2. 言葉にできないもの

 気がつくと放課後になっていた。


 友達と帰り道で別れた後も、まだ自分の世界に入り込んでいた。


 頭の中を色んなものが駆け巡っていたけど、何一つ言葉にできないままでいた。


 家に着いてからも何もする気が起きず、部屋のベッドに横になって、ただ天井を見つめていた。


「なんで……」


 もっと思っていることがあるはずなのに、またそんな言葉しか出てこなかった。






 それから何十分経ったのか分からなくなった頃、突然スマホが鳴った。


 何も考えずに画面を見ると、そこには〝元彼〟の名前が表示されていた。


 飛び起きたものの、一瞬躊躇する。でも、結局電話に出ることにした。


「もしもし……」


 恐る恐る声を発すると、すぐに彼の声が聞こえてきた。


『……あ、美咲みさき? 久しぶり』


「うん、久しぶり……」


『……あのさ、急なんだけど、俺、新しい彼女ができたんだ』


 それを聞いた瞬間、目の前が真っ暗になった。


 教室で聞いた噂話とはまるで違い、拓斗本人の言葉は、私の時を止めてしまった。


 頭が回らない。言葉が出ない。息すらできない。


 その様子を察したのか、拓斗も黙ったままだった。


 しばらくして、やっとのことで絞り出した言葉は、自分でも信じられないほど冷たかった。


「……そうなんだ、よかったね! おめでとう!」


 精一杯の笑顔でそう言ったつもりだったけど、きっと顔は引きつっていたと思う。


 少し会話をして、電話を切った後もしばらく呆然としていると、段々涙が溢れてきて、隠すように枕に顔を埋めた。






 その夜、私はベッドにうずくまったまま微動だにしなかった。


 涙は既に枯れ果てたようで、一滴も流れてこない。それが残酷な真実を告げてるみたいで、再び泣きそうになるけど、やっぱり涙は流れない。


 胸の奥底から湧き上がる鈍い痛みは、消えるどころか強くなる一方だった。


 拓斗の声がまだ耳に残っている。


『俺、ずっとその子のことが好きだったんだ』


 そんな言い訳めいた告白をする彼の声には、少し照れくさそうな響きがあった。以前なら可愛いと思えたのに、今は憎しみに近い感情が渦巻いていた。


 そうだった……。思い出した……。


 拓斗は他の子が好きになったから、私を振ったんだった。付き合ってる彼女を差し置いて、どこの馬の骨とも分からないその子に目移りしちゃったんだ。


 スマートフォンを握りしめる指が震えていた。


 画面には拓斗とのLINEのやりとりが映っている。


 初めてデートした時にプリクラで撮った写真。誕生日のお祝いメッセージ。「大好きだよ」の文字。


 愛おしかった日々の欠片たちは、どれもが私の心を切り裂く刃のようだった。削除ボタンを押せば楽になれることは分かっているのに、どうしてもできない。まるで自分の一部を失ってしまうような恐怖感がある。これがなくなったら、私と拓斗との思い出もつながりも全て消えてしまうから。


 ふと、夕焼けに染まる教室で、勇気を振り絞って拓斗に告白した日を思い出した。


 ずっと前から拓斗のことが好きだったのに、私は、私自身のその気持ちに応えられなかった。


「ごめんね……」


 これからどうしたら良いのか、何も考えられなかった。でもそれと同時に、もう何も考えられないくらい疲れ切っていたから、そのまま眠りに就いた。

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