第8話 スノーベアー

「スノーベアー……この辺りに生息する魔族」

「魔族か……なら、言葉は喋れるのか。俺の言っていることは分かるか?」


 大勢いるスノーベアー。

 その中の先頭にいる者が一歩前に出て、見下すような視線をこちらに向けてくる。

 俺は冷静に相手の目を見て、声に耳を傾けることに。


「お前、人間だな」

「ああ」

「人間は皆殺しにする。それが魔族の使命!」

「だけどこの二人は魔族だ。人間と魔族、わざわざ戦い合う必要は無いはず――」

「うるさい! 人間の言葉なんかに耳を貸さない! お前はここで殺す!」


 スノーベアーたちの咆哮。 

 それに呼応するかのように、吹雪が強くなる。


「くっ……ヴィヴィ、大丈夫か?」

「ええ、問題無いわ」

「少しだけ待っててくれ。こいつらには静かにしてもらう」

「殺すの?」

「まさか。魔族は人間と変わらない。それが分かったんだから、無駄な殺生はしないよ」


 ヴィヴィが頷くのを確認し、俺はスノーベアーたちに向かって前へ出る。

 やつらを懲らしめるためじゃない。

 和解をするためにだ。


「人間……死ね!」

「こんなところで死ぬつもりは無い。俺には生きる理由があるんだから」


 俺の命はシオンに委ねている。

 自分の意志で死ぬわけにはいかないんだ。


 襲い来るスノーベアーたち。

 ヴィヴィが身構え、シオンの体を力強く抱きしめる。


「スノーベアーは高い戦闘力を誇る魔族として有名。だから気を付けて。油断していたらいかにあなたと言えど、殺されてしまうわ」

「それでも俺は死なないし、相手を殺すつもりもない。何とかしてみる」

「体だって万全じゃないのだから……その……無理はしないで」


 無理はするな、か。

 ヴィヴィが俺の心配をしてくれるなんて思ってもみなかったな。


 でも彼女の言う通り、俺の体はまだ全快していない。

 精々、50%程度の力しか発揮できないだろう。

 でも何とかなるはず。

 自分にそう言い聞かせ、先頭を走るスノーベアーと組合をする。


「くっ……」

「どうした人間! その程度の力しか無いのか!?」


 勝ち誇り、高笑いするスノーベアー。

 こちらは足元を取られて力を発揮できない。

 地の利は相手にあるようだ。


 しかし。


「台詞をそっくりそのままお返しするよ。このぐらいの力なのか、お前は」

「は?」


 グルンと一回転するスノーベアー。

 宙を舞い、相手は天を見ているに違いない。

 俺はスノーベアーをあっさりと投げ飛ばし、そして地面に叩きつける。


「え、な……どうなってる!?」

「俺の方が強いってことだろうな」

「そんなバカな……オレたちは魔族の中でも強い力を持つ種族だぞ」

「単純にお前たちより腕力が高いんだろうな」


 次々にスノーベアーが襲い来る。

 戦闘力は高いが、しかし殺すのは簡単。

 でも殺さないように倒さなければならないのが辛いところだな。

  

