第6話 勇者の凱旋

「勇者様の凱旋だぁあああああああああ!!」


 ラルガバール王国――

 どの町よりも大きく、どの町よりも華やかで、どの町よりも重厚な場所。

 高い壁に囲まれる、多くの人が住むその町にエギルが帰って来た。

 町中の人々がエギルの帰りを祝福し、歓迎し、そして待ち望んでいたのだ。

 

 魔王を討伐セし【勇者】の凱旋。 

 それは人間たちが何よりも望んでいた光景であり、平和を意味する喜びの瞬間。

 これより魔族への恐れから解放されることを意味していた。


「流石はエギル様だ!」

「魔王を倒してくれると信じてました!」

「歴代の勇者が成し遂げられなかったことをとうとう……あなたこそ最強の勇者であり、我々に平和を与えてくれた救世主です!」

「カッコいい……エギル様ってカッコいいよね」


 賞賛、絶賛、賛美。

 並みの人間が生きている間に投げかけられる褒め称える言葉、それを優に超えるものをエギルは浴びていた。


(もっと俺を褒めろ……俺は最強で最高の勇者様なのだから!)


 すでにクレスのことは忘れ、喜びと興奮に満ちたこの瞬間をエギルは満喫していた。

 王国の人々は、クレスを含めてエギルの仲間たちが死んだことをすでに耳にしており、だがしかしそれよりも魔王討伐の吉報の方に感激している。

 多少の犠牲は仕方ない。

 それが人々の共通認識である。


 そしてクレスたちはエギルの配下程度にしか認識しておらず、そもそも彼らが戦場にて散ったことなどほんの少しの悲しみも感じていない。

 

 エギルは大通りを進み、遠くに見える王城を目指す。

 そこにはランガバール国王がおり、エギルは彼に会えることに心を弾ませていた。

 

(国王に認められれば、俺の名声は最高潮に達する)


 国王に認められるのは分かっているが、その時のことを考えてエギルは興奮する。


(周囲の歓声に胸がドキドキする。世界中の人々が自分を見ているような気分。

俺は今、世界の中心にいる!)


 エギルは胸の内にある欲望を表に出さないよう、英雄として人々に手を振った。

 それは王城に到着するまで続き、彼はとうとう城へと足を踏み入れる。


「おかえりなさいませ、エギル様!」


 城に到着しても、騎士たちが彼を丁重に扱う。

 廊下の壁際に立ち、彼の通る道を人の列が作る。

 

 エギルは鼻を高くして通路を歩き、玉座の間を目指した。

 ランガバール王城は豪勢な場所で、高価な絵画や壺などが飾られている。

 柱も太く美しく、それだけでも芸術品のような美しさがあった。


 以前来た時は旅をする前のこと。

 その時はクレスと共に緊張したものだが、今のエギルは英雄。

 逆に自分に相応しい場所だと考え、むしろ居心地良ささえも感じていた。


 エギルが玉座の間に辿り着くと、大きな拍手が巻き起こる。

 広い空間の中央に玉座があり、いくつもある窓から太陽光が射している。

 騎士や城に仕える者たち、そして玉座には王様の姿があった。

 その場にいる全ての人たちがエギルへの賞賛の拍手を送っている。


 エギルは胸の奥からこみあげる感動に、鼻の奥がツンっとした。


「よく戻った、勇者エギルよ。そして魔王討伐、まことにご苦労であった」

「はっ!」


 王の前で膝をつくエギル。

 国王はエギルを見つめ、優しく、そして嬉しそうな笑みを浮かべる。


「どれ、顔をよく見せてくれ」


 国王の言葉に顔を上げるエギル。

 それは自信と誇りに満ちた表情。

 まさに【勇者】らしく雄々しい顔であった。


「ふむ……他の仲間たちのことは残念であったな」

「あ、はい……そうですね。魔王を倒すために散ってしまい、まだ自分の心の傷は癒えておりません」


(んなわけあるか。俺のために全員死んだんだよ! 全部俺の手柄にするための犠牲。神が俺のために与えた褒美なんだから悲しいわけあるか)


