陰陽のふたり

秋乃楓

第1話 始動

陰陽師とはこの世に存在する魑魅魍魎、怪異、悪霊を祓う存在の事である。

同時にそれ等はケガレと呼ばれる存在であり

人々へ悪影響を齎しかねない。

故に適切な対処が必要となって来る。

そしてケガレはヒトの死、ヒトの誕生、ヒトの犯した罪により生まれ、対象者だけでなくその周囲にも不幸を齎すとされる。


ー これは現代に蔓延るケガレを祓い、人々を陰で守る陰陽師の物語である。ー

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「くそッ…ふざけやがって…いきなり現れて何なんだよ…てめぇは!! 」


叫ぶ。只管に叫ぶ。

炎に包まれる屋敷、その周囲には無惨に倒れている人達でその誰もが顔を知っている。眼前に居るのは此処へ乗り込んで来た何者かで白い仮面を付けた相手の背丈は自分より大きい。それでいて殺気に満ちていた。

煙を吸い込んだせいか喉が痛い、それに焦げた匂いと炎による暑さか立っているのがやっと。


「…此処に居た者は全員、余が殺した。女、子どもらも含む全て…そして残るはお前1人 」



「どういうつもりだ…何でこんな馬鹿げた真似を…!! 」



「決まっている。陰陽師を増やさぬ為…そして我ら禍月の野望を果たす為。そしてお前もまた陰陽師の家系でありその血を引く…■■の子。そんなモノを生かしておけばどうなるか……解らぬ余ではない…故に貴様には此処で── 」


相手の右手に持つそれを此方へ向けられた。

ギラリと光るそれは刀…陰陽師が用いる霊装と呼ばれるモノに付随する武器。


「死んでもらう 」



「はッ、嘗めんな…ヘンテコのオッサン!! 」


男の様な口の利き方をしているがその子の性別は女、そして歳は8歳かそこら。ウルフカットにした銀色の髪が風で靡く…そして少女は無謀にも自らの術で呼び出した短刀を逆手に持って襲い掛かった。

しかしその差は当然圧倒的でいとも容易く攻撃が躱され、いなされた挙げ句に腹部を殴られて地面へ這い蹲った構図となると相手は屋敷の崩壊を悟ったのか後退する。


「…潮時か。余が手を下さぬとも、何れ此処は無くなる……そしてお前も死ぬのだ。天罰…いや神罰は今、下されよう 」



「す、好き勝手…言ってんじゃねぇッ……返せよ…あたしの友達を…先生を…返せぇええッ──!!」


痛む身体を抑えて背を向けたままの相手に向かって強引に斬り掛かる。しかし突き出したその刃は相手に到達しなかった。

走ったのは激痛と違和感…見てみると自分の右腕の肘から先が無くなっていたのだ。

突然、相手の背後に現れた忍者が少女の腕を狩り取って主を守った。その人物もまた仮面を付けている。それから低い声で喋り始めたその相手は声からして自分と同性だった。


「…若様、その子を残し屋敷の中は全滅です。陰陽師らの死体も確認しました 」



「上出来だ…さぁ参ろう、これでもう我が世は安泰じゃ…クククッ…!! 」


遠ざかる意識の中、痛みを堪えて左手を伸ばして叫ぶ。もう連中は居ない…そして少女もまたその場に倒れてしまった。

後にこれは陰陽師達の間でとして語り継がれる事となる。

そして惨劇の後に目撃されたのは夥しい数のバケモノだったという。

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あれから約8年が経過した日。

少女は成長し16の歳を迎え、身体つきも女性らしいものとなった。

釣り目では有るが整った顔立ちに加えて右目は前髪で隠している。その首から下はセーラー服を着崩したような物を身に付けていた。

上着の丈を短くしているせいか両手を伸ばせば臍は見え、胸元は開いて谷間が見えるスカートも太腿の上という何とも言えない格好。無論足元も黒のニーソックスと流行りのブランドのスニーカーで固めていた。他の子と唯一違うのは右腕に白い包帯を巻いている事位だろうか。


