第8話 消えゆく光
盛大な拍手と歓声がこの場を飾る。
キャンプファイヤーを取り囲んでいるすべてのギャラリーが葵と徹に注目し期待の眼差しを向けていた。
徹に抱きしめられた葵は硬直してとても驚いているように見えた。
しかし次の瞬間……葵は静かに目を閉じて、徹の背中にゆっくりと手を回す。
「え!?これってカップル誕生ってこと!?」
「そういうことだろ!」
徹が葵を抱きしめたのは告白しているのと同義だ。
そして、その告白の返事をするように葵は徹を優しく抱きしめ返した。
「あお……い……?」
その光景を目の当たりして……背筋が一気に冷たくなった。
俺にとって葵が……葵だけが………原動力で……曇った心を明るく照らしてくれる光だった……。
「おおー!!生徒会長と副会長のカップル誕生だ!」
「やっぱり両想いだったんだね!」
生徒会長を務めていて学校一の人気者である葵。
そんな葵を支える副会長の徹。
理想的なカップルの誕生を祝うようにこの場は拍手喝采となった。
目の前の現実が……どうか悪い夢であってくれと心底願う。
俺の大好きな葵が……。
俺の原動力だった葵が……。
俺の心の光だった葵が……。
今……遠くに行ってしまった。
すぐそこにいる葵が……徹と抱き合っている。
近くにいるはずなのに、はるか遠くにいってしまった葵を見て……俺は全身が震えていた。
情熱的に葵のことを抱きしめている徹。
目を閉じて徹の背中にそっと手を回した葵。
「あ、葵……なん、で……」
数秒抱きあった後、静かに目を開けた葵と失意のどん底でなにも考えられない俺は……目が合った。
俺と視線が重なった葵は目を大きく見開いた。
「や……ま、と……」
野次馬の歓声や拍手で聞こえなかったが、葵が口を動かしてそう呟いた気がした。
もう……俺の心は限界だった。
目の前の現実から目を背けるように、踵を返して急いでこの場を離れた。
♢
全力で走って学校の正門前まで戻ってきた。
全身が震えて冷たい。
呼吸が大きく乱れる。
大好きな葵が徹に抱きしめられているところなんて……これ以上見たくなかった。
徹を抱きしめ返す葵なんて……絶対に見たくなかった。
貧乏な俺だけど……大した物ではないけれど……渡そうと大事に持っていた葵への誕生日プレゼント。
そのプレゼントの小箱を見ていると自然と涙が溢れてくる。
せっかく誕生日用に特別な包装紙で包んでもらったのだが、頬を伝う涙で濡れてしまった。
ポケットから慌ててハンカチを取り出して濡れてしまったプレゼントを拭くのだが……。
「別に……いいか……。もう……渡せないんだし……」
葵の笑顔が見たくて……買ったプレゼントだけど……。
「……帰ろう」
葵は徹のことが好きだったんだ……。
きっと徹から素敵なプレゼントを貰って……満面の笑みを浮かべるのだろう。
俺にではなく……徹に……あの笑顔を見せるのだろう。
いや……もうやめよう……。
葵は……もう遠くにいって……。
「待って、大和!」
背後から俺の名前を叫ぶ声が聞こえた。
それが誰なのか……勿論俺にはすぐにわかった。
♢
「大和、待って!」
息を切らしながら葵は駆け足で俺の前までやってきた。
(葵……)
心に影が差す。
「き、きてたんだね……。朝、出席取った時に見かけなかったから……」
大好きなはずの葵の顔を……今は直視できない……。
視線を逸らす俺に葵は一歩近づいてくる。
「こ、今年の文化祭はすごい大盛況だったよ!保護者や来賓の人たちも沢山来場していてね」
葵は昔からこうやって、あったことを逐一俺に報告してくれる。
最近はだらしがない俺にそんなことをしなくなったけど……。
「すごく大変だったんだよ!でも皆で頑張って文化祭を成功させようって!」
そう……こうして楽しそうに笑顔で話をしてくれる葵が大好きだった。
でも……今は……違う。
「生徒会と実行委員の人たちで協力して楽しかったけど……だけど……その中に……」
今は……葵の話なんて聞きたくない。
「その中に……大和がいてくれたら……もっと、楽しかっただろうなって」
俺がいたら……楽しかった……?
