第5話 宣言


 何回死んだだろうか? 

 

 ……正確な数は100を超えたあたりから数えるのはやめた。

 

 俺はこいつに何回切り裂かれた? 何回焼かれた? 何回潰された? ……巻き戻したとしても、必ず次で最適解を選ぶことなんてできない。

 

 同じところで10以上、殺されたこともある。

 

 その原因。それは単純な身体能力や、攻撃を見極める力が足りない……なんてこともあるがそれは大元の原因、ではない。

 

 なら、大元の原因はなんだ? ……となるかもしれないが、それは至極単純な物。

 

 それは……恐怖である。

 

 単純に攻撃を受ける事とは別種の痛み。生命と言う、何かが消えていく感覚。巻き戻るとわかっている筈なのだが、次に死んだら本当に死ぬのかもしれないという可能性。

 

 それらすべてが俺に恐怖を与える。

 

 俺は戦いなんて無縁な平和な日本で、生まれ育ったのだ。当然……戦闘経験なんてものがある筈ない。

 

 そんな俺が急に死が隣り合わせの戦場で何百も死んでみろ……覚悟ができてるとは言え最初のうちは、その痛みによって巻き戻しから数秒のタイムラグができる。そのタイムラグの瞬間、敵は見逃してくれる筈がない。

 

 だから、俺はタイムラグの瞬間に殺される、巻き戻す、激痛の影響でのタイムラグ、タイムラグの間に死亡……のループができていた。

 

 因みにこの能力は死んだ瞬間、その寸前か数秒前に巻き戻る……と言うものである。

 

 そんなことはさておき閑話休題

 

 そんなわけで大雑把に数えて4000回の死亡の結果。

 

 ついに俺はその結果にたどりついた……。

 

「何故だ!? 何故一発も当たらない?」

「はぁ……疲れた。お前なんなんだよ……こんな序盤に出てきていい奴じゃねえだろ……」

 

 周りは所々燃えていたり、その凹んだりしている……。

 そんな中、俺とそいつは立っていた。

 

「クソっ! 当たれッ! 当たれええええっ!!」

 

 そいつはやけくそになりながら炎と重力の魔法を連発する。

 

 炎が来るまであと二秒……重力の結界は1メートル先に前方以外の三方向……。炎の大きさはそこまで大きくない……切ることは不可能。左右に避けるのも重力の結界のせいで無理。

 

 迫ってくる攻撃全てを、その目に焼きつけた。

 

 クソ……またダメか。次はどう動く……一番厄介なのは重力だな。見えないくせに複数設置できるのホントおかしいだろ。この結界を把握するまで何百回死んだ? ほんとクソゲー

 

 炎が眼前にまで迫ってきたので、今回は諦めて次はどうやって攻略するべきか考える。

 

「んあ?」

 

 さっさと来ないかな……と思ってた時、……肌がじりじりと焼ける感覚が突如消えた。

 

 何事だと思い周囲の様子を見ると何故消えたのか理由はわかった。

 

「はぁ……! はぁ……!」

 

 そいつは息を荒げ膝を地につけて俺の方を見ていた……。

 

 何故か? 

 

 おそらくガス欠だ……そりゃあそうだろう。

 こいつは俺に攻撃が当たらなくなってから数で攻めてきた。

 

 こいつは炎や重力の魔法……他には斬撃を飛ばしてきたりなど、それはもう様々な手段で俺を殺しに来ていた。

 

 それも通じないとなると今度は手数で……と魔力や体力が直ぐに尽きるのも無理はない戦い方をしていた。

 

「はぁ……! 何故だ……? 人間なんぞに何故私が!?」

 

 そいつは信じられないという顔をしていた。どうして自分は自分より遥かに矮小で、ちっぽけな存在に膝を着かされているのかわからない……と、そんな顔をしていた。

 

 まあ、そんなことはどうでもいい。奴を殺せる機会がやっと来たのだ……ならさっさと殺してしまおう。

 

 そいつに近づく。一歩……また一歩と、ゆっくりと歩いていく。

 

 そして、持っている短刀を落としてしまわないようにしっかりと握りしめる。

 

 そいつのすぐそばにまで来た……。そいつは絶望の顔で俺の方を見つめる。

 

「ああ。そういえばなんだけど……お前たちにここを襲えと命令してきたの誰だ?」

 

 腕を上へ振りかぶってそいつの首を切る準備をする。

 

 そういえばこいつを殺す前に聞いておきたい事を聞くの忘れていた。殺す前に聞いておかないとな……と思い、その質問をする。

 

「誰が言うか! お前らなんぞにあのお方を売るくらいなら自決でもしてやる!!」

 

 先程まで絶望していた顔が一気に、力強く凛々しい顔つきに変わる。

 

「そうか……

 

 

 

 死ね」

 

 その一言を言いきると同時に振り上げた腕を下ろす……瞬間、手に肉を切る感覚が強く残った。

 そいつの頭は地面に転がり落ちる。頭部を失った体からは、血液が噴水のように噴き出している。

 

