第2話 消えた曜日

翌朝、目を覚ました瞬間、私は昨日の出来事を繰り返し考えてみた。

 ――「見えない駅」。

 あの白い霧の広場、顔の見えない人々、そして「おかえり」という声。

 夢にしては肌の感覚が鮮やかすぎた。


 だが、現実の異変はすぐに姿を現した。

 壁に掛けたデジタルカレンダー。

 昨日まで「水曜日」だったはずなのに、表示は「木曜日」になっている。


 私は二度見した。

 週全体をスクロールしても、水曜日の欄そのものが存在しない。

 月・火・木・金・土・日。

 六日で構成された一週間が、まるで当然のように並んでいる。


 「……バグか?」

 呟きながらスマートフォンを開く。だが結果は同じ。

 ニュースアプリの日付、SNSの投稿履歴、どれを見ても「水曜日」という言葉は一度も現れなかった。



家族との会話


 朝食の席で、母に問いかけてみた。

 「なあ、昨日って何曜日やったっけ?」


 母はトーストをかじりながら、怪訝そうに眉をひそめた。

 「何言うてんの。火曜日やろ」


 「でも今日、木曜日になってるやん」

 私がカレンダーを見せると、母は少し考える素振りを見せたが、すぐに笑い飛ばした。

 「最近のカレンダーは賢すぎて、逆に調子悪いんやな。ほら、遅刻するで」


 その口ぶりは、曜日がひとつ抜け落ちていることへの驚きよりも、ただの機械の不具合としか思っていない様子だった。



会社での不具合


 出社すると、オフィスは普段と同じざわめきに包まれていた。

 けれど耳を澄ますと、会話の端々が引っかかる。


 「昨日の会議、木曜扱いになっとるで。資料の日付直さなあかんな」

 「え? 昨日は火曜やったやん。えらい飛ばすなあ」

 「いやいや、正式なシステムログには木曜って出とるんや」


 同僚たちは矛盾を口にしているのに、誰もそこに危機感を抱いていない。

 むしろ「まあ、システムが間違えたんやろ」で片付けてしまっている。


 PCを立ち上げると、社内システムがエラーを吐き出した。

 【存在しない日付にアクセスしています】

 【曜日整合性エラー:水曜日は定義されていません】


 画面に並ぶ赤い警告文に、背筋が凍る。

 だが周囲の社員たちは、誰もそのエラーに気づいていないようだった。

 私の画面にだけ、映し出されているのだろうか。



友人とのやり取り


 昼休み、同期の友人・俊に恐る恐る尋ねてみた。

 「なあ、もしもやけど、水曜日がなくなったらどう思う?」


 俊は唐揚げを頬張りながら笑った。

 「は? 水曜日? 最初からそんなもん無いやろ。お前寝不足か?」


 「……最初から?」

 私は耳を疑った。

 俊の表情は真剣だった。冗談を言っている顔ではない。


 つまり彼にとって、「水曜日」という概念はそもそも存在していなかったのだ。



不安の芽


 私は自分の記憶が狂っているのか、それとも世界が狂っているのか、分からなくなった。

 昨日確かにあった「水曜日」。

 それを覚えているのは、どうやら私ひとりだけらしい。


 見えない駅で聞いた声が、ふと脳裏によみがえる。

 ――おかえり。


 帰ってきたのは、ほんとうに“現実”だったのだろうか。

 あるいは私は、あの駅を降りた瞬間から、別の時間軸に足を踏み入れてしまったのかもしれない。


 オフィスの窓の外を見下ろすと、街の道が静かに動いている。

 人々を、いつものように目的地へと運び続けている。

 だがその下で、確実に何かが削り取られ、書き換えられている。


次に消えるのは何だ?

 時間か。場所か。それとも――人か。

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