第22話 即席勉強会と約束と

「相良君。ちょっと、いいかなぁ?」


一色に声をかけられた俺は、茅野に簡単なメッセージを送り彼女に応じた。


しばしの無言。一色も何から話せばいいのか考えているような表情をしていた。気がつけば俺は一色に提案していた。


「あー、俺はこれから試験勉強をしようと思って、図書室に行きたいんだが……ほら、ここじゃ蒸し暑いし。とりあえず図書室でもいいか?」


はっとした表情の一色。自分から呼び止めたのに、相手に提案されてばつが悪そうに答える。


「うん。いいよぉ。じゃあ、私も勉強しよーかな……」


気まずそうな表情の一色を連れて、真夏のオアシスこと図書室へ向かうのだった。


図書室に着き、一色と肩を並べて座る。隣に一色萌が座っていることに現実味をあまり感じられない。


――主人公大好きな幼馴染はいったい何のつもりだろうな。


そんなことを考えつつ、俺は当初の目的だった試験勉強のために教科書とノートを広げる。今日は数学を重点的にやろうと決めていた。いざ勉強をしようとすると、ここ数週間で培ったパラメーターの影響もあり、周りが一切目に入らず集中できる。そのまま勉強にのめり込んだ。


1時間ほどたっただろうか。ふいに一色に話しかけられる。


「ねぇ、相良君。ここの問題って解き方分かるかなぁ?」


――ん?やべ、集中しすぎて一色がいることを忘れてた……。とりあえず、せっかく一緒に勉強してるんだし、一色が分からないところで俺が分かるところなら教えてあげるのも悪くないだろう。復習にもなるし、いいか。


そんなことを考えて、一色の質問に答えることにした。


「一次関数か、ちょっとノート見せてくれるか?」


「うっ、うん」


問題を見るために一色の席に少し寄る。自然と肩が触れ合う距離になるが――まぁ勉強で質問されたわけだし。役得だな。肝心の一色は、肩が触れた瞬間に顔を真っ赤にしているが。俺は気が利く男だ。黙っておくことにしよう。


一色は分からない問題が書いてあるノートを俺に寄せて見せる。


「えと……y=2x−1のグラフがx軸と交わる点……この問題なんだけどぉ」


問題を確認して、分かりやすく説明しようと努める。


「x軸上の点は必ずyが0になるんだよ。x軸ってy=0の直線だからさ。ほら、横の線だろ?」


「あ、そっかぁ…。じゃあ、y=0を代入して……えーと。0=2x−1……」


「そうそう。で、2x=1だから……」


「x=1/2!交点は (1/2,0)!……できたぁ!あってる??」


「お見事!大正解!やればできるじゃないか」


俺が褒めると、一色は褒められた子供みたいに満面の笑みを見せる。


その表情を見て、思わず右手で一色の頭を撫でていた。あまりに無意識だったため、俺も慌てたが、既に俺の手は動いてしまっている。俺は一色の髪を優しく撫で続けるしかなかった。


