異世界で漂流したので、万能クラフトスキルで無人島を開拓します

みんと

第1話 転生したら海でした!


 俺――海野 陸(うみの りく)の人生は、灰色だった。


 ブラック企業で、来る日も来る日もモニターと睨めっこ。

 そんな俺の唯一と言っていい彩りが、週末のDIYだった。


 ホームセンターで木材を買い込み、ノコギリで切り、ネジを締め、形にしていく。

 不格好な棚でも、少しガタつく椅子でも、自分の手で「何か」を生み出す瞬間だけが、俺が生きていることを実感させてくれた。


「もっと、自由に……もっと色々なものを、この手で作りたかったなあ……」


 それが、俺の最後の記憶だった。

 デスクに突っ伏し、そのまま永遠に目覚めることはなかった。過労死だった。


 ……はずなのだが。


「……あれ?」


 俺は、真っ白な空間にぽつんと立っていた。

 床も、壁も、天井もない。どこまでも純白が続いている。

 そして、目の前には……とんでもない美女が、にこにことこちらを見ていた。


 透き通るような金色の髪、海のように深い青色の瞳。

 純白のドレスをその身にまとい、現実離れしたその美貌は、まさに神々しいの一言に尽きた。

 

「あの、すみません……ここは?」


 俺が戸惑いながら尋ねると、目の前の美女は慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。

 その仕草一つで、場の空気が和らぐような不思議な感覚があった。


「ここは神域とでも言うべき場所、でしょうか。わたくしは、この世界の管理を担う女神の末席に連なる者です」


 穏やかで、透き通るような声。

 彼女は俺の目を見つめると、少しだけ眉を下げて、申し訳なさそうに続けた。


「海野 陸さん……で、お間違いないですね。単刀直入にお伝えしなければなりません。貴方は、その……残念ながら、現世での生を終えられました」


 やはり、か。

 どこかで予感はしていた。

 俺が静かに頷くと、女神は少しほっとしたように表情を緩めた。


「……ですが、わたくし、貴方の魂を拝見したのです。そのモノづくりへの尽きせぬ情熱は、まるで星のように強く、美しく輝いていました」


 彼女はそう言うと、ふふっ、と嬉しそうに微笑む。


「その輝きに、わたくし、思うところがありまして。……ええ、よろしければ、新たな世界で第二の人生を歩んでみませんか? もちろん、ささやかな贈り物……貴方にぴったりの力もご用意できますよ」


「異世界……転生……」


 まるで夢物語だ。

 だが、目の前の女神の存在が、それを現実なのだと告げている。


「貴方なら、きっと素晴らしいものをたくさん生み出してくれるでしょう。例えば……こんな力はいかがかしら? ユニークスキル『万物創生(オール・クラフト)』」


「万物創生……?」


「ええ。触れたものの本質を理解し、その手でイメージした通りのものを自在に創造できる力です。貴方のためのスキル、と言っても過言ではありませんよ」


 女神の説明に、俺の心は一気に沸騰した。

 なんだその神スキルは!


「ま、マジですか!? それさえあれば、何でも作れるってことじゃないですか!」


「ええ、きっと。貴方の望むもののほとんどは、その手で生み出せるはずです」


 やった……!

 やったぞおおおっ!

 俺の脳裏に、夢のようなスローライフの光景が広がった。


 まずは森で木を切って、ログハウスを建てるんだ。

 川の近くに水車も作って……畑も耕して、自給自足!

 ああ、最高のDIYし放題生活が、俺を待っている!

 そうだ、名前も変えよう。海野 陸、じゃない。俺は……。


「異世界では……リク、と名乗ることにします」


「リク……素敵な名前ですね。覚えましたわ」


 女神は嬉しそうに頷くと、そっと手を差し伸べた。

 俺の足元に、淡く、そして複雑な紋様の魔法陣が展開される。


「それではリクさん、良き第二の人生を。貴方の創造が、その世界を少しでも豊かにすることを祈っています」


「はい! 本当に、ありがとうございます、女神様!」


 俺は深々と頭を下げた。

 身体が光に包まれ、意識がだんだんと遠のいていく。

 最高の人生が、これから始まる。


 そう、確信した、その瞬間だった。


「あら、そうだわ」


 女神が、何かを思い出したように小さく声を上げた。


「リクさん、一つだけ、大切なことをお伝えし忘れていました」


 なんだ? 遠のく意識の中で、俺は必死に耳を澄ませる。


「転生先の座標なのですが、わたくしの権能では、安全な場所の中からランダムに選ばれる仕組みになっていますの。ですから、貴方が望んだ通りの場所……例えば、穏やかな草原のような場所に出られるとは、その……限りませんので。悪しからず」


「はぁ!?」


 悪しからずって、え、今なんて?

 ランダム? それってつまり……!


「ちょ、待ってーーーー!!!!」


 俺の叫びも虚しく、視界は完全に真っ白な光に塗りつぶされた。


 

 


 ざぱぁん、と不意に顔にしょっぱい水がかかった。


「……んぶっ!?」


 ごぼごぼと口に入ってきた海水を吐き出し、俺――リクは混乱しながら目を開けた。


 青い。

 どこまでも、青い。

 視界のすべてが、空の青と、海の青に埋め尽くされていた。

 陸地なんて、どこにも見えない。


 俺は、広大な海のど真ん中に、ぷかぷかと浮かんでいた。


「…………」


 数秒間の沈黙の後、俺は天に向かって絶叫した。


「普通、異世界転生って言ったら草原とか町の中からスタートするもんじゃねえのかよ!? 話が違うぞポンコツ女神ーーーっ!!」


 俺の魂のツッコミは、寄せては返す波の音に、虚しく溶けていった。

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