第2話 筏クラフトだ!


「話が違うぞポンコツ女神ーーーっ!!」


 俺の魂の叫びは、どこまでも広がる大海原に虚しく吸い込まれていった。

 返ってくるのは、ざぱん、という無慈悲な波の音だけ。


 改めて、周囲を見渡す。

 空、海、雲、太陽。それだけ。

 視界を360度どこに回しても、陸地の「り」の字も見当たりやしない。


「ど、どうする……どうすれば……」


 完全にパニックだった。

 このままじゃ、体力が尽きて溺れるか、喉が渇いて干からびるか。どのみち待っているのは「死」だ。

 一度死んだ身とはいえ、二度目の死はさすがにごめんだった。


 焦りで手足をばたつかせたせいで、ごぼり、と海水を飲んでしまう。

 苦しさと、本能的な死の恐怖が全身を駆け巡った、その瞬間。


 ――貴方にぴったりの力もご用意できますよ。ユニークスキル『万物創生(オール・クラフト)』


 脳裏に、あのポンコツ……いや、女神様の言葉が蘇った。

 そうだ、俺にはスキルがある!


 藁にもすがる思いで、俺は意識を集中した。

 すると、まるでゲーム画面のように、目の前の空間に半透明のウィンドウが浮かび上がった。


 

《万物創生(オール・クラフト)》

 ・【鑑定】:対象の情報を閲覧します。

 ・【収納】:対象をインベントリに格納します。

 ・【創造】:設計図に基づき、アイテムを創造します。


 

「これだ……! これしかない……!」


 俺は、すぐ近くに浮かんでいた手頃な大きさの木の棒に、必死に手を伸ばした。

 そして、震える声で念じる。


「――鑑定!」


『塩水を吸った流木:漂流しているただの木。特に価値はないが、加工は可能』


 脳内に、直接情報が流れ込んでくる。

 すごい……本当に鑑定できた。

 俺は興奮を抑えながら、次のコマンドを念じた。


「――収納!」


 すると、俺が触れていた流木は、ふわりと淡い光の粒子に変わり、一瞬で目の前から消え去った。

 代わりに、頭の中に「インベントリ」とでも言うべき仮想空間に、今しがたの流木が格納されたイメージが浮かぶ。


「おお……! おおおおっ!」


 思わず声が出た。

 これなら、いけるかもしれない!

 希望を見出した俺は、近くに漂っていた割れた木の板や、古びたロープの切れ端、漁で使うブイなどを、次々と鑑定してはインベントリに収納していった。

 素材が集まっていく感覚は、まるでゲームのアイテム集めのようで、少しだけ楽しくなってくるから不思議だ。


 ある程度、材料が集まったところで、俺は強くイメージした。

 ――人が一人、安定して乗れるくらいの、頑丈ないかだを!


 脳内に、インベントリ内の素材を使った設計図がパッと展開される。

 これだ!

 俺は、海面を叩いて叫んだ。


創造クリエイトッ!」


 その瞬間、俺の目の前の空間が眩しく輝いた。

 インベントリから射出された流木や木の板が、設計図通りに組み合わさり、ロープが自動でそれらを固く固く縛り上げていく。

 光が収まった時、そこには見事な一人用のいかだが浮かんでいた。


「はは……できた……」


 俺はいかだに這い上がり、その上に大の字になった。

 もう溺れる心配はない。その事実に、心の底から安堵のため息が漏れた。


 だが、安堵したのも束の間だった。

 ぎらぎらと照りつける太陽が、容赦なく俺の体力を奪っていく。

 喉が、焼けるように渇いていた。


「水……水が飲みたい……」


 しかし、周りは海水だけだ。飲めば余計に喉が渇く。

 どうする……? いや、待てよ。

 俺は、ある可能性に思い至った。


 ダメ元で、俺はいかだの縁から手で海水を掬い、それを「収納」する。

 そして、強く、強く念じた。

 ――不純物や塩分を完全に取り除いた、ただの綺麗な真水を!


「創造!」


《海水を素材として『真水』を創造します》


 脳内に響いたメッセージに、俺はガッツポーズをした。

 やった! できた!

 だが、喜びも束の間。この真水をどうやって飲む?