一色は撫でられていると気づいて真っ赤になり、「えっ?えっ?えええぇぇぇ」とアワアワうろたえるばかりだった。かわいい。


しばらくして冷静になった俺は、手を引っ込める。


「す、すまん。嬉しそうだったから、無意識に……」


素直に一色に謝る。どこか名残惜しそうな一色は、


「う、ううん。別に大丈夫だよぉ。なんていうか恥ずかしかったけど、問題解けて嬉しかったし。相良くんも教え方上手だったし」


ほのかに頬を染める一色。


「ならよかった。ほかにも分からない問題があったら言ってくれ。俺に分かる問題なら教えるから」


そんなことを言うと、一色は一瞬戸惑った顔をして、真っ赤になりながらコクコクとうなずいた。



即席の勉強会を終え、そろそろ帰宅という時間になった。帰り支度を始めると、それに気が付いた一色が真剣な表情で話しかけてくる。


「あの、相良くんに聞きたいことがあるの」


「俺に?」


「うん。帰りながらでいいから、少し時間。もらえるかなぁ?」


「あぁ。じゃあ一緒に帰るか」


「うっ、うん」


二人で夕映えの校舎を歩く。朝は曇っていたけれど、今は晴れ渡って眩しいほどだ。無言で下駄箱に向かい、上履きからローファーに履き替えて校舎を出る。


「あっ、あの……」


一色が話し始める。


「今日は、ありがとう。今朝、かばってくれたことと、それから勉強を教えてくれたことも」


「いや、別にいいよ。今朝のことは悪かったな」


今思えば、俺は今朝のことを一色に謝っていなかった。申し訳ない気持ちになり頭を下げる。


「そんな。お礼を言うのは私のほうだよぉ」


一色はうっすら微笑んで言う。


「えーと、話したかったことってそれ?」


俺は確認する。


「ええと。違うの。今朝のことは少し関係してるんだけどぉ。一番はしぃちゃんのこと」


「しぃちゃん?」


俺は返す。


「うん。しぃちゃん。茅野椎奈ちゃん。最近仲良くしてくれてるんでしょ?」


「あぁ、茅野か。そうだな。部活も一緒だし。あー、あとは一緒に朝練してる」


「朝練?」


「あぁ、走ったり、剣道の基礎練やったり。確かに仲良くはなったけど、茅野との関係はそんなもんだよ」


「そうなんだぁ。だから最近、登校の時間が合わなかったのかなぁ」


「そうかもしれない。すまないな。俺の都合で茅野と一色の時間を取っちゃって」


「そんなことないよ。しぃちゃん、最近すごい楽しそうだもん」


一色は安心したように言う。そして改めて、


「じゃあ、最近流れてる真昼ちゃんとの噂は本当なの?」


真昼ちゃんか。今朝も茅野が言っていた噂だな。


「いや、それは嘘だ。噂の内容はしらないが、俺は真昼ちゃんって子と話したこともない」


「信じていいの?」


一色が真剣な声で確認してくる。


「あぁ、問題ない。そのうち噂も収まるだろう。噂になるような関係じゃないよ」


「分かったぁ。信じるね」


安心したように答える一色。俺は単純な疑問をぶつける。


「でも、どうして一色がそんなこと気にするんだ?」


そう聞くと、一色は慌てたようにアワアワしだした。そんな一色の顔を見ているとおかしくなり、俺は笑って「もう、いいよ」と言った。



「私の家、ここを曲がるんだけど、相良くんは?」


「俺はまっすぐだな。じゃあここでお別れだな。また明日!」


別れを告げようとしたとき、


「相良くん、ちょっと待って!」


「ん?」


「最後に聞きたいんだけど、いい?」


「いいぞ」


一色は一瞬迷った表情をして、この質問をした。


「相良くんって、不良なの?」


――不良?あぁ、今朝のことがあったからか。ケンカなんてしてたら、そう思われるのも仕方ないか。


「いや、俺は不良のつもりはないよ」


俺は事実を答える。


「じゃ、じゃあ、今朝のケンカはなんだったの?」


「あれは、Aクラスの男子が絡んできたんだよ。真昼ちゃんとの噂が気にくわなかったみたいだぞ」


「そっ、そうなんだ…」


一色は少し考えてから質問を重ねる。


「でも、ケンカ……なんか慣れてるみたいだったからぁ……」


――頭に血が上ってたもんな。俺自身びっくりしてるんだ。一色も。もちろん佐藤湊だって……同じか。


「びっくりさせて悪かったな。今日はなんか朝から気が立っててな。俺もよくわからないけど、止められなかった。すまなかった」


俺は頭を下げる。目前の一色は戸惑った顔をしている。


「今日……今日はじめて相良くんと話してみて。頭はいいし、優しいし、それにかっこいいし……しぃちゃんが気になるのも分かる気がした……」


どんどん小さくなる一色の言葉は、最後の方が聞き取る事はできなかった。


「でも…。でも!!やっぱり、暴力はダメだよぉ。私は暴力を振るう人は許せないし、信用も……できないよぉ。しぃちゃんを任せられない……」


――うん。そりゃそうだ。これは俺の甘えが招いた結果だ。


「一色の言いたいことは分かった。俺が本当に悪かった。今朝は巻き込んで、怖い思いをさせてすまなかった」


俺は誠心誠意謝る。求められるなら土下座でもなんでもする。


「約束する。俺はもう二度と暴力は振るわない。一色に誓う。茅野と友達であるために。一色の信用を得るために」


「えっ?」


驚いた顔をする一色に、俺は優しく微笑んで答える。


「約束だ。一色」


一色もうっすらと微笑んで答えてくれた。


「分かったぁ。約束。私の信用を勝ち取ってね?」


可愛らしい笑顔だ。まるで天使のようだ。

うっすら暗くなった空の下で、一色とそんな約束をしたのだった。



※お詫び※


コメントでも複数のご意見をいただきました、一色萌が「暴力」と「正当防衛」を同一視している件については、後ほど回収する意図で敢えてそのように表現しております。

分かりづらい描写となってしまい申し訳ございませんが、何卒ご容赦ください。

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