「...ふぁあ眠ぃ。んじゃ、行って来まーす 」



「お、おい涼音!!何だその格好は!?」


そう言って止めて来たのは1つ上の兄である灰崎大吾。前髪を七三分けに近い形にした黒髪と丸いレンズの眼鏡を掛けた姿は真面目そうと言えば真面目である。


「んだよ、ダメなのか?」



「ダメに決まってるだろう!?お前はうちの名を汚す気か!?うちはそんじょそこらの家じゃないんだぞ!?陰陽師として代々続く名門、灰崎家の──!!」



「わぁーってるよ…一々うるせぇなぁ。何度も聞いたっつーの 」



「大体お前は灰崎家の人間としての自覚が無いんじゃないのか!?…全くのに 」


そう言われた直後、涼音という少女は左手で前髪を掻き分けて彼を睨んでから立ち去ってしまった。その彼の近くにある部屋から姿を現した2人組は紫髪を首元の後ろで結んでいる絢辻純あやつじじゅん、そして短く尖った様な黒髪をした羽山慎太郎はねやましんたろうといってこの家に居候している陰陽師だった。


「またケンカかい?飽きないねぇ、大吾も。すずちゃんだって灰崎の人間だからその辺は解ってると思うけど? 」



「いいや、解ってない!アイツは変わったよ...陰陽師の家系の生まれならもっと仕来たりを重んじるべきだ。そう教わって俺達は過ごして来た...なのに 」



「...あの平安寺へいあんじへ行って変わった。助かった後に彼女は全てを忘れ、全てを捨てて、関わるのを避けてしまった...話してくれないんだろう?小鳥居様も 」



「...あぁ。涼音を助けたのは小鳥居様、そして事件後にあの日の事を聞いたが何1つ教えてくれなかった 」


溜息を吐くと慎太郎が口を開く。


「お前が心配になる気持ちも解らんでもない、何せ期待の星だったからな。涼音は 」


大吾は無言で頷くと何も言わずに居間の方へと足を運ぶのだった。

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学校に着いた涼音は教室...ではなく屋上の給水タンクの上に居た。

HRの時間は過ぎて既に1限の授業は始まっている、今の彼女は所謂サボリという

行為を平然と行っていた。


「...良い天気。こういう日は昼寝すんのに限る 」


横になったまま白い肌をした左手を頭上へ掲げて見た後に今度は

包帯が巻かれた右手を見る、右腕だけはあの日からずっとこのままだった。


『...目が覚めたかい?本当にすまなかった、私が駆け付けた時には既にあの有り様で...助かったのはキミだけだ 』


病院のベットで目を覚ました時、傍に居たのは白髪交じりの黒髪の男。

そして退院後にも男は現れた。


『キミも女の子だ、右腕が無いと不便だったり変な目で見られるかもしれない...だから私がキミに腕をあげよう。この腕が有ればどんな災いからも守ってくれる...御守り替わりだよ 』


そう言って取り付けられたのがこの右腕。

後にその男が有名な陰陽師であり、ケガレ相手に幾度も立ち向かって来た

というのを知った。現代版の安倍晴明...護国の防人という異名を持つ事も併せて知ったのは兄の大吾からだが。


「...何で生きてんだろ、あたし 」


溜め息をついた時、付近で足音が聞こえて来る。

直後に自分の事を覗き込む形で女子生徒が顔を近付けて来た。

茶色の髪がだらんと垂れていてその表情は何処か怒っている風にも見える。


「こーら涼音、また1限サボったでしょ!ちゃんと授業出ないと進級出来ないよ?」



「何だ加奈か...驚かすなっての。何とかなるだろ......多分 」



「何それ?心配して言ってる私の身にもなってよね、まったく 」


 彼女の名前は降谷加奈ふるやかな、涼音とは小中との付き合いで

親友同士ではある。他の子が涼音から離れても加奈だけは傍に居た。

姿勢を変えた加奈が左隣へ腰掛けると涼音の事を横目で見ながら再び口を開く。


「ねぇ...何時までこうしてるつもり?授業サボって、屋上で空ばっか見てさ 」



「さぁな...何時までだろうな 」



「涼音はそれで良いの?時々、涼音を見てると現実から逃げてるっていうか...何かむりやり避けてるっていうかそんな気がするんだけど 」



「......気のせいだよ。多分 」


それ以上は何も言わず、涼音は身体を右へ向けて加奈へ背を向けてしまった。

それから約数時間経過し昼食の時間を迎えると身体を起こした涼音が周囲を見回すが

加奈の姿は無かった。どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。


「ふぁあ...腹減った、テキトーにメシでも買って来るか 」


立ち上がって背伸びをした後に軽く身体を動かすと給水タンクから

器用に飛び降りて校舎の中へ。教室内を見れば誰もが友人と昼食を取る風景が飛び込んで来るが涼音は気にせず購買へ訪れたのだが既に昼食を買いに来た生徒でごった返していた。人ごみをかき分けてコロッケが挟まったパンへ手を伸ばした時、左横から来た別の手と重なった。