 悲しい顔を作りながらも、心の中では毒づくエギル。

 そんなエギルの本心に気づかず、国王は静かに目を閉じる。


「平和のために散っていた戦士たちよ。皆の魂が穏やかであるように……」


 全員が死んだ仲間たちへの魂に祈りを捧げる。

 エギルも仕方なく目を閉じ、死んでしまった仲間、そして死んでいないクレスに祈るふりをした。


「エギルよ」

「はっ」

「世界を救ったお主には褒美を与えねばならんな」

「そんな……私は平和のために戦ったまでのこと。褒美など必要ありません」


 一度断っておくのはセオリーだと考えるエギル。

 本当は褒美が欲しくてたまらないが、こういう場合、追撃のように褒賞の話が出るはず。

 エギルは真剣な表情を崩さないようにして、国王の顔から目を逸らさないでいた。


「まぁそういうな。英雄に褒美を与えないとなるとワシの沽券にかかわる。どうか素直に受け取ってくれ」

「国王陛下……それでは遠慮な頂戴します」


(ほら見ろ、俺の読み通りだぜ!)


 そうくると予想していたエギルはニヤリと片頬を吊り上げる。

 国王は立ち上がり、一本の剣をエギルの前に付き出す。


「これは『王剣ラーゼルイン』。ランガバール王国を収めた初代国王が所持していたと言われる剣だ。すでに力無き代物ではあるが、これをお主に送ろう」

「そんな大事な物を、私に……」

「ああ、そしてエギルよ。お主が良ければなのだがワシの娘と結婚し、この国を治めるつもりはないか?」

「この国を……?」


 予想外のことにエギルは言葉を失ってしまう。


(まさか自分に国を治めろなんて……それに姫と生涯を共にするなんて…・・是非もない)

 

 俯き、口の端を歪めるエギル。

 ランガバール王女と言えば絶世の美女として有名で、その上国までもらえるとなるとなると、断る理由などどこにもない。

 エギルは慎重に事を進めようと考えるも、だがこんな時はストレートに話を付けた方がいいと判断し、素直に王の申し出を受け入れることにした。


「国王の申し出、謹んでお引き受けさせていただきます」

「そうか! ここに次期国王が誕生した! 勇者エギルこそランガバール王国の未来を担い、国を治めるに相応しい人間。彼がいればランガバール王国は安泰と言えよう!」


 割れんばかりの拍手喝采。

 新たなる王の誕生に、その場にいる誰もが惜しみない祝福を込める。


(俺の時代が始まる……俺の物語がここから始まるんだ)


 エギルはこれまで、クレスの影に隠れてるような人生を歩んできた。

 【勇者】ともてはやされていたが、だがクレスの圧倒的な実力に怯える日々。

 いつか自分の無力さを周囲が知る時が来るのでは。

 そんなことを考えていると、眠れない日もあった。

 

 だがエギルはこう思案する。


(これまでの人生はこの時のための布石。辛いことがあるからこそ、幸せなことが舞い込む。ずっと辛い人生だったのは、俺が王となり、世界を牛耳るためにあったんだ!)


 そんなバカな考えを真剣にするエギル。

 だがこんなバカな男が、次期国王に任命された。

 エギルに娘をやる国王も、エギルに嫁ぐ予定の姫も、そしてこの国に住む人々も信じてやまない。

 【勇者】であり英雄であるエギルこそが、新たなる王に相応しいと。


 エギルが抱く、最高の感情。

 誰も気づかない、最悪の決断。

 しかしランガバール王国はこのまま進んで行ってしまう。

 愚王となる者を選び、彼に国の全権を委ねたままに。


 そのことを知らずに人々は喜びを爆発させる。

 これより三日三晩、真の英雄の活躍を知らずに宴を催す。

 将来、全員がこの判断を後悔することを知らないまま、楽しい時間は過ぎていくのであった。

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