 噴き出した血液が俺に、血の雨となって降りかかる。

 

 元々白く清かった服はやがてどす黒い赤へ染まっていく。

 

 外ならぬシスターが使えるべき、神の眷属の血で……。

 

 やがて血液の雨はやんで空がよく見えるようになった……。空を見てみると雲一つない晴天が広がっている。

 

 逆に地面を見るとそこには、血液で真っ赤に濡れている地面……転がり落ちている天使の頭部……首から上はなく膝立ちのまま倒れている天使の胴体。

 

 それらを見下ろしている血濡れの俺。再び視線を空へ戻して思う。

 

 まさに天国と地獄だな……と

 

 

 

 

 それはともかく、天使どもに村と教会を襲わせた奴の正体は判明した。

 

 村には天使の痕跡が複数あった……それに、いま殺したこいつは上位天使だ。上位天使が漏らした……あの方、と言う言葉。

 

 このことから、この地獄を命令した奴が自ずと見えてきた。

 

 そいつは上級天使含めた天使複数への命令権の、行使が可能で……天使の中でも位が高い立場の上級天使にあの方……と言われる人物。

 

 そいつはこの世界において主人公に力を与えた。

 

 そいつは作中で名前のみしか判明していない……。

 

 そいつはゲーム資料集で時間を司っていると言われている神……。

 

 そいつは俺が毎日祈りをささげていた神……。

 

 そいつはの名は──

 

 

 

 ──時空神クロノス……

 

 判明した……この地獄の元凶。

 

 そいつが、今どこにいるか……何をしているか……どうすれば殺せるか……その全てが不明だ。

 

 そもそもそいつの事は資料集ですら名前と何を司っているかと言う事しか判明していない。

 

 ゲーム本編では二週目のラスボスとして登場したが、その経歴や動機がすべて不明のまま勇者と魔王に殺された。

 

 あのゲームでの一番の謎。

 

 ……だがそれがどうした? 

 

 そいつがどこにいるか今何をしているかなんて関係ない……この世界の何処かにいるのなら、必ず見つけ出す。

 

 そして……その玉座から必ず引き摺り下ろして、殺してやる。

 

「聞いてるか……クロノス」

 

 静かに、それでいてはっきりと宣言する。

 

「この地獄を作った報いは絶対に受けさせてやる」

 

 俺の事を知ってすらいないのかもしれない……だが、それでも続ける。

 

「どこにいようが……何をしようが関係ない」

 

 その言葉すべてに殺意を込める。わざと気づかせるように……俺の存在を見つけさせるために。

 

 

 

「必ず引きずり出して……

 

 

 

 

 

 殺してやる」

 

 その瞬間……世界が鳴いた。

 地面が揺れる、動物が一斉に鳴く、空が歪む……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何が起きている!? クロノスめ!! ついに動き出したか!?」

 

 あるところでは魔族の王たる少女が焦りだす……

 

 

 

「……復讐してやる。神も、魔王も全て……」

 

 あるところは二回程……時間逆行を経験した少女が復讐の決意を固める……

 

 その言葉を神が……いや世界が聞いた瞬間、物語は急速に動き出す。

 

 

 

 

 この先は誰も知らない。

 既に物語の異物は動き出した……筋書きなんてものは既にあってないようなもの。

 

 この先の歪んだ展開は誰も予測なんてできない。

 

 この世界の神も、魔族の王も、時間逆行をしている勇者も……既定の物語に放り投げられた異物ですらも。

 

 誰も知ることはできない。時空は、世界は、ストーリーは修正が効かないほどにまで歪んでしまったのだから。

 

 ならば、ぐにゃぐにゃに歪んだ道を手探りで歩むしかない。

 

 

 

 

 

 何故なら。

 

 この先は神すら知らない物語なのだから……。

 

 

 

 ^^^

 

 

 

 そこは混沌で埋もれてしまった世界。

 

 砂時計。日時計。絡繰り時計。目覚まし時計。懐中時計。……その世界にはありとあらゆる時計が置かれていた。いや……一部浮いている時計もあるため置かれているという表現は違うのだろうか? 

 

 まあ……今はそんな事どうでもいいだろう。とにかく多様な種類の時計がその場に置かれていた。

 

 種類は全て違う……時計の中には日中にしか、時間が分からない種類のもある。だがそれらは全て同じ時間を進んでいた。

 

 そんな世界で少女は一人呟く。そしてその瞳は一つの存在を見ていた。

 

「見つけた……やっと。見つけた……私の旦那様」

 

 その瞳はそれを離さない。どこに行こうと彼女はそれを見つめる。

 

「……はぁ♡」

 

 その世界で一人の少女は熱に浮かされたまま、物語の異物を見る。自身に殺意満々な少年に、重い感情を向けながら。

 

 幸か不幸かその場面は誰にも見られることはない……。

 

 何故なら、その世界は彼女が生まれた時から混沌に支配されていたのだから……

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