「...あ 」



「...? 」


視線を向けた先に居たのは腰辺りまで伸びた艶のある黒い長髪を持つ同い歳の少女。前髪は眉辺りで切り揃えられているだけでなく細身の体系に加えて白い透き通る様な色をした肌を持ち、目鼻立ちこそ整っているが身長も涼音と並んで1つ小さく、目付きも相まって幼く見えた。首から下は涼音と同じ学生服だがしっかりと身なりが整っていてスカートやブラウスにもシワ1つなかった。


「それあたしが取ったんだけど? 」



「...私が先。私の方が数秒早かった 」



「いーや、どう見てもあたしだっつーの!!」



「...違う、私が先 」



「んだよ図々しいなお前!」



「...貴女が言えた口? 早く手を退けて、 パンが潰れちゃう 」



「はッ!イヤだね、これはあたしが買うんだ。おばちゃん、これ幾ら? 」


涼音がそう言って値段を聞いてから財布を探している隙に少女はパンを

素早くひったくって代金と共に差し出した。


「うっし、350円丁度有る...ってあれ?あたしのパンは──」


振り返ると既に少女が先に購入していた事に気付き、その後を追い掛ける。

だが既にその姿は何処にも無かった。


「あの野郎、何処行きやがった!?人様の昼メシ奪いやがって!見つけたらぶっ飛ばしてやる!! 」


血眼で探し回っていると中庭に1人でベンチに座って食事をしているのを見付け、

大急ぎで駆け付けるが丁度最後の1口を食べ終わった所だった。此方に気付いた少女が振り返って少量のソースが付いた右手の人差し指を舌でペロッと舐めた。


「...ご馳走様でした。 衣はサクサクで中のジャガイモはしっとり、ソースも程良い味加減でパンも生地がもちもちしていてとても美味しかった 」



「食事の感想なんか聞いてねぇよ!?てかあれはあたしのパンだ!! 」



「...私が買った時点でアレはもう私のパン。これでこの話はお終い 」



「あぁそうかよ...あッたま来た...さっさと立てよ。1発ぶん殴ってやる、いや今の入れて2発だ!! 」


涼音は右手の指先を内側へ畳んで左手で覆う様にパキパキと鳴らしながら立ち上がった少女へと歩み寄る。


「...今度はケンカ?食べ物への恨み...執着はヒトとしてどうかと思う 」



「うるせぇッ!!覚悟しろよ、顔の形変わっても知らねぇぞ!? 」


啖呵を切った彼女が駆け出して勢い良く右手の拳を立ったままの少女へ突き出した

がそれは空を切った。いや、よく見ると彼女は首を左に傾けて躱していたのだ。


「なぁ...ッ!?てめぇ!! 」



「...お終い? 」



「ぐッ...んの野郎ッ──!!」


そこから今度は連続で左右の拳を交互に用いて攻撃を仕掛けたが

どれも右に左にと器用に躱されてしまう。ならばとがら空きのボディを狙って

一撃を放ったが飛び退かれてこれも空振りに終わった。


「はぁ...はぁ...ち、ちょこまかしやがって...!!」



「...そろそろお昼休みが終わる。だから次で最後 」


クイクイと左手の指先を自分の方へ曲げて涼音を挑発、それにまんまと引っ掛かった彼女は一直線に駆け出すと共に右手の拳を大きく振りかぶって右フックを繰り出した。しかし目の前から少女が消えた次の瞬間、背後に気配を感じて振り返った時に少女が鋭い目付きと共に涼音の喉元へ目掛けて右手を手刀の様な形にし宛がっている事に気付く。そして同じタイミングでチャイムが鳴り渡ると昼休みが終わりを告げた。


「…これでお終い、本当なら貴女は今ので死んでる 」



「ッ……!」



「…それじゃ。パンは美味しかった 」


そう言い残し、彼女は涼音の元を立ち去る。

1人残された涼音は歯を食いしばり拳を強く握り締めていた。

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時を同じくして薄暗いトンネルの中、そこを営業の為に通り掛かったスーツ姿の男性がいた。彼の見た目からして歳は20代後半。