 容器だ。容器が必要だ。


 俺は再びインベントリ内の素材リストを開き、手頃な太さの流木を選ぶ。

 イメージするのは、蓋つきの水筒だ。


「創造!」


 インベントリから飛び出した流木が、瞬く間にその形を変え、俺の手にぽとりと落ちてきた。

 それは、見事なまでに滑らかな、木製の水筒だった。


 俺はすぐにその水筒に、クラフトしたばかりの真水をインベントリから注いで満たし、蓋をあけて一気に呷った。


「ぷはーっ! ……うまいっ! 人生で一番うまい水だ!」


 ただの水が、これほどまでに体に染み渡るのか。

 生き返る、とはまさにこのことだろう。


 喉の渇きという最大の危機を乗り越え、冷静さを取り戻した俺は、次に「空腹」という課題に取り組むことにした。

 いかだの上から海中を覗き込むが、魚の姿はあれど、素手で捕まえられるわけもない。


「……となれば、やることは一つだよな」


 俺はインベントリを開き、釣竿の素材になりそうなものをリストアップした。


「竿は、このしなり具合の良い細長い流木で決まり。問題は、釣り糸と釣り針だ」


 都合よく釣り具セットが流れてくるわけもない。

 だが、俺には『万物創生』がある。


「そうだ、このボロボロの漁網の切れ端……これをスキルで一度繊維レベルまで分解して、一本の丈夫な糸に再構築すれば……よし、創造!」


 インベントリ内で、漁網が光の粒子となり、一本のしなやかで頑丈な糸へと姿を変える。


『頑丈な釣り糸』が完成した。


「針は……この錆びた金属片を加工しよう」


 漂流していた何かの機械の部品だろうか。これを鋭く、返しのある釣り針の形にイメージして、創造する。


『鋭い釣り針』が完成した。


 最後に、これらを組み合わせて、『サバイバル釣竿セット』を創造した。

 見た目は不格好だが、機能性は十分だろう。


 釣りを始めようとした矢先、都合よく緑色の海藻の塊が流れてきた。

 鑑定すると『食用可能。雑食性の魚が好む成分を多く含む』と出たので、すかさず収納する。


「餌はこれを使うか」


 俺はその海藻の一部をすり潰すイメージでクラフトし、団子状の釣り餌と、ついでに人間用の海藻サラダを作っておく。


 そして、釣り開始。

 特製の練り餌を針につけて海に垂らすと、驚いたことに、ものの数分で竿がぐぐっと大きくしなった。


「うおっ! きた!」


 ずしりとした重みに耐えながらリール代わりの糸を巻き上げると、水面を割って銀色の魚体が飛び跳ねた。

 いかだの上に釣り上げたのは、30センチほどの、見事な魚だった。


「結構大きいな……。念のため、鑑定しておくか」


 

『シルバースケイル』

:近海を回遊する、比較的温厚な魚。鱗が銀色に輝いて見えることから名付けられた。白身で淡白だが旨味があり、塩焼きにすると絶品。毒はない。


 

「シルバースケイル……か。塩焼きが絶品、ありがたい!」


 俺はその魚をインベントリにしまうと、ニヤリと笑った。

 火はない。だが、このスキルなら……!


「焼き魚を、創造!」


《警告:熱源が存在しません。スキル効果による代替調理(魔法的加熱)を実行しますか?コストとしてインベントリ内の木材を消費します》


「もちろん、YESだ!」


 インベントリ内の魚が淡い光に包まれ、次の瞬間、俺の手元には湯気の立つ、完璧な塩焼きの魚が出現していた。

 香ばしい匂いが、鼻腔をくすぐる。


 いかだの上、沈みゆく夕日を眺めながら、俺は自らの手で確保した食料を広げた。

 木の水筒に入った真水。海藻サラダ。そして、温かい焼き魚。

 これ以上ない、完璧なディナーだ。


 俺は焼き魚にかぶりついた。

 ほくほくとした白身と、絶妙な塩加減が口の中に広がる。


「……うん、なかなかいけるじゃないか」


 一口食べるごとに、生きている実感と、未来への希望が、腹の底から湧き上がってくるようだった。

 俺は夕日に向かって、ぐっと拳を握りしめる。


「このスキルさえあれば……絶対に生き延びて、陸地にたどり着いてやる。そして、あのポンコツ女神に一発文句を言ってやらなきゃ、気が済まないからな!」


 こうして、俺の異世界サバイバル生活は、希望と共に本格的な幕を開けたのだった。

 

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