第一章 竜の番編
第1話 赤毛の魔女と皮肉屋の青年
<エルドリア魔法学校>
――あれから数か月。
ヴァンは念願の魔法学校に入学し、今日も退屈な授業が始まるのを待っていた。
バン!
大きな音がして、長い赤毛をなびかせた三角帽子の女――ベリーが入ってきた。ヒールブーツの音はけたたましいが、それでも背丈は黒板の半分にも届かない。
「ベリー先生?」
「うわ、ベリー先生だ」
ざわついていた生徒たちは口々にその名を口にし、教室は水を打ったように静まり返った。急に静かになったので、机に伏せていたヴァンは顔を上げた。
赤毛の教師が壁一面の黒板に杖を構えると、ひとりでにチョークが威嚇でもするかのように鋭く走り出した。音に反して滑らかな筆記体で書かれていく文面は、これから行う儀式の手順らしい。 マントのように赤毛を翻して、ベリーは生徒たちに振り返った。深い緑の瞳が、獲物を探す鷹のように鋭く生徒たちを見渡した。
「これより。本日執り行う、
そう言ってチビ教師は杖を振り、生徒に羊皮紙とナイフを配った。羊皮紙には召喚魔法陣の見本が描かれているようだ。それらはあまりに素早く到着し、ナイフは落ちて机に刺さりそうになるので、生徒たちは慌てて捕まえた。
「もっとも。難しいものではありません。あなたの生活や精神を支えるパートナーを生み出す儀式です。このように」
赤毛はとんがり帽子を持ち上げて見せた。頭の上には、手のひらサイズの仔猫が眠っている。長い尻尾を抱きしめる愛らしい様子に、女子たちはきゃあきゃあと喜んだ。
「召喚を行ったあとは、常に行動を共にします。
優れた魔法使いは番を装飾品に忍ばせたり、普段は姿を消させたりもしますね。
…ああ、召喚といっても当然通常召喚とは異なります。ヴァン?」
「あい」
ヴァンは欠伸交じりに返事をした。他の生徒が赤やら青やらと色鮮やかな髪色をしている中で、黒髪は彼だけだ。他の生徒たちは興味半分、からかい半分といった眼差しで彼を見た。
「通常召喚と番召喚の違いについて説明できますね」
なんで俺が――ヴァンはあからさまに不貞腐れた顔を作った。近くの生徒はその顔が面白かったのか、クスクス笑う。
「通常召喚は、核を用意し魔力で個体を創造するもの。番召喚は、自らの一部を媒体として自分の分身を創造するもの。戦闘で致命傷を負った場合、召喚獣は死ぬが、番は召喚者が死なない限り死なない」
教科書を読み上げるがごとく暗唱したヴァンにクラスメイト達は感心していたが、赤毛は眉を吊り上げ、フンと鼻を鳴らしただけだった。
「よろしい。先ほどから目を閉じて動かないので石にでもなったかと思いましたよ。生徒だったようで安心しました。説明を続けます」
またクスクス笑いが起きる。ヴァンは意に介さず、赤毛が目を離した隙に変顔で煽った。
「あの寝坊助の説明した通り、番は自分の分身です。個体によっては意思疎通だけでなく会話も可能ですが、あくまで実際には自分との対話であり――」
それから長々と番について話したあと、教師ベリーは召喚の手順を説明し始めた。
「召喚にはコップ半分程度の自らの血液が必要です。毛髪でも爪でも成功することはありますが、召喚が不完全になりやすく――」
「血液!?」
「闇魔法みたい」
「静粛に!」
ベリーの一喝で、教室は再度静まり返った。
ヴァンは聞き流しながら、うんざりした顔で魔法陣を見た。番召喚など体のいい能力テストだ――血液を使ったところで、できるやつはできる。できないやつはできない。成功しても、大きさや種別、言語能力で『評価』される。この国では、番の姿がもはや『値札』みたいなもんだ――まったく、いけ好かない。
ここでふと、ヴァンは街で見た見知らぬ女性の番を思い出した。あれは龍だった。鱗が透き通っていて、まるでガラス細工のようだった。あまりに綺麗で、見惚れて転んだのを覚えている。
人々の間で、番の姿には明確な序列がある。龍はその頂点だ。王族か騎士団か国家魔導士、そのレベルの血脈でなければあり得ない。
――しかし、今思えばあれはただのサラマンダーの亜種だったのかもしれない。何せ彼女を見かけたのは、スラム街の端だった。お貴族様なはずがない。
「――始めます。一人ずつ前においでなさい。ヴァン」
突然呼ばれ、ヴァンは弾かれたように立ち上がった。
「あなたは最後です」
――さっきの変顔がバレていたのかもしれない。教室が笑いに包まれる中、ヴァンは開き直って舌を出したが、三秒後にはベリー先生の出した魔法のタライに頭をぶつけることになるのだった。
【登場人物紹介】
ヴァン・アドベント
この物語の主人公。黒髪に金色の瞳を持つ16歳の青年。背中の魔法陣の謎を追って魔法学校に入学。好奇心の化け物。反抗期。
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