本当に……そんなふうに思ってくれていたのか……?
「今年の文化祭はもう終わっちゃうけど……ら、来年は……私と一緒に────」
「さっきの!!」
話を続けていた葵の声をかき消して、俺は言葉を発した。
「さっきの、フォークダンス……すごく良かったよ。葵と徹……お似合いだった」
俯いていた俺はここで始めて葵の顔を見た。
「あれは、その、成り行きで!」
「学校の伝承……だっけ……?手を繋いでいたら結ばれるって話。まさか抱き合うとは……思ってなかったけど……」
「ち、違う!違うの!!」
葵は酷く取り乱して声を張り上げた。
「なにが……違うんだよ……?」
徹はきっと葵のことが好きだった。
だからフォークダンスに葵を誘ったんだろう。
そして……葵もまた徹のことが……好きだった……。
だから……徹の抱擁を受け入れて……抱きしめ返したんだ。
「や、大和!あ、あのね!」
焦った表情で葵がなにかを言おうとした時だった。
「葵、急に走り出してどうしたんだよ!?」
そう叫びながら俺たちの方へ駆け足で近づいてくる一人の男子生徒。
そいつは葵を追いかけてきたのだろう……。
「徹……」
「や、大和……!?今日は休んでたんじゃ……!?」
駆け寄ってきたのはさっきまで葵とフォークダンスを踊り、皆の注目を浴びていた徹だった。
そして……その後ろにもう一人……。
「葵、どうしたしたんだ?突然走り出して。あまり徹くんを困らせるんじゃない」
徹と一緒にやってきた中年の男性。
俺はその人を知っている。
「む?……君は……大和くんか?久しいな」
「あ……はい。お久しぶりです……
彼の名前は
大企業の社長を務めている葵の父親だ。
昔は俺のことを可愛がってくれていたのだが……ある一件から俺はこの人に避けられるようになった。
「大和くん、お父さんは元気でやっているかな?」
「は、はい……」
全身に緊張が走る。
「まあ、君も色々と大変だろうが頑張りなさい」
ここで親父のことを話題に出されるのは……。
「大変って……大和、どうかしたの……?」
俺と大輔さんの会話の内容に含みを感じたのか、葵が疑問を投げかけてくる。
「別に……なんでも、ない」
このことだけは……知られたくない。
「なんで……」
親父のこと……家庭のこと……経済状況も……葵には絶対に知られたくない。
「なんで大和っていつもそうなの!なにも話してくれないよね!?」
俺の態度が気に障ったのか、葵は声が裏返るほどの大声で怒りを露わにした。
「いや……別に……話すこと、なんて……なにも」
突然激怒した葵を見て驚いたがここで話をするわけにはいかない。
「あるでしょ!いつも学校が終わるとすぐに帰っちゃうし!休みの日に連絡しても応答してくれないし!」
今まで相当フラストレーションを溜め込んでいたのだろう……。
「成績だって悪くなる一方だし!学校行事には積極的じゃないし、今日の文化祭だって無断欠席して!」
俺に対する不満が……収まらないのだろう……。
「来年は受験なんだよ!今のままだと大学にいけないよ!」
大学……。
俺は……大学には……もう、いけない……。
「大和も知ってると思うけど『落ちた秀才』なんて陰で言われてるんだよ!悔しくないの!?」
俺だって……悔しい。
俺だって……もっと、頑張りたかった……。
「昔は成績も良かったし、クラスの皆からも慕われていたのに!」
昔……?
