


王族の直系で、愛人の子。


それはかなり――センシティブな話だ。

愛人がどういう身分か、正妻にとってどういう存在かによって扱いも将来も異なってくるが、あまりいい話は聞かない。


言葉を探すヴァンの顔を見て、レオはしまったという顔をした。


「いや、貴族社会じゃよくある話だからな?そんなに重くとるなよ」

「…その、親戚の子ってことになってるってことは、実の両親とは上手くいってないのか?」


おずおず尋ねるヴァンに、レオは戸惑ったような、なんともいえない顔をした。


「両親。そもそもそんな感覚がないな。すぐおやじのとこに預けられて、正直顔も覚えてないし」


王族は限られたコミュニティにしか顔を出さず、今でも両親については肖像画の顔しか知らないという。


「妾の子なんて、生かされてるだけマシってもんよ」


レオはそう続けながら、気遣うように寄ってきたエリアスを撫でた。そのままため息をついて、ベッドに倒れ込む。

荒れた部屋の薄汚いベッドの上に、金髪青眼の青年が横たわるさまはなんともいえないコントラストだ。


「王家からすると、俺が尊き血筋ってことは隠したい。でも、何かあった時――第四皇子の正妻の長男が死んだりとか。そういう時のスペアとして、俺は生かされてる」


幸運なことにな、とレオは鼻で笑った。


「大人しく身分を隠して生きて、そんで利用価値がある限りは安泰ってわけ。エリアスを隠すのも、髪と目を隠すのもそれが理由!」


話は終わり!とばかりに体を起こして、レオはニカッと笑顔を作って見せた。


「森狼の討伐の時、不審者は3人いただろ?攻撃してこなかったあと一人は、俺の監視役じゃないかなーと思ってるんだよね」


冗談めかしてそういったレオに、いや、それは副校長の刺客で俺の監視だ――などとそのまま口に出しそうになったが、ヴァンは咄嗟に口を噤んだ。ラスに対しては、義理を欠かない方がいい気がする。


しかしこれだけあけすけに話してくれているレオに隠し事をするのも申し訳なく、ヴァンは目を伏せた。


――愛人の子として生まれ、髪や目の色を偽らなければ生きることを許されないというのはどんな気持ちだろう。実の親に、存在を否定されるというのは――


それにそんな中で、レオはなぜこんなに良い奴でいられたんだろう。


皮肉屋になってしまった自己嫌悪からか、少しレオを眩しく思った。

そこまで考えてヴァンはハッとした。


「お前が、優等生の演技してんのって――」

「そう。利用価値がある、有能な人間ですよ。お利口さんだから、あなた方の邪魔なんてしませんよって――意味あるかわかんねえけど、アピール?」


レオはおちゃらけて言ったが、エリアスは抗議するかのように小さな羽を広げた。


ヴァンは、レオを――レオナード・スミスを忌み嫌っていた頃の自分を思い出して耳が熱くなるのを感じた。


人の行動には常に理由がある。動物ですらそうだ。一見無意味な習性にも意味がある。

それなのに自分は、くだらない嫉妬と好き嫌いで思考停止して、ずっとレオナード・スミスの上澄みだけを見て批判していた。


「長くなったけどさ、あんまり重く受け取るなよな。とにかく、俺があんま目立つとおやじにも迷惑がかかるし、念のためエリアスのことは騎士団に申請してから公開ってことにしてるんだよ」


レオが何か言っていたが、ヴァンの耳には入ってこなかった。


「俺――俺さあ、お前のこと感じ悪いってずっと思ってた」


そう言葉にするのがやっとで、情けなさにちょっと泣きそうだった。


「は?なんだよ急に」

「いや…俺が馬鹿だったんだなって。悪かった」


しおらしく項垂れたヴァンの後頭部を、レオはべしんと叩いた。


「やめろよ、気持ち悪いな!!気にすんなよ、俺も学校にいる時の自分は大ッ嫌いだし」


二人は顔を見合わせた。ちょっとした間の後、変な空気に耐えきれなかったのかレオは無意味に肩パンしてきた。(すごく痛かった)


「で、お前は?なんでここにいるんだよ」

「お前のお見舞いに来たんだよ。そのはずだったんだけど…聞いてくれよ」


ヴァンは、ここに着いてからどんなに自分が酷い目に遭ったのかを大袈裟に話して聞かせた。


「バルガス!あいつはね、トロールだと思って話さないと」


レオはひとしきり笑ったあと、そう忠告してきた。


「何もかも『鈍い』んだ、そういう体質なんだよ」

「体質?」

「まあ、俺も詳しくは知らないけど」


レオは腕組みして続けた。


「心の機微とかもそうだけどさ、痛覚、聴覚、味覚、そういうのが全部鈍いらしいよ。アレが敵陣に突っ込んでいく後ろ姿なんか、ほぼ馬車って感じ」

「でも、デカい女は普通に会話してたぞ?」

「デカい女?」


ヴァンはバルガスに連れ去られた時に遭遇した女の特徴を説明した。とにかく今まで見た女性の中でも一番に美しい、とにかく背の高い女――我ながら稚拙な説明である。


「ああ…騎士団長の嫁だ。暗部のトップだよ」

「あんぶ?」


聞き返すと、レオは無知で素直なヴァンに可笑しそうな表情を隠さず続けた。


「隠密、潜入、諜報とかをやる部隊。バルガスとは旧知の仲って聞いたな」

「へえ…そんなのもあるのか」

「グレイ教官に会ったんだろ?あの人も暗部だよ」

「えっ」


教官の仕事だけでもあんなに大変そうだったのに、さらに気苦労の多そうな暗部の仕事までこなしてるのか…


グレイの目の下に色濃く刻まれていた隈を思い出し、ヴァンは心底気の毒に思った。


――まさか明日、自分がグレイと同じ顔になるとも知らずに。

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