第7話 不条理な現実
親父は俺の通帳を持ち出して、金を引き出していたらしい。
俺が生まれた時に作った口座だから、当然暗証番号を知っている。
親父はろくでもない人間だが、こんなことまでするとは思っていなかった。
「そのお金は大和が一生懸命将来のために!!」
「俺だって……このままの生活じゃ、いけないと思って!」
親父はただただ言い訳を続けた。
抱えている借金を返して、生活を立て直したかったと……。
だから……俺の稼いだ金を……ギャンブルにつぎ込んだらしい……。
母さんは怒り心頭で親父のことを咎めているが……今更なにを言ったって俺の金が返ってくることは……ない。
「母さん……もう、仕事の時間だろう?早く……行かないと……」
「で、でも……」
「ほら……早く、行けよ……」
あまりにも突拍子の無いことに直面してしまったからなのか?
熱が出ているからなのか?
現実味がない。
怒りも……悲しみも……なにも湧いてこなかった。
母さんは怒りが収まらない様子だったが仕事を休むわけにもいかない。
帰ってきてから大事な話があると親父に告げて仕事へ向かった。
「や、大和……」
親父は柄にもなく申し訳なさそうな顔をしている。
「か、金は……どうにかしてやるから……その……」
なにか言っているが、無機質な心になってしまった俺には聞こえない。
そんな親父を尻目に俺は自室へ閉じこもった。
♢
頭が痛い……節々が痛い……倦怠感がとれない。
まだかなりの熱があるはずで病院に行くなり薬を飲んで眠るなりしないといけないが、俺は自室の床に座り込み壁にもたれ掛かって放心状態だった。
どれぐらいの時間こうしているのだろうか……。
さっきまで明るい太陽の日差しが部屋に差し込んでいたが、段々と暗くなってきた。
金が無くなって、もう確実に大学進学は不可能だろう。
大学によっては成績優秀者の学費免除などの待遇もあるのだが、今の俺の学力では難しい。
奨学金という手段も考えたが無職で借金まである親父とパート勤めの母さんでは保証人になるのは厳しいため、それも望み薄だ。
大学に行きたかった……。
いや……違うか……。
葵との約束を守りたかった。
葵と一緒にいたかった。
「うっ……」
今頃になって現実を理解し始めたのか、涙が止まらない。
「なんで……こんなことに……」
涙を拭っていると、ある物が視界に入った。
昨日買った葵の誕生日プレゼント。
「あ、葵……」
今日は葵の誕生日。
……会いたい。
葵に会いたい。
大学のことや金が無くなったことも……今はどうでもいい。
俺は……とにかく葵に会って、このプレゼントを渡したかった。
葵が喜ぶ姿が……笑顔が見たい。
俺はプレゼントを持って立ち上がり、急いで学校へと向かった。
♢
熱があることなんて忘れて全力で走った。
学校に到着した時にはもう日が暮れていて、正門をくぐると愉快で聞き覚えのある音楽がグラウンドの方から聞こえてくる。
「ねえ、フォークダンス盛り上がってるよ」
「もう何組かカップルできたって!」
すでに後夜祭が始まっているようで、これはフォークダンスの音楽だった。
「伝承効果だね」
「でも男女の友達同士で踊ってる人も多いけどね。最後まで手を握ってたら告白するんだろうけど」
正門前の模擬店で飲食をしながら楽しそうに会話をしている女子生徒たちがそんな話をしていた。
「伝承……か」
音楽が鳴り終わると、グラウンドの方から大きな拍手が聞こえてくる。
新たなカップルが誕生して、皆から祝福の拍手を受けているのだろうか。
「おい!次の組で生徒会長と副会長が踊るらしいぞ!」
「え、本当に!?」
「やっぱりあの二人付き合ってるんだよ!」
「いや、これからじゃない!?フォークダンスが終わったらどっちかが告白するんだよ!」
そんなことをわざわざ伝えにきた男子生徒の言葉で正門付近にいた生徒全員がグラウンドの方へと駆け出して行った。
「葵……徹……」
その言葉を聞いた俺も急いでグラウンドへと向かった。
♢
グラウンドの中心にはキャンプファイヤーの炎が上がっていて、豪快に美しく周囲を明るく照らしている。
「ほら、会長と副会長が並んで出てきたぞ!」
「どっちが告白するのかな?」
「っていうか、場を盛り上げるために出てきただけってこともあるよな。さっき三年生の担任教師たちも踊っていたし」
グラウンドに到着した俺だがギャラリーが多くてなかなか前の方へと行けない。
そうこうしていると音楽が鳴り始め、大勢の生徒たちが踊りだした。
人混みをかき分けて最前列へたどり着いた時、フォークダンスを踊る葵と徹の姿が目に入った。
気持ちがざわつく……。
やっぱり葵と徹は……。
「会長と副会長、めっちゃお似合いだな!」
「そうだね、副会長すごく頑張ってリードしてるし」
キャンプファイヤーの炎がフォークダンスを踊る生徒たちを明るく照らす。
その中でも葵は格段に美しく……俺はこんな状況でも、彼女に見惚れていた。
そんな葵と手を繋いで踊っている徹の二人は……とても理想的なカップルのように見えた。
音楽があと10秒ほどで終わりを迎える。
フォークダンスを踊っていた多くの生徒は音楽が鳴り終わる前にパートナーと繋いでいた手を放していく。
皆の注目が葵と徹に集まる。
葵と徹はお互いを静かに見つめあってから…………その手をゆっくりと放していった。
「あぁー!やっぱりただ場を盛り上げるために出てきただけか!」
「お似合いなのにね、あの二人」
「付き合ってるって話は結局ただの噂だったってわけか」
キャンプファイヤーを取り囲んでいるギャラリーの生徒たちは残念そうにため息を漏らしていた。
「やっぱり……付き合ってなかったってこと……だよな」
俺は心の底から安堵していた……。
葵は……徹と付き合っていたわけじゃないんだ。
音楽がそろそろ鳴り止む。
文化祭も終わりを迎える。
淡々と上がっているキャンプファイヤーの炎を皆が思い思いに眺めていたその時だった。
徹が葵の手を掴み勢いよく彼女の体を手繰り寄せ、力一杯抱きしめた。
「え!?ちょっとあの二人!」
「おお!!」
その光景に周囲の注目が集まった。
歓声や拍手が沸き起こり……奏でられていた音楽は鳴り止んだ。
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