昔がなんだよ……。
「もっと……お願いだからしっかりしてよ!」
俺は今を生き抜くために必死なんだよ……。
「おまえに…………なにがわかるんだよ!!」
大声で俺を叱責してくる葵を黙らせるように、俺は声を荒げて彼女を睨みつけた。
「昔がなんなんだよ!!おまえに俺の気持ちなんてわからないだろ!!」
昨日と同じだ。
また頭に血が上ってしまっている。
葵は俺の声にびくりと体を震わせた。
「ご、ごめん、大和……、私……そんな責めるつもりじゃなくて……」
先程までの勢いはどこにいったのか、葵は弱弱しく言葉を続ける。
「こ、このままだと……約束が……」
「なにが……約束だよ!?」
「同じ大学に行くっていう約束が……叶わないと思って……私……」
約束……?
俺はもう大学にはいけないんだ……。
「そんな約束なんて!もう……どうでもいい」
激しい頭痛が……倦怠感が……親父への苛立ちが……さっき葵と徹の抱き合っていたシーンが……俺の心を容赦なく蝕む。
「そ、そんな……わ、私……大和と一緒にいたくて……」
葵がなにを言っているのかよくわからない。
「おまえには……徹がいるだろう……」
「ち、違うよ!私たちはそんな関係じゃなくて!」
「なにが違うだよ!?」
じゃあなんで一緒にフォークダンスを踊ったんだよ?
なんで徹のことを抱きしめ返したんだよ?
「もう、いいよ……葵……」
俺は葵を突き放すように……冷めた態度を取ってしまった。
「ご、ごめんなさい、大和……私が悪かったから……だから約束は……」
違う……やっぱり葵は悪くないよ。
家のことを隠して正直に打ち明けられない俺が……状況をかき乱してしまっているんだから。
でも……それでも……徹のことが好きだってことは……素直に認めてほしかった。
俺のあきらめの悪い恋心を打ち砕いてほしかった。
「葵、もうよしなさい。すまないね、大和くん。うちの娘が」
大輔さんの言葉に口籠る葵だったが……。
「大和……それって……もしかして……」
俺の右手に握られている包装されたプレゼントの小箱を見て葵は目を見開いた。
「あ、葵!こんな時になんだけど!」
さっきから俺たちの動向を静かに見つめていた徹が慌てた様子で葵の傍へと駆け寄り、制服のポケットから高そうなブランド物のアクセサリーボックスを取り出した。
「誕生日おめでとう!これ受け取ってくれ!」
「え……あ………」
葵は目の前の徹のことよりもなぜか俺が手に持っている物の方が気になるのか、あたふたした様子を見せた。
それにしびれを切らした徹が葵の手を取ってプレゼントを強引に彼女に受け取らせる。
「な、なに……これ?」
「開けてみてくれ!」
上品なアクセサリーボックスを開けると、その中に入っていたのはシルバーに光輝く美しいネックレスだった。
「これ……いくら、したの……?」
「30,000円ぐらいだ。そんなに高いものじゃなくて申し訳ないんだが……」
30,000円……!?
俺のプレゼントのボールペンは……2,400円……。
徹の家が金持ちなのは知っていたのだが……。
ここまでの格差を見せつけられた俺は……もうこの場にいることが怖くなった。
「ま、待って!大和!」
俺は学校の正門を出て走り出した。
葵は徹の気持ちを受け入れたんだ。
あのフォークダンスを見ればそれは一目瞭然だ。
「大和、お願い、待って!」
追いかけてきた葵が俺の手を掴んで強引に行く手を阻んでくる。
「放せよ……」
「大和、約束……同じ大学に行くんだよね?」
こちらを凝視していくる彼女の顔はなぜだか今にも泣きだしそうだった。
「おまえには徹がいるだろうが」
「私は!大和とずっと一緒に……」
もう葵の本心がわからない。
もう……わかりたくない。
「葵……」
頭が痛い。
「もう……俺に……」
体が重い。
「俺に……」
苦しい。
「関わらないでくれ」
もう……どうでもいい。
「や……まと……?」
街頭の光に照らされた薄暗い夜道の中……葵の目から大粒の涙が流れたのが見えた。
心が引き裂かれたような痛みに襲われる。
それでも俺はその手を振り払い、葵から逃げるように駆け出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます