第30話 佐藤湊 - ヒロイン攻略中

佐藤湊 さとうみなとSIDE>


期末試験最終日。


やっと試験が終わった。今回のテストの結果はかなりまずそうだ。試験勉強も前日の一夜漬けになってしまった。夕方になってからゲームに誘ってくる友達連中が悪い。最近はもっぱら中学時代の同級生とオンラインゲームを楽しんでいた。そのせいか、今回のテストは散々な出来である。まぁ、まだ点数は出ていないし、悲観するのは早いだろう――そんなことを思っていると、前方の相良の席の横で、ニコニコ顔の椎奈が何やら話しているのが目に入った。


「おう、いいな。せっかくだし遊ぶか!」


相良の言葉を聞いた椎奈は、小さくガッツポーズをしている。耳を疑った。まさか遊びに行く約束をしているのか? 幼馴染の僕だって最近は椎奈と遊べていないのに。椎奈は僕の幼馴染なのに……おかしい。何がどうなっているんだ。


先日、相良が椎奈にメッセージを送ると独り言を言っていたのを偶然聞いたけれど、この数日でどこまで進展しているのか。焦燥感から相良を睨んでしまい、相良が振り返った瞬間、僕は慌てて目を逸らした。


「龍二くん! はやく、はやく!」


――!?


相良の先を歩いていた椎奈が、大声で相良を呼ぶ。それだけでも驚愕なのに、「龍二くん」……名前呼び? そうか。少なくとも名前で呼び合う関係までは進んでいるのか。なんでだよ椎奈。幼馴染は僕なのに。僕は無表情で二人を見やることしかできなかった。放心していると、突然、やさしく肩を揉まれる。


「どしたーっ? 湊くん、元気ないぞーっ!」


茉莉がにっこり微笑みかけてくれて、少し我に返った。


「椎奈っちは帰っちゃったけどさ。湊くんの幼馴染はしいなっちだけじゃないだろっ? あたしもいるし、萌っちもいるじゃんっ。ほら、うちらと遊びに行こーよっ!」


茉莉は優しく諭してくれる。「萌っち、ちょっとこっちこーいっ!」と萌も呼ばれ、僕の横に来てくれる。そうだった。椎奈は帰ってしまったけれど、僕にはまだ2人がいた。椎奈の件は後で確認するとして、今日は僕が2人の相手をしてやるか。


「なにして遊ぼーかっ? 湊くんっ」


にぱっと笑う茉莉が聞いてくる。萌は「私は何でもいいよぉ」と言っていたので、僕はゲームセンターを提案した。僕はゲームは得意だから、2人にいいところを見せられるはずだ。


「ゲーセン、ひさびさだー! 楽しもうっ」


と茉莉はやる気満々。萌はゲームはあまりしないから少し不安そうにしているが、茉莉もいるし、きっと大丈夫だろう。



腹ごしらえのため、ゲームセンターが併設されたショッピングモールのフードコートのファーストフード店に来た。メニューを前に、僕は少し迷っていた。茉莉と萌はシーズン限定らしいトロピカルハンバーガーのセットを頼もうと話している。僕も同じものを食べたいのだが、キッズセットに付いてくるゲームキャラクターのトレーディングカードが欲しくて、もう10分ほど悩んでいた。


看板を見ながらうんうん唸っていると、萌が小さな声で尋ねてくれた。


「湊くん、このカードほしいのぉ?」


純粋にカードが欲しいと思われるのが子供っぽくて、少し恥ずかしい。だから僕は少し誇張して話をする事にした。


「ほら、このカード。実はすごいレアって噂なんだよ!」


スマホのフリマアプリで調べたキーワードの検索結果を萌に見せる。画面を覗き込んだ萌は、一瞬目を丸くしたあと、少し気をつかったような笑みを浮かべて言った。


「え? ほんとだぁ! すごく高くなってるね」


そして優しい気遣いも添えて、


「湊くん、このセットの量じゃ足りないでしょ? 私はこの量でも十分だからぁ、キッズセットのパンケーキにするよぉ」


――こんな僕のことを察してくれる萌は、最高の幼馴染だ。


僕の代わりにキッズセットを注文してくれる萌を尻目に、僕も同じキッズセットを頼む。「あ、あと単品でトロピカルバーガーも」。ふふ、これで転売用も確保っと。


昼食中、萌は少し唖然とした目で僕を見ていた。茉莉も、少し引き気味の表情だ。


「な、なんだよ。好きなもん食べてるだけだろ」


「うん、そうだよねぇ。はい、おまけのカード」


「悪いな」


そんなやり取りを見ていた茉莉と目が合う、茉莉は素っ気なく「別にっ。なんでもないよっ」と答えた。


――少し、雰囲気の良くない昼食となった。



昼食を済ませてゲームセンターに着いた。僕は意気揚々と、得意のシューティングゲームに向かう。ゾンビを撃って得点を稼ぐシンプルなゲームだが、登場する敵モブはなかなかグロテスクでリアルだ。僕は何も言わず、さも当然と言うように2人に確認せず始めようとした。


「ねえっ! 萌っちは暴力的なのとか怖いの嫌いだから、他のやろうよっ! クレーンゲームとかっ!」


茉莉が止める。萌は何も言わないが、少し怖がっている様子だ。僕は少しイタズラ心を出して、


「萌! 2Pやってよ! はやく」


と促す。萌は驚いた顔をした後、渋々銃型のコントローラーを手に取り、お金をゲーム機に投入した。ゲームを始めると、案の定画面を直視できず、散々な点数を叩き出す。


「ちっ、少しは役に立てよー」


僕が本気で苦言を告げると、萌は消え入るような声で「ごめんねぇ」と謝った。茉莉は少し怒った顔をしている。しかし、萌が小声で「茉莉ちゃん」と言うと、二人は無言でアイコンタクトを交わし、すっといつもの顔に戻る。


「さっ、次なにやるーっ?」


茉莉がにぱっと笑うと、僕は二人とも楽しんでいるな、と感じた。


その後は、僕が選んだ対戦格闘ゲームや世界的に有名なレースゲーム、少しエッチなキャラクターが登場する麻雀ゲームなどを楽しむ。萌と茉莉も、僕のゲームスキルに少し惚れ惚れしているかも、なんて思ったりして。


そんな時、茉莉が声をかけてきた。


「ねえ湊くん。あたしと萌っち、クレーンゲームしてきていい?」


僕はまだ麻雀ゲームを続けたから、渋々「いいよ」と了承した。



1時間ほど経った頃、ゲームセンターに大きな声が響いた。


「やめてっ!」


聞き間違えるはずがない。茉莉の声だ。慌てた僕は、急いで茉莉と萌を探す。幸い、2人はすぐに見つかった。クレーンゲームのコーナーで、大学生くらいと思われる男2人に声をかけられていた。


「だから、あたし達っ、ツレに男の子いるから無理っ」


茉莉は強気に反発。萌は怖がって茉莉の陰に隠れるように俯いている。2人の手には、ビニール袋一杯のぬいぐるみが握られていた。


「でも全然こないじゃん、その男の子。俺たち1時間くらい前から君たちのこと見てたんだぜ。ずっと2人で遊んでたじゃん」


チャラそうな男が軽率に言う。茉莉は


「ほんとだってっ、あーもう鬱陶しいっ」


と返すや否や、声を張り上げた。


「みなとくーん!!! たすけてー!!!」


店中に響き渡る声で、僕に助けを求めてきた。僕はゲーム機の陰に隠れてしゃがみ込む。このままカッコよく助けるなんて無理だ。――あの馬鹿、余計なことを……。心で悪態をつく。


「こねーじゃん」


薄ら笑う男。後ろに控えている、目に前髪がかかった男が萌に近づき、


「後ろの子、まじで好みなんだけど。連絡先教えてよー」


と迫る。茉莉は


「萌っちに触るな!」


と威嚇する。しかし男は下品な笑みを浮かべ、「萌っていうんだ。かわいい」と気持ち悪い事を言いながら、さらに一歩、萌に近づいた。


僕は怖くて、クレーンゲームのガラス越しから2人の様子を見守る。一瞬、茉莉と目が合ったような気がした。茉莉は失望と絶望が入り混じった表情。萌は恐怖で座り込む。嗜虐心に駆られた男の手が萌に迫る。


どうすべきか必死に考えていると、大声で助けを呼んだ茉莉に気づいたスタッフが警備員を連れてきてくれた。男2人は大きな舌打ちをして、その場から退場した。僕は思わず安心して、へたり込む。



落ち着いた頃、隠れていたゲーム機の陰から立ち上がり、茉莉と萌のもとへ向かう。何事もなかったかのように、僕は声をかけた。


「たくさん、ぬいぐるみ取れたじゃん?」


しばらく無言で僕を見つめていた茉莉が、しぶしぶ笑顔を作り、ぬいぐるみの入ったビニール袋を掲げた。


「萌っちとがんばって、たくさんとっちったっ」


その後、茉莉と萌はゲームセンターで遊ぶ雰囲気ではなくなり、ここでの遊びはお開きとなった。



僕たち3人は一緒に帰ることにした。時間は夕方少し前。少し気まずい空気のまま、トボトボと歩く。帰宅途中、昔幼馴染4人でよく遊んだ公園の入り口に差し掛かる。小さい頃に椎奈と肝試しをした、あのオンボロアパートにほど近い公園だ。


「まだ帰るには早いし、少し話さない?」


と僕は幼馴染2人を誘う。


「そだねっ! いいよーっ」


茉莉は陽気に答え、萌は控えめに頷いた。


僕たち3人は公園に入り、大きな噴水の広場にあるベンチに腰掛ける。途中、公衆トイレ横の自販機で飲み物を買い、期末試験の出来など、他愛のない会話を交わす。噴水では子供たちが遊び、お母さんらしい女性が「そろそろ帰るよ」と声をかけ、子供を着替えさせていた。その光景を、小さい頃の自分たちに重ねる。


「昔はよく、あんな感じで遊んだよねぇ」


と萌がぽつりと言う。


「ねーっ! あの頃は楽しかったよねっ。あたしと、萌っちと、湊くんと、あと、椎奈っちと」


茉莉も椎奈の名前に少し含みをもたせて同意した。


「やっぱり高校生になるとなかなか4人は揃わないよね」


少し寂しそうに萌が言う。咄嗟に僕は声を張り上げた。


「そんなことはない! 僕らは幼馴染だぞ! いくつになっても変わらない! ずっとあの頃のままだ」


茉莉は苦笑いを浮かべ、


「あたしたちも高校生だよっ。私たちも女の子だし、湊くんは男の子だし、少しずつ変わるよっ」


と答える。続けて萌が無表情で聞いてきた。


「湊くんは、私たちとの関係、変えたくないのぉ?」


「だって僕たち4人は幼馴染だぞ? それだけで特別じゃないか」


僕の言葉に、萌ははぁとため息を吐いて「そうだねぇ…」と同意した。


少し変な空気が流れる。茉莉が笑いながら空気を変えようとする。


「ほらっ! でも椎奈っちは部活が忙しいしさっ! 最近は相良っちにお熱じゃんっ? だからあたしたちも変わらないとさっ!」


しかし僕はつい声を荒げてしまった。


「違う! 相良のことは茉莉の勘違いだ! 椎奈は幼馴染だぞ! そんなことあるはずない!」


びっくりした表情の茉莉と萌。僕も言葉を続けることができなかった。その時、夏の気まぐれな空からポツリポツリと雨が落ちてくる。


「雨だねぇ。帰ろっかぁ」


萌が立ち上がる。茉莉も持っていたカフェオレを一気に飲み干し、


「そうだねっ」


と応じた。


なんとも言えない変な空気のまま、僕たちは解散したのだった。



<???SIDE>


ナンパに失敗した男二人が、モールの喫煙所から出てきた。


「くそー、あのうるさい女がいなきゃなぁ…」


「まぁ、今回はしょうがないだろ」


「あの後ろに隠れてた女の子だけだったら、絶対いけただろ?」


「……萌ちゃんか?」


「あー…そんな名前だったかな」


「萌ちゃんはダメだ。俺がいく」


「はっ、マジ?」


「一目惚れだよ」


「あー…マジか」


「あぁ。手を出したら…お前でも殺すからな」


「あ、あぁ、分かったよ……」


前髪の奥に隠れた顔が、下品な笑みを作る。

一色萌は、危険な恋慕が自分に向けられていることに、まだ気づいていなかった。




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