うしろむきバギー
前野チロル
第1話『納期は昨日のドラゴン退治』
2085年、モンスターと人間が共存する近未来都市「ネオ・シガラキ」。モンスターの脅威から人々を守るハンターたちは英雄視されるが、その裏では彼らを支える者たちがいる。
「ミヤガチョー」
伝説のハンター「ミヤガ」が創業した装備製造企業で働く営業マン・バギーは、ハンター試験に落ちた過去を持つ。戦闘スキルはないが、モンスター学の知識と熱意でハンターの無茶な要求に応え、ドタバタの毎日を送る。D級ハンターのピンチを救い、知能高いモンスターと契約を交わし、S級ハンターの無理難題に挑む――
今日もバギーは働けど。。。
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朝の「ネオ・シガラキ」は、モンスターの咆哮とハンターの喧噪で騒がしい。ミヤガチョー本社の営業部、雑然としたデスクの片隅で、バギーはコーヒーを啜りながら、今日のスケジュールを睨んでいた。画面には赤字で
「緊急:D級ハンター・タロウ様 納品確認」
とある。
「やばい、今日だっけ…?」
バギーの記憶は曖昧だ。昨日、タロウから「火炎耐性の盾、明日までに頼むぜ!」と電話があったのは確か。だが、納期の詳細をメモし忘れた彼の脳内カレンダーは、モンスターに荒らされた廃墟のよう。
「まぁ、大丈夫っしょ。タロウ、いつも大げさに騒ぐだけだし。」
そう呟いた瞬間、スマホがけたたましく震えた。「タロウ(D級)」の文字。嫌な予感が背筋を這う。
「バギー! 盾はどこだよ! ドラゴンが今、俺の目の前で火ぃ吐いてんだ!」
「え、ちょ、待って! 明日って…今日!?」
「昨日だよ、昨日! もうクエスト始まってんだ! 早く持ってこい!」
電話の向こうで、タロウの叫びとドラゴンの咆哮が混じる。バギーは椅子から転げ落ちそうになり、慌てて工場に電話をかけた。
ミヤガチョーの工場は、ネオ・シガラキ郊外の巨大施設だ。モンスターの鱗や骨を加工する機械音が響き、社員は白衣にゴーグルで戦闘的。バギーは受付で工場長のマツオカに頭を下げた。
「マツオカさん、お願い! 火炎耐性の盾、なんとか今日中に!」
「バギー君、納期昨日って聞いてるよ? タロウさん、災害級ドラゴンのクエストでピンチらしいじゃん。」
「え、昨日!? うそ、マジで!?」
バギーの顔が青ざめる。マツオカは呆れた顔でタブレットを叩き、試作品のリストを表示。
「在庫は…ないな。試作の『耐熱シールドMk-II』ならあるけど、テスト未完了だよ。使う?」
「使います! なんでもいいです! タロウが死んだら俺のクビも飛ぶ!」
「ったく、毎度毎度。…あ、間違えて『防水ネット』送っちゃった」
「え、ネット!? 盾は!?」
「こ、細かいこと気にするな!ほら、急げ!」
バギーは半泣きで試作品の箱を抱え、社用バイクでクエスト現場へ向かった。
現場はネオ・シガラキ郊外の岩場。赤黒い鱗のドラゴン「エンホムラ」が火炎を撒き散らし、タロウがボロボロの剣で応戦していた。
「バギー! 遅えぞ! 死ぬかと思った!」
タロウは20代後半、ガタイのいいD級ハンター。バギーと同じくハンター試験に落ちた過去を持ち、口は悪いが盟友だ。
「ごめん、タロウ! 盾…じゃなくて、ほら、これ!」
バギーが差し出したのは銀色のネット。タロウの目が点になる。
「ネット!? お前、俺を捕まえる気か!?」
「いや、違う! 防水だから、ほら、熱も防げる…はず!」
「はぁ!? バカか、お前!」
ドラゴンが咆哮し、火炎が迫る。バギーは咄嗟にネットを広げ、タロウと一緒に飛び込んだ。ネットは意外にも熱を分散し、火炎を凌いだ。
「…マジか、効いてる!?」
タロウが驚く中、バギーは叫んだ。
「ほら、言ったろ! ミヤガチョーの技術はすごいんだよ!」
「いや、絶対これ設計ミスだろ!」
二人の掛け合いの隙に、ドラゴンが再び火炎を放つ。タロウはネットを盾に剣を振り、ドラゴンの目を突いて動きを止めた。バギーは岩陰で「やれ、タロウ! 目が弱点だ!」と叫び、モンスター学の知識をフル活用。
クエストはなんとか成功。ドラゴンは倒され、タロウは傷だらけながら生還。バギーは汗と煤でドロドロになりながら、タロウと岩場に座り込んだ。
「お前、いつもこうだよな。遅れるし、変なもん持ってくるし。」
「へへ、でも勝ったじゃん。ミヤガチョーのネット、悪くなかったろ?」
「…まぁ、な。次はちゃんと盾持ってこいよ。」
タロウがビールの缶を投げてよこす。バギーは受け取りながら、ふと思った。
「なぁ、タロウ。俺たち、昔はハンターになるって夢見てたよな。」
「…ああ。試験落ちたけど、こうやって戦えてる。お前も、変な形で戦ってるよな。」
バギーは笑った。ハンターじゃない自分でも、こうやってタロウを支えられたなら、悪くない。
「次はちゃんと納期守るよ。」
「信じねえ!」
二人の笑い声が、夕暮れの岩場に響いた。
翌日、ミヤガチョーの営業部。バギーのデスクに、タロウからの手紙が届いていた。
「バギー、助かった。次は盾な。」
短い文面に、バギーはニヤリと笑う。だが、上司の怒号が背後から飛んできた。
「バギー! 試作品のネット、勝手に持ち出したな! 弁償だ!」
「えー! タロウが勝ったのに!?」
営業部に笑い声が響く。バギーの戦いは、今日も続く。
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