序章3 遠い日へ還らんとす

囚われた反乱軍士官の三名は、翌々日の朝も手足の枷を外されなかった。アルダンが、未だに処遇を決めかねていたのだ。


彼らが戦場で見せた能力は決して凡庸ではなかった。短時間のうちに隊を立て直し、騎兵の突撃をしのぎ、退路を整えようと奮闘した姿は、実際に軍勢を交えて彼らを捕縛したマース自身も評価せざるを得ないものだった。




最初の戦場について三日目の夕方、アルダンは彼らを三度前にして、わずかに笑みを洩らした。


「四年もこの地を守り抜き、三度も討伐軍を退けたというのも、貴官らなればこそ、か」


アルダンは、彼らの持ち得る資質を認めつつ、今後の沙汰を先延ばと決めて、明朝の出立を大隊長らに周知した。






その夜、アルダンはまたもマースのみを天幕に呼び、酒を酌み交わした。


あまり酒の強くないマースには、やや迷惑でもある。




「お前の采配が冴えたから、すんなりと勝てたのかな」




アルダンが杯を傾けながら軽く持ち上げると、マースは首を振った。




「いえ、時の運に過ぎません。敵がこちらの行軍速度を読み違えたことなど……要因はいくつもあります。私の力など、ほんの一部です」




「謙虚だな」


「謙虚でなく事実です。次に同じ幸運があるとは限りません」




アルダンはマースの答えを聞きながら、内心でうなずいた。


たしかに運が勝利を呼ぶことはある。だが、それを「運」として受け止められるのは、実力がある者だけであり、力なき者は、その幸運に気付くことすらない。




アルダンは低く呟いた。


「彼らは使えるかな。人材は、旧敵であっても用いなければ」




マースは短く返答する。


「裁きを待つ立場の者たちを、どうお扱いになりますか」


「新たな道を指し示す、か。敵として強ければ、味方となればさらに強い。逆に無能なら、それもまた役に立つ」




マースは眉をひそめたが、反論は控えた。


アルダンが人材を集め効率的に運用しようとする姿勢は、いつでも変わらない。強い信念に裏打ちされた言葉だからこそ、部下として口を挟む余地がなかった。




しばし沈黙が落ちる。


焚き火がパチパチと爆ぜ、アルダンは心の奥底に沈んだ声を振り払うように立ち上がった。




「……マース」


「はい」


〜お前はしたたかだな、、、〜




「何か仰いましたか?」


「いや、独り言だ」




マースは軽く頭を下げて持ち場に戻っていった。それを外に出て見送ったアルダンは夜空を見上げる。




雲間からのぞく星々が瞬いていた。


この勝利はたしかに運の要素が大きい。だが、運を掴み取ったのは、彼とその部下である。その事実を軽んじてはならない。




アルダンの意識は、やがて戦場を離れ、北の帝都へと飛んだ。


皇女依然消息不明の報せは今日も届いた。




「焦るな……アルダン・ユリアヌス」




星の煌めきの向こうに、白銀の髪に琥珀色の瞳を持つ女性の面影が浮かんだ。


数年前、帝都での邂逅。凛としたその姿をアルダンは時折思い出す。




『ダリア……君は、、、』




勝利の余韻はすでに遠のき、胸を満たすのは不安と焦燥。


やがて疲れが彼を包み、若き将は深い眠りに沈んでいった。






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