第2話『モンスターが営業に来た日!?』

ネオ・シガラキの朝は、遠くで響くモンスターの咆哮と都市の喧騒が交錯する。ミヤガチョー本社の営業部は、書類の山とコーヒーの香りが漂う雑然とした空間だ。


バギーはデスクに突っ伏し、昨日のD級ハンター・タロウとのドタバタを思い出していた。試作品の防水ネットでドラゴンの火炎を防ぐ奇跡を起こしたが、上司の「弁償しろ!」という怒号が耳に残る。


「はぁ…今日くらいは静かであってくれよ…」


バギーがコーヒーを啜ろうとした瞬間、受付からのインカムがけたたましく鳴った。


「バギーさん、来客です! えっと…めっちゃ変なお客様で…」

「変な? まさかタロウがまたクレーム持ってきた?」

「いや、えっと…モンスターです!」


バギーの手からカップが滑り落ち、床で派手に割れた。コーヒーが書類に飛び散り、隣のデスクのサクマがニヤニヤ笑う。

「バギー、モンスター相手に営業すんの? お前、トラブルメーカーすぎだろ!」

営業部の空気がざわつき、受付のモモがインカム越しにヒソヒソと続ける。


「バギーさん、マジで大丈夫? モンスターなんて絶対ヤバいよ! なんか企んでるに決まってる! ハンター呼んだほうがいいんじゃない?」

「だ、大丈夫だって! たぶん…ちょっと見てくるよ!」


バギーの声は震えていた。モンスター学の講義で「知能種モンスターは対話可能」と学んだが、実際に会社に来るとは。心臓がバクバクしながらも、好奇心がムクムクと湧いてきた。


ミヤガチョーの受付ロビーは、ガラス張りのモダンな空間だ。そこに、青い羽毛に覆われた小型の鳥型モンスターがドンと立っていた。体長50センチ、赤い目がギラリと光り、鋭い嘴には知性が宿る。首には革製の小さなバッグ――名刺入れらしきもの――がぶら下がり、まるで営業マンだ。


「フン、こんなしょぼい場所で人間のトップ企業だと? オレはグリム。ミヤガチョーの担当者に用がある。」

グリムは人間の言葉を流暢に話しつつ、バギーを上から目線で睨んだ。バギーはその威圧感にビクッとし、名刺入れから20枚ほど名刺をばら撒いてしまった。


「うわっ、ご、ごめんなさい! ミ、ミヤガチョー営業部のバギーです! あの、モンスターさんが…営業!?」


「フン、ビビるなよ、人間。オレら知能種は、お前らより頭いいんだ。話、聞く価値はあるぞ。」


グリムの赤い目がバギーを射抜く。ロビーの社員たちがヒソヒソと囁き合う。

「モンスターが会社に来るなんて…絶対スパイだろ! ハンター呼べよ!」

「バギー、騙されないで! 危ないって! 警備員に連絡しよう!」

同僚たちの不信感が漂う中、バギーはグリムの傲慢な態度に怯えつつ、なぜか引き込まれ、会議室に案内した。


グリムが飛び跳ねながらついてくる姿に、思わず「カワイイ…?」と呟き、グリムに「人間、舐めるな!」と一喝された。


会議室は、白い壁と大型モニターが並ぶシンプルな部屋だ。グリムはバギーのデスクに飛び乗り、コーヒーを一口飲むと、「ブウェッ。人間の飲み物、まっじぃ!」と吐き出し、バギーの書類を汚した。バギーは慌ててティッシュで拭き、ビクビクしながら笑顔を絞り出した。

