第27話 街を導く革新と決断

 数日後。ギルド会議室に、各クランの代表者が集められた。

 木製の机の上に置かれたのは、問題の”アイテム袋”。

 淡い光を縫い目に宿しながら、静かにその存在を主張している。


 室内にざわめく声が広がった。


「本当に……販売するのか?」

「独占していれば、どれだけ有利に立てるか……」


 セレスは立ち上がり、視線を一巡させる。


「この袋は、確かに私とアルディスが作りました。でも、あくまでこれは“道具”です。交渉の切り札として独占するよりも、街を維持するために広く使われた方が意味があると考えました」


 その言葉に、幾人かが目を見開く。


「……売ってくれる、ということでいいんだな?」


「はい。ただし条件付きですね」


 セレスは淡々と告げた。


「一つのクランにつき最大三袋まで。まずは一袋を私たちが直接渡し、使い方と注意を説明します。そして……メンテナンスは必ず私とアルディスに依頼してください。今のところ、この術式を維持できるのは、私たち二人だけですから」


 場が再びざわめいた。


「……つまり、結局はお前たちに依存しなければならない、ということか」

「独占しないように見えて、管理権限は手放していない……なるほどな」


 反発と納得の入り混じる空気の中で、セレスは付け加える。


「数を制限しているのは、単純にメンテナンスできる数に限界があるからです。いまのところ、工房組にも維持を任せられる者はいません。ですから、不具合が起きれば私たちが直すしかない。だからこそ、今はこの数で精一杯なんです」


 その説明に、クラン代表たちは押し黙った。

 不満を覚える者もいたが、同時に“他の誰も真似できない”という現実を突きつけられ、渋々頷くしかない。


「……なるほど。数を絞るのは、独占のためじゃなく、技術的な制約か」

「だが、それなら仕方ないかもしれん……」


 幾人かは安堵の息を吐き、また幾人かは複雑な表情で視線を伏せた。

 だが全員が理解した。結局のところ、この袋を使えるかどうかはセレスとアルディスに委ねられている――その一点だけは揺るがないと。


 反発と納得の入り混じる空気の中で、アルディスが肩をすくめて笑った。


「文句があるなら、自分たちで作ってみりゃいい。だがな――俺たちのやったことは、“魔法を分解して縫い付ける”なんて真似だ。簡単には、できやしねぇ」


 誰も言い返せなかった。

 ゲーム時代でさえ、セレスとアルディスのように極限まで詠唱や生産を突き詰めたプレイヤーは一握りしかいなかった。今、この現実で同じ境地に至れる者がどれだけいるか――答えは明らかだった。


 会議が終わった後。

 集会所を出たセレスの背に、仲間たちの視線が集まる。


 ガルドは腕を組み、苦笑しながら言った。


「……まったく。独占して威張り散らすこともできたのに、わざわざ分け与えちまうなんてよ」


 ヴァレリアも肩を竦める。


「“街のため”とか言ってたけどさ。本当は、困ってる”仲間”を放っておけないだけなんでしょ」


 セレスは一瞬だけ言葉に詰まり、視線を逸らした。


「……どうしてもね、損得だけで割り切る気にはなれないの」


 カイがにやりと笑う。


「やっぱりお人好しだな。抑止力になるどころか、逆に借りを作って返される展開じゃねぇのか?」


 リリィは不安げに眉を寄せつつも、柔らかく言った。


「でも、セレスさんがそうするって決めたなら……私は応援します。だって、きっとその方が、みんなが助かるんだもん」


 アルディスは最後に大きく笑い、肩を叩いた。


「お人好し上等だ。俺は嫌いじゃねぇぞ。道具は使われてこそ意味がある。お前のやり方が一番、この街を動かすんだろう」


 セレスは仲間たちの声を受け、胸の奥で小さく笑みを浮かべた。

(お人好し、か……でも、それでみんなが生き残れるなら、それでいい)


 瓦礫の街に沈む夕陽が、彼女たちの背を赤く染めていた。

 袋一つから始まった取り組みは、やがて街を支える礎となり、同時にセレスの人柄そのものを映す象徴となっていった。


***


 ”アイテム袋”が各クランに一つずつ渡されてから数日。

 それぞれの拠点では、興奮と困惑が入り混じった声が飛び交っていた。


「……本当に、これ一つで荷物が片付くな」

「重量もない……まるで昔のインベントリだ」


 だが同時に、もう一つの声も絶えなかった。


「――解体して分析するべきじゃないか?」


 ある大手クランの会議室。

 机の上には”アイテム袋”が置かれており、周囲を囲む数名の職人たちが腕を組んで睨みつける。

 その眼差しには、欲望と焦燥が入り混じっていた。


「縫い目に術式が刻まれているのは分かる。だが、どう繋がっているのかまでは見えない。もし糸を一本でも外せば……間違いなく術式が崩壊する」


「縫い直せば戻せるのでは?」


 幹部が問う。期待を込めた声だったが、職人は悔しげに首を振った。


「無理だ。あの縫製は、単なる模様じゃない。“一針ごとに魔力の流路が刻まれている”。どの順番で縫われ、どんな力の流れを前提に組まれたか――設計図なしでは絶対に再現できん」


 その断言に、場の空気が凍りつく。

 別の職人が口を開いた。


「ましてや、収納・封印・重量軽減の三つを同時に走らせている。普通なら干渉して暴発するはずだ。これを安定させているのは……魔法を分解して理解したセレスと、それを縫い物として形にしたアルディス、二人の合わせ技だ」


