竜の番 -リュウノツガイ-

月乃詩

序章 呪いの子

 ここはエルドリア王国――竜から生まれ、竜に導かれた国。その伝承から「竜の国」と呼ばれることもある。城下町の広場の中心には今も巨大な竜の像が置かれ、人々に親しまれていた。


 その辺境の村に住まう少年――ヴァン・アドベントは、自らの背中に魔法陣が刻まれていることにずっと疑問を持っていた。だって、村の他の子供たちの背中にはないからだ。


もっとも、元々好奇心の強い子供だったと養父は言う。


「どうして空は青いの」

「なんで石は硬いの」

「どうして風は吹くの」


「…お前のそれはもう病気だな」


 大きくなるほど厄介になっていく質問に、答えられなくなると養父は決まってそう言って笑ったものだ。ヴァンはこのとき養父にできる、柔らかな笑顔の皺が好きだった。


 こと、この背中に関しては、なぜ年端もいかぬ少年の背中にこんなものがあるのか、村の誰も知らないようだった。

最初に養父がこれを見たときは、落書きだと思われてこっぴどく叱られ、布で大層強く擦られた。それは描かれたのでなく皮膚に火傷のように刻まれているものだったので、赤くなってヒリヒリとするだけで魔法陣は消えてくれなかった。


 彼が少年から青年になっても、その謎はずっと解けないままだった。



『お前は呪われている。だから両親がいないんだ』


そんなひどいことを言われたこともある。


 そのときヴァンは湯浴みの最中だった。恐ろしいことだが、当時年端もいかない少年であったヴァンにそんな言葉をかけたのは、同じ村に住む大人だった。

 当時は幼く、その言葉の意味がよく理解できなかったが、なんとなく自分へ向けられた嫌な言葉であることは察していたように思う。よく覚えている。


 養父は村長だった――今思えばだが、両親のいない身分で村の中では裕福な暮らしをしていた俺が憎らしかったのかもしれない。その言葉の意味も、子供にはわからないと思っていたんだろう。


 しかしヴァンは人より賢く、また記憶力に関して右に出るものはいなかった。残酷にも、その言葉も悪意も、正しく受け取れる年齢になるまで一言一句違えずに覚えていた。


「呪われてなんかいない!」


 今からだって、そう言いたい。


「両親だっている!」


 そう言いたい。


 しかし、この背中の魔法陣が呪いでないと誰が言えるだろうか。


――両親のことだってそうだ。

俺は、森で拾われた捨て子なのだから。


 そんな苦しさを抱えながらも、豪快で聡明な養父に支えられ、ヴァンは16歳までをその村で過ごした。


 村を出ることを決めたのは、隣の村の子供に背中を見られた日だった。


その子は『呪いの子!』と悲鳴をあげ、石を投げてきた。


 魔法陣は見た目こそ痛々しいが、背中にあることで目立たず、特に困ったことはなかった。しかしあの日は、雨に濡れて衣服が透けたせいで背中を見られてしまったのだろう。

投げられた石は額に当たった。ヴァンの額から血が出たのを見ると、その子供は怯えて逃げ出した。


――その背中に、「呪いなんかじゃないよ」そう言いたかった。

しかしそれならなんなのか?

答えられない。何もわからない。


 ヴァンは、養父の部屋にある書物を十歳になるまでにはすべて読み尽くしていた。

時には隣村に出向き、歴史資料や手書きの図鑑も読み漁った。行商が訪れれば、養父に頼み込んで何をしてでも書物をねだった。


 しかしどの本からも、ヴァンの背中の謎に迫るためのヒントは得られなかった。


 石を投げられたあの日、ヴァンは額に布を当てながら、養父の机をぼーっと眺めていた。


大量の本。

巻物。

資料。

置物、魔法道具。


世の中にはもっとたくさんの知識が溢れている。

それなのに、


――自分は誰で、なぜこの村にいる?

――この背中の魔法陣はいったい誰が、何のために俺の背中に刻んだ?

―――両親はなぜ、森に俺を捨てたんだ。


俺は、自分のことすらわからないまま、この小さな村で一生を終えるのだろうか。


――そんなのは耐えられない。知りたい。


 そのとき、ヴァンの目に留まったのは魔法道具だった。


「魔法…」


 散らばった資料や本をひっくり返して、一つのチラシにたどり着く。


『エルドリア魔法学校――わが校は、創立100年を誇る国内最大の魔法学校である。学びを求める者に、いつでも門扉は開かれん』


「…これ、だ」


 養父の反対を押し切って、ありったけの荷物を持って城下街へ繰り出したのは明くる朝のこと。


 古く格式高い魔法学校なら、村にない資料だってきっとたくさんある。この背中の魔法陣について知っている研究者や魔法使いなんかにも会えるかもしれない。


 ヴァンは行商の馬車を捕まえて、城下町へ向かった。


賑やかな城下町を馬車から眺めているだけで、心が踊る。石畳を照らす陽光が、村では見たこともないほど眩しく感じられた。


ここで、村の外で生きよう。


持てるすべての知識と生まれ持った悪知恵を総動員して、魔法学校に行くんだ。


――でも、その前に。

さっき通りで見かけた果物の名前、聞きに行こうかな。



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