「グ、グリムさん、コーヒー苦手ですか? 今度、モンスター向けのジュース用意しますよ!」

「フン、気が利くじゃねえか。だが、気安く話しかけるなよ、人間。で、話聞いてくれ。」


バギーは椅子に縮こまりながら、グリムの提案を促した。


「ミヤガチョーの武器、問題だ。ハンターがあれでオレらをバンバン殺す。共存しろよ、人間。」


バギーは耳を疑った。モンスターが共存を提案? ミヤガチョーのビジネスは討伐装備が主力だ。

「で、でも、うちの武器はハンターの命を守るために…」

「命を守る? 笑わせるな。殺すだけじゃ何も解決しねえ。オレらの仲間にも生きる権利がある。捕獲用睡眠罠、改良しろ。」


グリムの提案に、バギーは目を丸くした。ミヤガチョーの「捕獲用睡眠罠」は、モンスターを傷つけず眠らせる装置だが、効果が不安定で実用性が低く、売れ行きは壊滅的だ。

「睡眠罠…ですか? あれ、ぶっちゃけ不評で…売れてないんです…」

「だから改良しろよ、人間。オレの仲間を守るためだ。できるよな?」

グリムの威圧的な視線に、バギーはゴクリと唾を飲み込んだ。ハンター試験に落ちた夜、「モンスターと共存できたら」と語った夢がよぎる。

「グ、グリムさん、なんで人間と話そうと思ったんですか? モンスターがこんなこと…珍しいですよね。」

グリムは羽を整え、冷たく笑った。

「フン、人間ごときに話す必要ねえが…まぁいい。昔、オレの故郷の森がハンターに襲われた。仲間が死に、オレは逃げた。悔しかったが、人間を憎むだけじゃ意味ねえ。オレは頭いいからな、別の道を見つける。人間を利用してでもな。」

グリムの言葉には、モンスターのプライドと切実な願いが混じる。バギーはその声に震えつつ、共感が芽生えた。


「…グリムさん、俺、信じます。怖いけど…あなたの気持ち、なんか分かる気がするんです。」

グリムの目が一瞬揺れ、「フン、ビビりな人間にしてはマシだな。名前、バギーって言ったか? 覚えたぞ」と呟いた。バギーは怯えながらも、グリムの小さな信頼を感じ、胸が熱くなった。


バギーは開発部のポリコに連絡した。ポリコはバギーの幼馴染で、25歳のメガネ白衣の技術者。会議室に入るなり、グリムを見て目を輝かせた。

「うわ、知能種の鳥型! グリム種! 羽の構造、めっちゃ参考になる!」

「オイ、勝手に観察すんな、人間!」

グリムが嘴をカチカチ鳴らし、ポリコを睨む。バギーが慌てて割って入った。

「ポリコ、グリムさんが捕獲用睡眠罠を改良してほしいって。共存用の装備だよ。」

ポリコのペンが止まり、グリムに冷ややかな視線を向けた。

「はぁ? モンスターが営業? バギー、騙されてるよ! こいつ、絶対何か企んでる! 睡眠罠なんて改良したって、モンスターがハンターをハメるために使う気じゃん!」

「人間、舐めた口聞くな! オレは仲間を守るだけだ!」

グリムが羽を広げ、会議室がピリつく。バギーはビクビクしながら仲裁した。

「ま、待って! ポリコ、グリムさんの話、聞いてみてよ。共存はミヤガチョーの新市場になるよ!」

ポリコは腕を組み、鼻を鳴らした。

「バギー、モンスターなんて信用できない。睡眠罠は売れないゴミ装備だよ。改良したって無駄。こいつ、裏で何か企んでるに決まってる!」

バギーはグリムの威圧感に怯えつつ、その真剣な目を思い出した。

「ポリコ、俺もグリムさん怖いけど…でも、なんか本気なんだ。昔、俺も共存の夢見てた。試してみようよ!」

ポリコは渋々頷き、グリムに鋭い視線を投げた。

「…技術的には面白いけど、失敗したらバギーのせいだから。モンスターが裏切ったら、私がハンターに通報するよ。」


グリムがバギーに小さく頷き、「この人間、ビビりだがマシだな」と呟いた。バギーはその言葉に、怯えながらも小さな勇気が湧いた。 翌日、バギーは上司のレオン部長のデスクに土下座していた。