取り引き先へ向かう為にこの短いトンネルを使うのだが今日はいつもと様子が違っていた。

湿り気のある内部は空気が生温く気持ち悪い、その上呻き声の様な物が聞こえて来る。


「ったく…どうして俺が謝りになんか。ヘマしたのは上司だってのに 」


実は彼の上司が取り引き先との間にトラブルを起こしてしまいその代わりに謝罪をすべく現地へと向かっていたのだ。一言で言ってしまえば上司の尻拭いをさせられていた。

何かの気配を感じて振り返るが何も居ない、気の所為かと思って歩みを進めていると

今度はペタペタという足音が聞こえて来た。

その足音の主がトンネルの明かりに照らされて浮かんで来る、そこに居たのは一糸纏わず全身が真っ黒な上に髪の様な物をだらんと下げた何者か。そして男性の気配に気付くと白い歯を出してニィイッと笑った。


「ひ、ひぃいいッ!?ばッ、化け物!?」



「エサ…ミツケタ…エサダ…キヒヒヒッ…エサダ!!」


笑い声を上げながら近寄って来るのに対し、男性は背を向けて来た道を引き返す。

必死になって走って出口を目指すと天井からボタボタと黒い液体が垂れて来て次々と人の姿へ変わっていく。体格こそ違えどそのどれもが顔がない上に不気味そのもの、そして行く手を遮った彼等が発する言葉は皆同じだった。



そして男は悲鳴と共に食い散らかされ、誰にも知られる事無く死んだ。その者達は次の獲物を狙うべく黒く淀んだ中へ沈むと消えてしまった。

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放課後、涼音は溜め息をついて加奈と共に家路に着いていた。フラフラと通りを歩きながら昼休みに起きた出来事を加奈へ話すと彼女は少し間を開けてから話始める、

辺りは日が傾き出して夕日が2人の姿を照らしていた。


「ふぅん...その子、もしかして3組の土御門さんじゃないかな? 」



「ツチミカド? 」



土御門雛奈つちみかどひなさん。成績優秀で常にテストは上位、運動神経も良いけど誰かに自慢したりとかは一切しないの。あまり喋らないからちょっと近寄り難いけどね 」



「どうだかねぇ?あたしン事殺そうとしたんだぜ? 」



「それは涼音が悪いよ、昔からそうだけど直ぐカッとなるの良くないクセだよ?憶えてない?小学校の時に男の子相手にケンカして先生に怒られた事! 」



「...アレは向こうが加奈の悪口言ってたからだよだからあれは── 」


正当防衛だと言おうとした時に聞こえて来た微かな笑い声、

そして何かがが漂って来ると無意識に加奈の前へ左手を出して庇った。


「ねぇ、どうかした? 」



「引き返すぞ...!! 」


家が建ち並ぶ通りの先、何もない筈の場所。

突然カーブミラーからドロドロと黒い液体が滴り落ちそれが人の形へ姿を変えると共に叫び声を上げる。

腹が出た巨体の大きさはどう見ても2mか3mは余裕で越えている、2人を視認した相手は白い歯を見せ笑っていた。


「な、何なの…何なのあれ...!? 」



「ケガレだ...ヒトに仇なし、ヒトを喰らう最悪のバケモン...!! 」


ギリッと涼音が歯を食い縛って身構えていた時、敵の顔面へ白い刃物が炸裂し

仰け反ったのだ。後方を見ると上下黒の制服に対し黒い長髪を靡かせた何者かが駆けて来る。その両手には刃物が握られていて顔には表情を隠す形で白い狐の面があった。そして2人の合間を飛び越えてケガレへ立ち向かうと小声で呟く。


「──月華閃影ノげっかせんえいのまい


次の瞬間、姿が消えたかと思うと敵が苦しみ始める。目に見えない高速移動からの連続斬りが迸ったと思うと青い炎を上げながらケガレは地面へ倒れて悲鳴と共に燃え尽きてしまった。