 沈黙が広がった。

 やがて幹部の一人がぼそりと呟く。


「……つまり、“神工”と“神滅”という名は、伊達ではなかったというわけだ」


 誰も軽々しく笑うことはできなかった。

 静まり返った空間に、重苦しい現実がのしかかる。


(もし、セレスとアルディスに何かがあれば――この技術は失われる)


 誰もがその可能性を悟った。

 便利な袋は街を支える礎となるだろう。だが同時に、それを維持できるのは、たった二人しかいない。彼らの存在そのものが、この街の運命を左右する。


 そしてもう一つ、誰もが胸の奥で理解していた。


 ――これは始まりにすぎない。


 アイテム袋は、たまたま最初に形になった成果にすぎないのだ。

 魔法を分解し、アイテムとしても再構築することができるのなら――収納袋だけでは終わらない。武具の強化、防御結界の応用、あるいは全く新しい魔導具の創造。

 彼らなら必ず次を生み出す。そう直感させるだけの説得力が、この小さな袋にはあった。


「……二人を敵に回すのは愚かだ。だが同時に、彼らの“次”をどう扱うかで、俺たちの立場は決まる」


 幹部の声に、会議室の空気がさらに重く沈む。

 袋一つが示したのは、便利さだけではなかった。

 セレスとアルディスという二人の存在が、街の未来を形作る――その現実を、誰も否応なく突きつけられていた。


***


 焚き火を囲む仲間たちの輪で、ガルドが酒を一口あおりながら笑った。


「街中の職人が袋を解体しようとしたが、皆そろって“無理だ”の一点張りだとよ。……やっぱり、この二人は別格だな」


 ヴァレリアは半眼でセレスを見やり、皮肉めいた笑みを浮かべた。


「魔法を解体して、作り直す……それを当然みたいな顔でやるんだから」


 カイも加わる。


「俺たちも当たり前に使ってるけどさ。普通なら、火球一つ改造するってだけでも大事だぜ? それを袋みたいな日用品に応用するなんて……やっぱ頭おかしいんだよ」


 リリィは不安げに、だが誇らしそうに微笑んだ。


「頭おかしいなんて……でも、セレスさんだから信じられるんですよ。みんなを守るために作ってくれてるって分かるから」


 アルディスは焚き火の薪を突きながら、豪快に笑った。


「俺とセレスの二人が揃ってなきゃこれは形にできてないな。工と滅、作る奴と壊す奴。……皮肉な組み合わせだな」


 セレスは皆の言葉を受け止め、静かに瞳を伏せた。

 焚き火の炎が揺らめき、仲間の影を照らす。


 だが、全てが順調というわけではないことも忘れてはならない。


 セレスは夜、工房の片隅で羊皮紙に術式を書き込んでいた。

 その額には珍しく疲労の色が濃い。


「……どうやっても、うまくいかない。攻撃や補助系なら組み直せるのに、回復系は……」


 机に並んだのは、幾度となく失敗した試作の術式。触れれば魔力は流れるのに、効果は薄いか、時にまったく発動しない。


 リリィが心配そうに覗き込む。


「セレスさん……」


 セレスは苦笑し、肩を竦める。


「私はどこまでいっても魔法師。攻撃や補助系の詠唱には慣れているけど、僧侶の回復系の術は、言葉の組み立てが根本的に違う。自分で詠唱ができないから魔法陣の工程を分解しても、理解が追いつかないの」


「……だから、進みが遅いんですね」


 リリィは小さく頷いた。


「ごめんね。本当は回復魔法の安定化を最優先にしたかったんだけどね」


 セレスの声には悔しさが滲む。


 リリィは胸の前で杖を抱きしめ、決意を込めた瞳で彼女を見つめた。


「……それなら、私がやります。セレスさんの“分解の仕方”を学んで、回復の解析を引き受けます」


 セレスは驚き、目を瞬いた。


「リリィ……?」


「私、僧侶です。当然、回復魔法の詠唱は慣れてます。だから詠唱の意味から魔法陣を“翻訳”できるはずです。セレスさんが仕組みを教えてくれれば……回復魔法もきっと、新しい形にできます」


 その言葉に、セレスはしばらく黙り込んだ。

 やがて、ふっと微笑む。


「……そうね。魔法師の私だけでは限界があるね。リリィと一緒なら突破できるかもしれない」


 リリィは勢いよく頷いた。


「はい! セレスさんに教わったこと、全部役立てますよ!」


 焚き火の輪に戻ると、ガルドやヴァレリア、カイたちが待っていた。


 彼らは既に気づいている。セレスが道具を独占せずに分け与えたのも、回復解析を一人で抱え込まずリリィに託したのも――彼女の“お人好し”な性格ゆえだ。


 ガルドは酒瓶を掲げ、にやりと笑う。


「……ま、セレスは色々と背負い込むタイプだからな。だが、仲間に任せるのも悪くないだろうさ」


 ヴァレリアとカイは肩を竦め、火の粉を眺めながら言う。


「お人好しでなきゃ、こんな袋を他所に売るなんてできないでしょうよ」


「結局、それが一番強いんだよな。誰も真似できねぇから、余計に旗印になる」


 リリィは少し照れながら、それでも胸を張った。


「セレスさんのやり方……ちゃんとついていきますから」


 焚き火の炎が高く舞い上がり、その光が皆の顔を赤く染めた。

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