Bittersweet Trigger

白凪結

1. 綺麗なもの

 君がいないと、こんな綺麗な空でも、少しも感動できない。


 私は呆然と空を見上げていた。






 二時間ほど前、私は大好きだった彼氏の拓斗たくとに振られた。


 放課後の教室で勉強していた最中、拓斗からLINEが来て、メッセージを見てみると、そこには『別れたい』と書かれてあった。


 あまりに突然のことだった。


 拓斗は色んなことを話していた気がするけど、何一つ受け入れられなかった。脳が拓斗の言葉を拒絶していた。


————『心にぽっかりと穴が空く』


 小説や歌詞でよく聞くフレーズを思い出す。あれってこんな感じなんだ。本当に、胸にぽっかりと穴が空いてしまったみたい。


 その穴から風が吹き抜けて、温もりも希望も全て奪われていくような気がした。


 教室の真ん中で、私は呆然としていた。






 そこからは、まるで人形のように家まで歩いてきた。


 ドアを開けても、「ただいま」の一言が出てこない。


 お母さんが台所から顔を出して、


「おかえり。……どうしたの?」


 と心配そうに聞いてきたけど、何も答えられないまま自分の部屋に閉じこもった。


 ベッドに倒れ込み、天井を見つめた。


 天井をぼうっと見つめていると、次第に目元から涙が溢れてきた。


「なんで……」


 そんな言葉しか浮かばない。それぐらい混乱していた。






 次の日も同じだった。


 目覚まし時計が鳴っている。でもベッドから出たくない。


 頑張ってリビングに行くと、お母さんがトーストを焼いて待っていた。


「食欲ない……」


 私はそう呟いて、困惑するお母さんを横目に、部屋に逃げ込んだ。このままじゃダメだとは思っていても、体が言うことを聞いてくれない。






 振られてから三日が経った金曜日、重い足取りで学校へ向かった。


 校門前で友達数人とばったり会う。


「大丈夫?」と聞かれたけど、曖昧に笑ってごまかすしかできなかった。


 クラスに入って席に座ると、隣の席の子が小声で教えてくれた。


「昨日ね、友達が田原君見かけたんだって。公園で泣いてたらしいよ」


「……え」


 聞いた瞬間、思わず顔を上げてしまった。


 と同時に、複雑な気持ちになった。


 自分だけじゃないんだと思った反面、妙に冷めた部分もあった。


 泣いていた拓斗のことを知ってもなお、胸の奥底ではまだ何かが揺れていた。






 六限の授業中、窓際からふと外を見る。日の光が雲間から差し込んでキラキラしている。


 それを見て思った。


「綺麗……」


 心からそう感じたわけではなくても、〝綺麗なものにちゃんと反応できる自分〟を見つけ出せたような気がした。






 土曜日になると、少しずつだけど掃除したり本読んだりできるようになった。


 家族とも普通に会話できるし、テレビも見れる。


 それだけで大きな進歩だと思う。


 ただ、まだ完全ではない。拓斗との思い出がすぐそばにあるから。






 そうやって自分なりに立ち直ったはずだったのに、予鈴が鳴り響く教室で、その話題は私のもとに舞い込んできた。


「マジで?」


 友達の一人が驚きのあまり固まった。


 みんなの視線が私に集まる。


「別に……いいんじゃない」


 咄嗟に口にした言葉は、自分でも嘘だと分かっていた。


「でも……」と別の子が言いかけた時、教室のドアが開いて先生が入ってきた。みんなが慌てて前を向く中、私は俯いたまま動けなかった。


 拓斗に新しい彼女ができたらしい。

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