「…除霊完了。そこの人、ケガは── 」


お面を外して振り返った時に声を掛けたが掻き消されてしまった。


「お、お前…陰陽師だったのかよ!? 」



「…そういう貴女は食い意地の。食べ物なら持ってない 」



「要らねぇよ、てか食い意地って名前でもねぇし!それからあたしは灰崎涼音はいさきすずねだ!!覚えとけこの野郎!! 」



「…ハイサキ?つまり貴女も…でもどうして戦わないの? 」



「ッ…!? 」


不意に投げ掛けられた疑問に対し涼音は言葉を詰まらせた。しかし戦闘はまだ終わった訳ではない、今度は用水路から飛び出したケガレが加奈の左足を掴んだまま現れると宙吊りにされてしまう。そこから更に2体、3体、4体のケガレが増えると体格も女性型から痩せた男の様な姿まで様々だった。


「きゃあああッ──!? 」



「加奈!?ちくしょうッ…!! 」


振り返った涼音が咄嗟に足を動かそうとしたが動かなかった。どういう訳か身体が鉛の様に動かないのだ。


「…!?な、何でだよ…何で動かねぇんだ!? 」


そして次に来たのは恐怖という感情。それは殺されるかもしれないという考えから来るモノだった。あの日地獄を見た際、それには続きがあった。腕を斬られた後に投擲された札から現れたのはケガレ達でそこら中の死体を全て食い漁っていたのだ。骨が碎ける音、肉を食い契る音、そして気味の悪い笑い声。

残る自分の番といった所で意識が途絶えてしまった。自分が弱いから誰も守れない…誰も助けられないのだと痛感させられたあの日から

涼音は陰陽師という道を、使命を捨てた。

もう誰も傷付けたくない…傷付いて欲しくない…そしてもう二度と誰も失いたくないから。


「…退いて、私が降谷さんを助ける。それにこのまま戦えば被害は拡大する 」


傍へ来た雛奈が呟くとスカートのポケットから1枚の札を取り出した。


「どうすんだよ!? 」



「…霊符で此処からケガレを切り離す。祓い給い、清め給え…神ながら守り給え…幸え給えと白ますことを聞こし召せと恐み恐み白すッ!! 」


そう叫んだ直後に住宅が並ぶ周囲の景色が一変し辺りは岩だけが生え聳える物となる。傍らでは再びお面を付けた雛奈が霊符と呼ばれる札を数枚手にし詠唱し始めた。


「…簡易型除霊装、急急如律令。身体防護、急急如律令。両脚駿化、急急如律令、装具生成、急急如律令 」


それを放ったと同時に全て身体へ取り込まれて消えた。現れた双刀を構えた彼女は3体のケガレ相手に呼吸を整えたかと思えばその場から一直線に駆け出したのだ。


「──月華夜天ノげっかやてんのまい


地面を踏み込んだと同時に加速、その速さは先程とは比べ物にならない。気が付けばケガレの首が落ち、腕が舞い、身体が斬り裂かれていた。彼等が倒れると同時に再びあの青い炎が舞い上がって燃え尽きていく。


「はッ…疾ぇえッ!? 」


涼音が呆然としていると加奈を捕らえていたケガレが泥を放って攻撃を仕掛ける、だがそんなモノは通用しない。左右の手に持つ刃物を投擲し刺し貫いたかと思いきや今度は右足で地面を蹴り上げて跳躍しそれを奪い取っては勢い良く頭上から頭部を貫き穿ってみせた。

そして手放した加奈を抱き抱えて地面へ降り立つと彼女を降ろした直後に青い炎による火柱が上がった。


「…これで今度こそ除霊完了 」


右手人差し指と中指を突き出して五芒星の印を切ると空間が元へ戻り、景色も住宅街へ戻っていた。日は落ちて夜になっていた以外はどうという事は無い。我に返った涼音は離れに居た雛奈へ向けて再び話し掛けた。


「やっと思い出した…土御門家って…… 」



「…代々、陰陽師の血を引いている名家。そして私はそこの次期当主となる者。ヒトに仇なすケガレを全て駆逐し根絶する…それが私が掲げる理想 」


表情筋1つ変えずにそう言った彼女の姿と過去の自分の姿がダブった。


『あたしは最強の陰陽師になる!兄ちゃんを超える位強くなってやるんだ!! 』


幼き日の自分が大吾へ向け放った言葉。

だがそうはならなかった、そんなモノは叶わなかった。そして今、現れた土御門雛奈という少女もまた嘗ての自分と近い理想を掲げている。


今此処に土御門雛奈、灰崎涼音は出会った。

やがてこの出会いが2人の運命を大きく変えていく切っ掛けになる事をまだ知らなかった。













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