 それでも俺は成し遂げなければならない。

 シオンとヴィヴィ。

 彼女らと同じ魔族は、極力殺したくない。


 雪の上を走るスノーベアー。

 まず相手の腹部に拳を決める。

 白目を剥いてスノーベアーは倒れた。


「強い……こいつ強いぞ!」

「囲むんだ。一斉にかかれば戴せない相手じゃない!」


 こちらを取り囲むスノーベアーたち。

 しかし連携を取ることには慣れていないようで、合図も無ければ統一性も無い。

 スノーベアーたちは、ただ暴力を振るうためだけに駆ける。


「うおぉおおおおおおおおおおお!!」


 大きな腕を振るうが――俺は相手の懐に飛び込み、肩で敵を弾き飛ばす。

 勢いよく吹き飛び、柔らかい地面を転がっていく。


「小賢しい真似するんじゃねえ!」


 同じようにして爪を突き立てようとするスノーベアー。

 だがまた同じことの繰り返し。

 今度は蹴りで相手を倒してみせる。

 そこから何匹ものスノーベアーがかかってくるが、その全てに対処してみせた。


「こいつ……オレたちじゃどうしようもないのか?」

「そんなバカのことがあってたまるか! スノーベアーは魔族の中でも上位の力の持ち主。こんなか細い人間程度に負けてわけがない!」

「そうだそうだ。俺たちは負けないぞ。人間なんて大したことないんだ!」


 再び咆哮を上げ、こちらに向かってくるスノーベアーたち。

 体の痛みと寒さに全力とは言い難い力しか出ない俺。

 それでもこいつらには負けることはなさそうだ。


 ヴィヴィもそれを悟ったのか、安心したような、呆れたような表情を浮かべている。


「強いのは分かっていたけど、まさかここまでだなんて……それでも本当に怪我人なのかしら?」

「人を化け物みたいに言わないでくれ。本当に体が痛いんだよ」

「だから、痛みがあってその実力は何って言ってるのよ。本当に規格外の人」


 スノーベアーたちは恐れることなく俺に立ち向かってくる。

 その勇敢さは素晴らしい。

 でも、相手の力量を測れないのは、ちょっといただけないな。


 相手を全て、打撃の一撃で倒していく。

 吹き飛び、地面に倒れ、だが大した痛みが無いことに驚きを隠せないでいる白熊たち。

 俺との実力差はいまだ理解できないようで、不思議そうな顔をしている。


「あ……あああっ!?」


 だがそんな時、最初に投げたスノーベアーが、俺を指差し驚いたような声を上げた。

 スノーベアーたちは行動を注視し、そのスノーベアーに視線を向ける。


「どうしたんだ?」

「あいつが背負っている大剣……もしかしてあれは……噂の【狂戦士】なんじゃ?」

「【狂戦士】……魔王様にも匹敵する可能性があると言われている、人間界随一の化け物か!?」

「そんなのが相手となると、俺たちじゃ敵わないんじゃ……」


 俺の噂が、まさかこんな雪国にまで知れ渡っているとは……

 でも化け物は勘弁してくれ。

 俺は普通の人間なんだから。


「確かに俺は【狂戦士】。でもあんたたちと殺し合いをするつもりは無い」

「ど、どういうことだ……オレたちと殺し合いをするつもりが無い?」

「最初からそう言ってるんだけどな。俺はこの二人を守ることを決めた。だから魔増とも戦いたくない。話し合いをすることはできないか?」


 俺の言葉に、スノーベアーたちがヒソヒソ話を始める。

 どうやらまだ会話で解決する可能性は残されているようで、ホッとため息をつく。

 ヴィヴィの方を見ると、彼女は俺に小さく頷いてみせる。


「結論が出た」

「で、その結果は?」


 スノーベアーたちが俺の方を向いている。

 だが殺気はまったく和らいでいない。 

 どうやら商談決裂のようだ。

 やれやれ、どうしたものかな。


「悪いが、人間と仲良くするわけにはいかない」

「だろうな。それが魔族の常識だ。まぁそれは人間も同じなんだけど」

「じゃあ殺し合いしかないのは分かっているよな」

「普通の人間ならな。でも言った通り、俺は魔族とは極力戦いたくない。戦わずに済むなら、それでいいと考えている」

「だからそれは無理だって言ってるだろ!」


 グルルルルッと背筋が凍るような鳴き声。

 力の差を知っても、それでも戦う意思は捨てないようだ。

 これが魔族なのだろうか。

 人間が劣勢なのは頷ける。

 魔族と違い、人間は恐怖心を持っている者が多い。

 戦う精神という意味では、魔族は人間を圧倒的している。

 恐怖心が無い相手ほど怖いものはない。


 戦いを止めるつもりの無い相手。

 そしてこちらは戦うつもりが無い。

 どうやって決着を付ければいいものか、俺は悩みに悩む。


「おい、あいつらが動き出したみたいだぞ!」

「まさか……こんなタイミングに……クソッ!」


 こちらを敵視していたはずのスノーベアーたち。

 だが突如として、俺とは真逆の方角を睨みつける。

 一体何があったのだろうか。

 俺とヴィヴィは顔を合わせ、お互いに首を小さく横に振った。

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