━━━━━━━━━━━━━━━


「バギー! モンスターと契約!? 正気か!? モンスターなんて信用できるわけない! 睡眠罠なんて売れないゴミだぞ!」

レオンは50代、モンスターを「敵」としか見ない古株だ。

「部長、グリムさんは本気です! 共存装備は新市場を開拓できます! 睡眠罠を改良すれば、売れる可能性が…」

「売れる? あのゴミが? モンスターの罠だろ! お前、洗脳されてんじゃないか?」


バギーはグリムの「別の道を見つける」という言葉を思い出し、震える声で訴えた。

「部長、試作品だけでも! 失敗したら、俺のボーナス全部カットでいいです!」

レオンは渋い顔でタブレットを叩き、「試作品だけだ。モンスターが裏切ったら、ハンターに即通報するぞ!」と吐き捨てた。 数日後、バギーはグリムをカフェに招いた。グリムはモンスターゾーンに住む知能種の代表で、仲間を守るために奔走していた。バギーは特注の果実ジュースを用意し、グリムに渡した。


「人間、こんなもの飲むのか? まぁ、試してやるよ。」

グリムが一口飲み、意外にも目を輝かせた。「悪くねえな、人間」と呟き、バギーはホッとした。

「グリムさん、なんで人間と話そうと思ったんですか? 怖いけど…俺、知りたいんです。」


グリムは窓の外を見ながら、冷たく笑った。

「フン、人間ごときに話す必要ねえが…忘れもしねぇ。3年前、オレは人間に助けられた。オレが罠に引っかかってた時、そいつは殺さず逃がしてくれた。人間も、たまにはマシなやつがいるって思ったんだ。だが、仲間は人間を恐れてる。オレがこうやって話すの、反対するやつも多い。」

バギーはグリムの話に震えつつ、共感が湧いた。


「俺も…ハンター試験落ちて、夢諦めたんですけど、共存の夢は捨ててなかった。グリムさん、怖いけど…俺、信じたいです。」


グリムがバギーの肩に嘴で軽くつつき、「バギー、オレはお前のこと嫌いじゃねえぞ」と呟いた。バギーはビクッとしつつ、笑顔がこぼれた。 数週間後、試作品「捕獲用睡眠罠Mk-II」が完成。モンスターを傷つけず眠らせる改良版だ。効果時間は従来の10倍、安定性も向上したが、市場の不信感は根強い。テストは訓練場で行われ、グリムが被験者として飛び回る。罠が作動し、グリムがふわっと眠り、地面に着地。バギーとポリコが歓声を上げた。


グリムが目を覚まし、「フン、悪くねえ。だが、デザインがダサいぞ」と一言。バギーは「え、デザインまで!?」と叫び、ポリコが「モンスターのくせに生意気!」と突っ込む。レオン部長は遠くから睨み、「モンスターが満足しても、売れなきゃ意味ないぞ」と吐き捨てた。


バギーはグリムに提案した。「グリムさん、俺、睡眠罠の売れ行き上げるために、モンスターゾーンでデモやってみませんか? ハンターに見せれば、共存の価値、伝わるかも!」

グリムがニヤリと笑い、「人間、なかなかやるな。乗ったぜ」と答えた。 その夜、カフェテリアでバギーとポリコがビールを飲む。


「バギー、なんであんなモンスター信じたの? 私、まだ信用できないんだけど。」

「グリムさん、怖いけど…なんか、昔の俺の夢に似てたんだ。共存の第一歩、踏めたらいいなって。」

ポリコが笑い、「バカバギー、たまにはカッコいいじゃん」と呟く。窓の外からグリムが嘴でガラスを叩き、「オイ、バギー! 契約書、準備しろ!」と叫ぶ。バギーは名刺を10枚渡してしまい、グリムが「多すぎだ、バカ!」と飛び去った。 翌朝、バギーのデスクに、グリムの羽で書かれたメモが。


「睡眠罠の製造分の請求書が届いてないが、支払いは完了しているということか? あと、あのダサいデザイン直せ。グリム」

バギーは笑いながら、慌てて請求書を確認し、レオンの不信感を乗り越える戦いを覚悟した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

うしろむきバギー 前野チロル @chirorumaeno

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画